20 / 22
第19話 少しでも長く(賢司視点)
「そういえば!見合いどうなったんだ?!」
期限を決めてからだいぶ経ったある日、晴翔は慌てた様子で俺に詰め寄った。
「一応言っておくけど…、今さら?」
「いや、だってあの時は周りがあんま見えてなくて、…だ、大丈夫だったか?」
「別に問題ない。晴翔が来たときには、もう顔合わせは終わってたし」
「あ、そうだったのか」
「相手もこの見合い話が流れても特に気にしないんだろうなって奴だったし、適当な理由つけて断っておいた」
「へ、へぇ…相手って、α?」
「そう。俺や晴翔と真逆の価値観の奴」
「真逆?」
「『"運命"とか信じてない。というか恋愛とか超めんどくさい。だから俺と結婚しても愛とか恋とか生まれないよ。断った方がいいかもな』…って言われた」
断りの連絡を入れた時もあっさりとしたものだった。俺はヤケになって結婚しようとしていたけど、見合い相手は親がうるさいから渋々見合いに臨んだらしい。断ってくれてありがたい、とまで言われたな。
「賢司は恋愛結婚派、ってことか」
「そうだな。恋愛したいし、子供も欲しい。あったかい家庭ってやつに憧れてるんだ」
「へー、そうなんだな。確かに賢司は子煩悩な父親になりそうだよな!」
「そうか?」
「ああ。子供に優しそう。つーか、賢司の子供かぁ…きっとお前に似て、賢い子に育つんだろうな」
「…俺は、晴翔に似てる子が欲しいな」
「へ?何で俺…、…、…っ!!」
ぽつりとこぼした言葉から数拍置いて、晴翔は分かりやすいくらい動揺して、硬直してしまった。
晴翔は「向き合う」と言ってから、俺のそばにいることが多くなった。以前のような友人の距離感には戻りつつあると思う。何でも言い合えるような、明るくて、楽しい雰囲気。
それは素直に嬉しい。
でも、俺は友だちに戻りたいわけじゃない。
俺は晴翔の、"特別"になりたいんだ。
「なぁ、晴翔」
「な、…なんだよ」
「…」
そっと手を伸ばし、頬に触れる。
そのまま辿るように指を下げていき、そっと首の後ろに手を回す。俺が無理矢理つけた証は、もうそこにはない。
「け、賢司…?」
不安そうに晴翔が俺を見る。
そういえば笠間に言われたな。
晴翔にトラウマを植え付けた、と。
「…ごめんな」
「え」
じ、と晴翔を見つめ、言葉を絞り出す。
俺は晴翔に、言わなきゃいけないことがある。
「無理矢理、薬飲ませて、擬似的とはいえ番にして、悲しませて…辛い思いさせて、ごめん。許してもらえるとは思ってない。でも、…ごめん。俺が悪かった」
「…賢司…」
謝っても晴翔の傷が癒えるわけじゃない。
でも、伝えたかった。晴翔はこんな俺に向き合おうとしてくれてる。せめてこの先は誠実でいたい。
晴翔はしばらく黙っていたけど、やがて意を決したように口を開いた。
「…。正直、お前のことが怖かった」
「そう、だよな」
「急に知らない奴みたいになってさ、そもそも無理矢理とかされたことなかったし、俺の意思ガン無視だし、番にしたあとも色々するし。これでも結構、怒ってるんだからな」
「…悪かった」
友だちだと思っていた相手に組み敷かれて、番にされて、縛り付けて…晴翔はよく俺とまた一緒に居られるな、と思う。
「でも、…もういい。過去は消せないし、どうにもならないし、そりゃ腹立つけど、…あんなことされても、嫌いになれないから」
「…嫌いになれない、か」
「そうじゃなかったら、ここにいないだろ」
「そうだな」
「ぶっちゃけ俺も大概だし。その、おあいことまではいかないかもだけど、…その、いいよもう。気にすんな」
晴翔がぎこちなく笑う。
…。
俺はどこまで晴翔に甘えれば済むんだろうか。
もしも約束の日が来たとき俺を選ばなくても、俺はきっと、一生晴翔を忘れることはできないだろう。むしろ、この1ヶ月の期間を糧にして生きていくんだと思う。我ながら重すぎて笑うしかない。晴翔には言えそうにないな。
「晴翔」
「ん?」
「…好きだよ」
「…おう。ありがとな」
約束の日は今週末。
1秒でも長く晴翔のそばに居られることを願いながら、俺は今日という日を噛み締めた。
ともだちにシェアしよう!