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第4話

 穏やかな声だった。僕の好きな、大好きな声。抱きしめられ、顔が胸に埋もれ、苦しい。 「ごめん。うわあ、本当にごめん。ごめんね、怒った? 俺のこと、嫌いになった? 忘れて、さっきまでの全部忘れて。ごめん。本当にごめん。バカは俺です。本当にごめん」  いつもの調子が愛おしい。よかった。アキ、怒ってない。いつものアキだ。なんとか顔を横に向け、言う。 「じゃあ、僕、ここに残、」 「それはだめ」  ひょいと抱きかかえられる。アキは鼻歌交じりにあっさりと牢の外へ出た。にこにこ笑いながら、僕の首筋へ鼻を寄せる。 「いい香り。甘くて、蜂蜜みたい」 「アキ、だめ。近づいたら、おかしくなる。僕の臭い、みんなをおかしくするって」  「お前が悪い」「お前が誘うんだ」って、男の人達は言っていた。アキに、そんな真似はさせられない。 「だめ」  身体が勝手に震え出す。非力な僕では、到底男達には叶わなかった。臭いが段々濃くなって、自分なんかなくなって、気がついたら、全身どろどろになっていて、怖かった。 「やだ」 「何もしないよ。キツカが嫌なことは何もしない。さっきのこともあるし、俺、我慢できるよ」 「がま、ん?」 「うん。褒めていいよ」  なんだろう。『発情期』も近いし、臭いで頭がおかしくなっているのかな。アキの頭に三角形の獣耳がピンと立っているのが見える。大きな尾が、千切れんばかりに左右に揺れているのが見える、気がする。  小屋を出る。久しぶりの外だった。空気が冷たい。風が気持ちいい。空が青くて、太陽が眩しくて驚いた。   「アキ、僕、戻る」 「だめ、キツカは俺のお嫁さんになるんだから、こっち」 「お嫁、さん?」  いよいよ、幻聴まで聞こえ来た。 「獣人なんて人から嫌われてるし、屈折してる奴ら多いし、嫌いだあって飛び出したけど、いいもんだよね」  アキが、上機嫌だと、僕も嬉しい。 「人間より強いし、何より、番が可愛い。愛おしい。今まで、番とか馬鹿にしてて、ごめん! 俺、間違ってた!」  アキは、どんどん山を登っていく。どこに向かっているんだろう。 「眩しかったね、ごめんね」  僕を地面に降ろしたアキは、羽織っていた着物を僕の頭からかけ、その上から唇を寄せてきた。くすぐったい。気持ちが良い。  もふっ。  突然、柔らかいものに包まれた。暖かい。段々、眠くなってくる。 「一旦、寝ててね。そのまま、香り濃くされると、さすがに我慢できなくなるから」  瞼が重たくなっていく。  離れないとだめだよとか、戻らないと獣人達がとか、そんな思考は浮いてはすぐに沈んでいった。 「アキ」  夢でも妄想でもいい。 「好きだよ」  伝えておこう。  ぼふっと、柔らかいものが更に膨らんだような気がしたけれど、段々とそれも収まっていった。

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