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第41話 恋
カッコよかったなぁ。
卒業式、感動してしまった。凛とした声で返事をして、立ち上がった後姿に見惚れてた。
七年で見違えるほど大きくなった背中に、凛々しくなった横顔に。
『郁―! 専門行っても、たまには遊ぼうな!』
『あぁ』
『郁だぁ。うわ、すげぇボタン全部なくなってんじゃん』
『もがれた』
『もが……マジか』
『いくー!』
今頃、クラスメイトに囲まれてるかな。ブレザーだからきっとボタン全部なくなっちゃうんだろうね。
『ああああ! 郁だぁ! って、何? 花? もらったの?』
『いや、あげるんだ。それより、秀、お前、ブレザーは?』
『あげちった』
『はぁ?』
『あはははは、っていうか、その花、誰にやるんだよぉ』
先に帰って、ここで待ってるから。今日この日を、ずっとずっと、待って、焦がれて、望んでた。
『なぁ、お前、この後のクラス会、マジで出ねぇの? あー! もしかして、その花って』
『あぁ』
『彼女んとこかよー! っつうか、誰なんだよー! もう卒業だからいいじゃん。教えろよ』
『内緒』
『ヒント!』
僕はずっと。
『年上の人』
『えええええ! マジか』
『そんじゃな』
『……おぉ、なんか、お前のそんな嬉しそうな顔初めて見たかも』
『そ?』
待ってた。
欲しいとねだった君を。
生まれたばかりの小さな小さな君を抱っこした日を覚えてる。甘いミルクの香りがして、柔らかくて、あったかくて。僕の腕の中でとても嬉しそうに笑って、まぁるい手を僕に向けて、パッと開いた、生まれたばかりの君のことを。
一歳の君を、二歳の君を。
宝物だった。
何より大事だった。
おぼつかない足で僕のあとをずっとついて歩いて。転びそうな、ぷにっとした足で、テトテトって。
君を引き取ることに躊躇いなんてなかったよ。
でも、久しぶりに見た十一歳の君はなんだかカッコよくてびっくりしたっけ。まさか、そんな君に好かれるなんて思いもしなかったよ。
思いもしなかったけれど、でも……君に恋をしたのは自然なことだったと思うんだ。
ねぇ、僕は恋をしなかったんじゃない。恋愛をしなかったんでも、避けていたんでもない。もうしてたんだ。ずっとずっと、たったひとつの恋を、してた。
歳が離れていて、同性で、赤ん坊の頃からを知っているのに、そんな感情を? って、思われるかもしれない。不自然なのかもしれないけれど。でも、君のことを好きになるのは、僕にとって自然だったよ。
桜の花を綺麗だって思うのと同じくらい、桜の花を眺めて微笑むのと同じように、君を好きになった。
だからね。
「……」
早く、帰ってきて。
「……」
恋しい君に。
「ただいま!」
抱かれるのを、ずっと、ここで。
「……おかえり」
待ち焦がれているから。
「あ……、ただいま」
「うん。おかえり」
いつも桜の花が満開になる頃にやってくる君が大好きだった。
「待ってた」
「……」
笑わない? ずっとずっと待っていた「春」だけを素肌に羽織って、笑ったりしない?
「見事に制服のボタン、なくなっちゃったね」
十七も離れた、一回り以上年下の彼が欲しい。
「……すげぇ」
「この織物ね、春、って、名前をつけたんだ」
桜のね。
花びらが舞うように、散るように、降り積もるように敷き詰められた桜色の織物。地の色は水色。水面なのか、青空なのか、濃淡をつけた青色に金糸もあしらって、薄っすらと色づいた桜色をゆっくり、丁寧に織っていったんだ。
一年かけて。
「少しでも、その」
「すげぇ綺麗」
「!」
「もらっていいの?」
郁の唇が触れたのは織った桜。
「も、らってくれる、の?」
「うん」
布の端にそっと、誓うように口付けた。
「そんで、これ、もらってよ」
「?」
郁の手の中には花が一輪。薄いピンク色をした何十枚も花びらが付いた、薔薇のような大きな大きな花があって。
「真ん中、見て」
「……」
その何十枚も重なった花びらの中心に光るものがあった。
「……これ」
「指輪」
「……ぇ」
薄いピンク色にも見える金色の、輪っかがふたつ。
「バイト、してたじゃん? ずっと」
してた。受験生なのに、ずっと駅前のコンビニでバイトしてた。専門学校の費用なんて心配しなくていいのにと言っても、ちっともやめなかったけど。
「俺ごと、この指輪と一緒にもらってよ」
「……」
「文」
「……っ」
「ずっと、これを渡そうと思ってた。今日、卒業式の後、文を抱く時、これ渡して、そんで、俺をもらってもらおうと思ってたんだ」
こうかんこ。
「ダメ?」
「っ」
「泣かないでよ」
「だって」
十一歳の君を引き取った日。鼻先にヒラリと舞い落ちた花びらを君が取ってくれた。笑って「付いてるよ」って教えてくれて、そして、軒先に座り、散りかけの桜を見上げて眩しそうに目を細めた。
――綺麗だね。
そう言ってくれた
「だって、嬉しいんだ」
僕はきっとあの日、鼻先にひらりと舞い落ちた花びらに君が笑った日、恋に落ちた。あの日からずっと、好きだった。
「そ? よかった。俺も、すげぇ、嬉しい」
ずっと、ずっと、好きだった。
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