4 / 6
第4話
穏やかな声だった。僕の好きな、大好きな声。抱きしめられ、顔が胸に埋もれ、苦しい。
「ごめん。うわあ、本当にごめん。ごめんね、怒った? 俺のこと、嫌いになった? 忘れて、さっきまでの全部忘れて。ごめん。本当にごめん。バカは俺です。本当にごめん」
いつもの調子が愛おしい。よかった。アキ、怒ってない。いつものアキだ。なんとか顔を横に向け、言う。
「じゃあ、僕、ここに残、」
「それはだめ」
ひょいと抱きかかえられる。アキは鼻歌交じりにあっさりと牢の外へ出た。にこにこ笑いながら、僕の首筋へ鼻を寄せる。
「いい香り。甘くて、蜂蜜みたい」
「アキ、だめ。近づいたら、おかしくなる。僕の臭い、みんなをおかしくするって」
「お前が悪い」「お前が誘うんだ」って、男の人達は言っていた。アキに、そんな真似はさせられない。
「だめ」
身体が勝手に震え出す。非力な僕では、到底男達には叶わなかった。臭いが段々濃くなって、自分なんかなくなって、気がついたら、全身どろどろになっていて、怖かった。
「やだ」
「何もしないよ。キツカが嫌なことは何もしない。さっきのこともあるし、俺、我慢できるよ」
「がま、ん?」
「うん。褒めていいよ」
なんだろう。『発情期』も近いし、臭いで頭がおかしくなっているのかな。アキの頭に三角形の獣耳がピンと立っているのが見える。大きな尾が、千切れんばかりに左右に揺れているのが見える、気がする。
小屋を出る。久しぶりの外だった。空気が冷たい。風が気持ちいい。空が青くて、太陽が眩しくて驚いた。
「アキ、僕、戻る」
「だめ、キツカは俺のお嫁さんになるんだから、こっち」
「お嫁、さん?」
いよいよ、幻聴まで聞こえ来た。
「獣人なんて人から嫌われてるし、屈折してる奴ら多いし、嫌いだあって飛び出したけど、いいもんだよね」
アキが、上機嫌だと、僕も嬉しい。
「人間より強いし、何より、番が可愛い。愛おしい。今まで、番とか馬鹿にしてて、ごめん! 俺、間違ってた!」
アキは、どんどん山を登っていく。どこに向かっているんだろう。
「眩しかったね、ごめんね」
僕を地面に降ろしたアキは、羽織っていた着物を僕の頭からかけ、その上から唇を寄せてきた。くすぐったい。気持ちが良い。
もふっ。
突然、柔らかいものに包まれた。暖かい。段々、眠くなってくる。
「一旦、寝ててね。そのまま、香り濃くされると、さすがに我慢できなくなるから」
瞼が重たくなっていく。
離れないとだめだよとか、戻らないと獣人達がとか、そんな思考は浮いてはすぐに沈んでいった。
「アキ」
夢でも妄想でもいい。
「好きだよ」
伝えておこう。
ぼふっと、柔らかいものが更に膨らんだような気がしたけれど、段々とそれも収まっていった。
ともだちにシェアしよう!