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第325話

角を曲がると、準備室前の廊下に女子生徒がいた。 よく見ると知った顔──古典を受け持っているクラスの生徒──だ。 「おはようございます」 「あ、おはようございます。 長岡先生、ここの問題の考え方教えてください」 「ここですか? ここは…」 生徒は、まだコートも脱いでいない長岡に申し訳なさそうにノートを開いて見せた。 構わないと覗き込むと、幾つか付箋が貼り付けてある。 あぁ、三条もそうだった。 そういう時期なんだ。 受験まで1ヶ月程になるとやっぱり空気がピリ付いてくる。 背筋が伸びる様なその空気に長岡の仮面も厚くなっていく。 今年もそんな季節がやって来たんだ。 ノートの上の文字をなぞり、こことこことつついた。 それがどの敬語なのか、誰に対しての敬語なのか考えれば解りますとヒントのみを渡す。 この生徒はそれで大丈夫。 ヒントさえあれば、自分で考えて解く事が出来る。 「あと、ここもお願いします」 付箋の数だけ質問があるだろう。 コートを着ていない生徒に対して自分ばかりがコートにマフラーにと装備をしていて申し訳ないと、ヒントを書き込む隙にマフラーを外した。 冷たい廊下の窓は曇り、説明を受けている間女子生徒は寒そうに手を擦り合わせる。 「此方は、ここまで合ってます。 ここが謙譲語ならこれをする人はこの2人しかいませんよね。 なら…」 クシュンッ 「すみません…」 「気が利かなくてすみません。 暖房点けるので準備室に入ってください」 苦く笑う生徒に少し待っていてください、と声をかけ施錠を解除した。

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