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第628話
いつ学校が再開されても良いように準備は怠らない。
削られた3月分、遅れるであろうこれからの事も考え、授業だけでは足りない分を補ってもらう為たくさんのプリントを用意した。
そんな事で生徒の助けになるならいくらだって作る。
受験生にはキツい世情だ。
だが、こんな事で負けないで欲しい。
踏ん張って欲しい。
そして、頑張った奴がきちんと頑張った分だけ正しく評価されて欲しい。
トントンッとまだあたたかいプリントを揃え印刷室を出る。
ついでに事務室に寄ろうと扉に手をかけた時、女性の声が聞こえてきた。
事務長も教頭も新型ウイルスに気を配り、お昼にニュース番組を観たりネットで確認したりしている。
その声だろう。
また出たのか
どこで…
アナウンサーが読み上げるニュースがやけに大きく耳に届いた。
『新たに県内で感染者が出ました。
○市で年齢は…」
心臓が嫌な鼓動をはじめた。
三条の住む市の名前だ。
ろくに内容も聞きもせず手をかけた引き戸を開ける事もせずに、コピーしたプリントを握り締め準備室へと戻る。
あの子じゃない。
遥登の筈がない。
理解していても、あの日の三条が頭を過る。
顔を真っ青にして大丈夫だと笑っていた。
我慢ばかりして肝心な事は口に出さない。
こんな時、長男らしいあの性格が気掛かりだ。
階段を登り小さな部屋へと身体を滑り込ませた。
「柏崎先生、これプリントです」
「ありがとうございます。
すみません、先に昼飯をいただいてます」
「えぇ、食べられる時に食べてください。
…あの、少し席を外します」
領くのを見てすぐポケットにスマホを突っ込むと、裏口へ向かった。
公私混同は良くないと解っていても身体は本能を優先して動く。
三条は元教え子だ。
ぶじを確認する位許されるだろう。
許してくれ。
どうか、どうか…
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