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第2話
僕は、村の人達から「穀潰し」と呼ばれていた。身長は伸びないし、力もつかない、疲れやすく、仕事をしていてもすぐに膝をついていしまう僕は、うさ晴らしの道具にしかならなかった。殴られたり蹴られたり、おもちゃのように遊ばれた。それで皆の役に立てるのなら、辛くはなかったし、むしろ、嬉しくさえ思っていた。
そんな生活が16年続いた。アキは、行商に出ていた村の人が連れ帰ってきた。僕より3つ下だというのに、僕よりもずっと背が高くて、他の同世代と比べても立派な体躯をしていた。行き倒れていたところを、拾われたらしい。行き場がないと話すアキは、そのまま村に居着いた。
アキは、よく僕に構ってくれた。力持ちで優しいアキは、出自もわからないまま、けれど、村に馴染んでいった。字の読み書きや計算もできるようで、村の重役からも重宝されていた。忙しいに違いないのに、それでも、1人でいる僕の傍によく来てくれた。
アキは、僕なんかにも分け隔てなく接してくれた。簡単な言葉や数字の使い方も教えてくれた。僕が話をしても嫌な顔をせずに聞いてくれた。アキが僕の話を笑ってくれることが嬉しくて、僕は、どんどんおしゃべりになった。そして、わがままにもなっていった。アキが傍を離れていってしまうことが嫌で、「行かないで」と言った。構って欲しくて、わざと隠れて、僕を捜すアキの姿を眺めたりもした。あれが欲しい、あれが食べたいと、強請ったりもした。アキは、少しも嫌がったり怒ったりしなかった。にこにこと笑って、全然困ってないような顔で、「困ったなあ」なんて言って、仕事を放って僕の傍にいてくれたし、一生懸命僕を捜してくれたし、欲しいと言ったものを持ってきてくれた。
僕は、アキのことを好きになった。
賢くて、強くて、優しいアキ。一度だけ、そんなアキが怖い顔をしたことがあった。
「僕には何にもできないから。これが僕の仕事と思ってる」
「アキのしてる仕事に比べたら、仕事とも言えないね」、そう笑った僕に、アキは初めて怒鳴った。
「今の扱いを普通だなんて思うな。キツカはもっと自分のことを考えて、自分を大事にしろ」
僕は、頭が真っ白になってしまって、わけもわからず、頷いた。「ごめん」と繰り返し謝ったけど、その日、アキは僕のところには顔を出してくれなくて、寂しくて辛くて、久しぶりにたくさん泣いた。
村から一目置かれているアキが、僕によく構うおかげで、僕は次第に『憂さ晴らし』を受けなくなっていった。優しく振る舞われるわけではないけれど、痛いことはされなくなった。
じゃあ、僕は、なんでこの村にいるのだろう。なんでご飯を食べさせてもらっているのだろう。
僕はそれを、段々と不安に思い始めていた。
それくらいの頃だった。
『発情期』がきた。
少しでも役に立てばと、山に山菜を捜しに出かけていた。突然、大きく心臓が跳ね、身体がカッと熱くなった。息が上がって、立っていられず、その場に座り込んだ。そこを村の男達に見つかった。
そこから後のことはよく覚えていない。
気がついたときは、この小屋の中に入れられていた。山の奥深くにあるらしい小屋だ。土間と、そこから一段上がったところ、鉄格子を挟んで、畳の部屋があった。昔、悪いことをした人やおかしな言動をし始めた人に使われていた場所らしい。
僕は、そこで、『発情期』の間、男達の相手をすることになった。「嫌だ」「やめてくれ」と抗ったような気もするし、「もっと」と強請ったような気もする。『発情期』の間は、頭が熱で浮かされたようになり、記憶が断片的にしか残っていない。
ただ、突然の身体の変化が怖くて堪らなかった。
ある日、『発情期』でもないのに、いつもの男達と、そして村の長様が小屋にやってきた。『獣人様』『番』と聞き慣れない単語を繰り返し、そして、僕にこう言った。
「『獣人』様のところに嫁げば、お前は毎日、美味いものを腹一杯食える。柔らかい布団の上で好きなだけ眠れる。欲しいものだって、なんでも手に入る。だから、お前は幸せなんだ」
村の人達に囲まれ、見下ろされ、僕は黙って、頷いた。
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