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第299話

沸いた湯をマグに注ぐと爽やかな香りが立ち込めた。 砂糖と1つには氷を入れ、恋人は温い方を手渡してくれる。 すっかり好みの甘さも濃さも、ぬるささえ覚えてくれていた。 「沢山昼寝したから寝れねぇんじゃねぇのか?」 「眠れなかったら本読んでます。 正宗さんのおすすめを…」 言いながらするりと手を絡めとられドキドキと胸が騒ぐ。 「ん?」 冷たくて大きな手が自分の手を包む。 冷たいけれどあたたかい手だ。 「んーん…」 「俺のおすすめか。 今読んでるの面白ぇから読み終わったら貸すな。 俺も二度寝したから寝れっかな」 当たり障りのない会話。 だけど、それが良い。 特別な事は隣にいれる事だ。 それ以上を望むのは贅沢過ぎて罰が当たってしまう。 あ、でも…、正宗さんとなら地獄だって行ってみたい。 「ま、良いか。 ゆっくり過ごそうな」 「はい」 「でも、それだけじゃ勿体ねぇよな」 「…?」 マグに口をつける恋人を見やると、にっと右口角を上げた。 「遥登が嫌ならしねぇけど」 「……狡い聴き方です」 「恋人らしい事もしてぇんだよ」 言葉にするのは恥ずかしい。 だけど伝えなければ、思ってないのと同じ。 握り返すと返ってきたのは一等綺麗な笑みだった。 「誘われた?」 「…はい」

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