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第1話

「『獣人』様のところに嫁げば、お前は毎日、美味いものを腹一杯食える。柔らかい布団の上で好きなだけ眠れる。欲しいものだって、なんでも手に入る。だから、」  ***  『獣人』様の元へ嫁ぐことが決まってから、いや、僕が、『獣人の番』になれる身体だとわかってから、村の人達は、がらりと態度を変えた。  食事の量や回数が増えた。香油や軟膏を塗りにと、人の出入りも増えた。僕の見た目を、少しでもましにしようとしてくれているらしい。  女の人が持ってきたのは、赤い着物だった。全体に施された大きな赤い花の刺繍が、僕には、派手に見えた。これを着て、僕は嫁ぐらしい。1人になってから、その着物を広げ、しばらく眺めていた。つるつるとした手触りのいい布だった。よくわからないけど、きっと、高価で上等なものだろう。大金を払って買ったのだろうか。これを引き裂いて、踏んづけて、散々に汚してやったら、彼らはどんな顔をするだろう。考えただけで、胸がスッとした。考えただけだ。  なかなか肉がつかない僕を怪しんでか、食事中に見張りがつくようになった。それは、やはり、女の人だった。僕は、女の人から恨まれている。睨まれながら嫉まれながら、食べるご飯は、美味しいものではなく、ますます、箸は進まなかった。窓の外で、犬の悲しげな声がする。ごめんね。今日からは餌をあげるのが難しくなる。結局、ちまちまだらだらと1日中、ご飯を食べていた気がする。夜になり、横になる。眠くはなかったけど、目を閉じた。  今日の女の人はうるさかった。「汚い」って繰り返しながら、僕の肌を清めた後、軟膏やら香油やらを塗ってくれた。うるさいな。全部わかってる。  ***  その日、女の人は妙に落ち着かない様子だった。何度か、ここに来たことのある女の人だ。僕の食事を見張っている最中も、注意は散漫で、目線はあちらこちらに彷徨っていた。何かあったのだろうかと気にしていると、「さっさと食え」と棒で小突かれた。女の人は僕がどうにか皿を空にするのを見届けると、逃げるように部屋を出て行った。  村で人死があったらしい。扉の外で、女の人が2人、囁き合うように話していた。「狼が」、とも聞こえた。殺されたのは男の人らしい。あの人だろうか、あの人だろか。ざまあみろ、なんて、思ってしまった僕は、最低だ。  僕は、いつ『獣人』様の元へ行けるのだろうか。食事も頑張って食べている。薄ら肉もついた気がする。自分でも見よう見まねで手入れをして、髪も肌も前よりましになってきた、と思う。人死が続いているらしく、女の人達の気が立っている。暴力を振るわれることも増えてきた。「あんたの仕業じゃないだろうね」、「この疫病神」。反論すると酷くなるので堪えるしかない。ああ、せっかく傷が治りかけていたのに。『獣人』様に気に入ってもらえなかったら困るのに。 ***  人の出入りが減った。これでは、前と同じだ。いや、男の人達が来ない分、前より少ないか。食事も出たり出なかったりと安定しないし、量も減った。女の人達は皆、無口になった。「『獣人』様の迎えはまだか」と焦っている様子だった。  このままだと、次の『発情期』が来てしまう。  ずくずくと下腹部のあたりが重くなっていく感覚がある。自分さえ酔わす甘い臭いが部屋に漂い始めている。意味があるとも思えないけれど、部屋の隅に移動し、赤い着物を広げ、頭からすっぽり、身体を覆う。この臭いが少しでも外に漏れ出しませんように。誰も部屋に来ませんように。  そんな願いもむなしく、戸の開く音がした。 「キツカ」  久しぶりに、自分の名前が呼ばれるのを聞いた。鉄格子に這い寄る。  村では珍しい、色素の薄い茶色の髪と瞳、暖かくて柔らかい土の色。背が伸びた。身体が、一回り、大きくなった。たった1年離れていただけなのに。たった1年。衝動に逆らえず、鉄格子の隙間から腕を伸ばす。 「アキ」

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