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第3話

 アキに会えた。嬉しい。ずっと、会いたかった。必死で腕を伸ばす。 「アキ」 違う。――会いたかった、のかな。僕は、ずっと、アキにだけは会いたくないと思っていたような気がする。 そうだ。『自分のことを大事にしろ』と怒鳴ったアキに、今のこの姿を見られたら、怒られる。嫌われる。出て行ってしまう。 咄嗟に、鉄格子の隙間から腕を引き抜いた。後ずさり、また部屋の隅で小さくなる。 「キツカ、どうしたの。おいで」  首を横に振る。アキ、会えて嬉しい。怖い。嫌わないで。置いていかないで。見ないで。寂しい。 「発情期、近いの」  血の気が引いていく。『発情期』のこと、知ってるんだ。じゃあ、僕がここで何をしていたのかも知っているんだ。 「とにかく、外に出よう」と、アキは持っていた鍵で牢の扉を開けた。中に入ってくる。僕は、背中が壁にぶつかっているにも関わらず、滑稽にも後ろへ後ろへ足で床を蹴り続けた。腕を捕られないように脇の下に抱え込む。 「ここに、いる」 「だめだ」 「獣人様のところに、行く」 「許さない」 「お願い」  アキは、僕の『お願い』に弱い。それは、こんな状況でも同じようで、動きが止った。大きなため息が聞こえてくる。しばらくの沈黙の後、アキは「まさか」と口を開いた。 「まさか、これが、『僕の仕事』だなんて言い出さないよね。それは間違ってるって、俺、言ったよね」  低い声、怒ってる。だから、その回答は間違いだってわかる。怖い。考えろ。考えろ。アキはどう言ったら納得してくれて、怒らないでいてくれるんだろう。本当のこと言って、それも間違ってるって言われたらどうしよう。考えろ。考えろ。 「じ、『獣人』様って、お金持ちだから。贅沢な暮らしができる、んだよ」 「村の奴らがそう教えたの」 「みっ、みんな、知ってること、だ、よ。『獣人』様は、僕達とは違う血の流れる存在で、頭がよくて、かっこよくて。で、『番』を捜してるんだよ。『番』になれる人は数が少なくて、貴重だから、僕は、幸運なんだ」  合ってるよね。僕が僕のために、『自分を大事に』にって考えてしたことなら、間違ってないよね。怒らないよね。 「行かせない」  どうして、アキはそんな冷たい目で僕を見るんだろう。大きな手が、僕の腕を掴まえ、立たせる。 「バカだなあ。キツカは」  今まで見たことがない笑い方だった。それは、どこか、僕のことを憂さ晴らしにと遊んでいた村の人達の笑い方にも似ていた。キュッと喉が締まる。アキは僕から顔を背け、どんどん牢の外へと向かっていく。 「『獣人』は、獣の血を引く野蛮な種族。『番』となった人間は、遊ばれて孕まされて捨てられる。その亡骸は骨も残さず食べられる。知らないの? 騙されてるんだよ、キツカは」  違う。違う。本当は、あんな理由でここに止まりたかったわけじゃない。精一杯の力で、アキの身体を突き飛ばす。  アキは、振り返り、睨むように僕を見た。 「し、知ってる」  声が震える。対して、「何を」と返したアキの声は冷淡だ。 「僕が、『獣人』様のところに行けば、たくさんお金貰えて、村が助かるって、知ってる。逆に『番』に差し出さないと、村に『獣人』様達が来て、村の人達を食べてしまうって、そう言われてるの、知ってる」  僕の世話など本当はしたくないだろうに、男が近寄ることを禁止されたこの小屋には、女達しか来れない。「『番』だから大事にされるんだ」、「お前なんか『獣人』に遊ばれ死んでしまえ」、「勘違いするな、この色狂い」。散々言われてきた。  泣いてしまわないようにと意識すればするほど、早口になった。恥ずかしい。年下のアキは、こんなに落ち着いてるのに。   「だったら、なんで」  突き放すような言い方だった。もうどうでもいいって、思われてるんだ。僕の話、もうちゃんと聞いてくれる気がないんだ。  ますます悲しくなってきた。 「やっぱり、村のためにって思ったんだろう。いや、もういい。もうどっちでもいい。どうでもいい。どちらにせよ、この村の人間達は」  ついに、涙が零れた。  僕の話、前は、あんなに楽しそうに聞いてくれたのに。もう、どうでもいいんだ。 「アキの、ために」  聞いてくれないなら、僕だってもういい。どうせ、こんなに怒らせてるんだし、もういい。 「村の人なんて、どうでも、いい。僕、は、」  嗚咽が何度もこみ上げてきて、途切れ途切れに話す。みっともない。それももう、どうでもいい。どうせもう、アキには嫌われてる。 「僕は、アキを、守りたくて。僕は、きっ、汚いから。アキに、も、会いたくないし、会えないし、けど、『獣人』様のところに行けば、僕、アキを、守れるって。アキの、役に立てるって、僕」  これも、怒られちゃうかな。  アキは、大きく目を見開いて、動かなくなった。僕は、俯き、止めようとする気もなく、ぼろぼろ、涙を落とす。俯いた視界の中で、アキの手がぴくりと動くのが見えた。ゆっくり、持ち上がって、僕の方に伸ばされた。 「ごめん」

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