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第5.5話 初夜

(祐介の場合) 夜。俺はなかなか寝付けずにいる。知聖と力人はすでに夢の中だ。俺は一人天井を見つめて物思いにふけっていた。 これから先どんな事が待ち受けているのだろう。 俺は無事使命を果たすことができるのだろうか? (……これからのことを考えても仕方がないよね) そう思いながら体を起こす。窓から月明かりが差し込んでいた。満月までにはあと数日足りない。 その不完全さが自分の無力さを証明している。そんな気がしてならなかった。 (向こうの世界では俺は要らない存在だった。) 夜というものは何故か暗いことを考えてしまうときがある。 (小さい頃に父さんが死んで、母さんはいっつも男を連れ込んで。その男達にお前がいるからって暴力を振るわれて。母さんはいつしか俺を置いてどこかにいって。たまになけなしのお金を寄越してくる。 学校ではいじめられて、そのたびに委員長が助けてくれたっけ。 ……その委員長にすら迷惑をかけて。委員、今頃なにしてるかな?俺がいなくなったことに気づくかな?でも、ずいぶん前に家に来てくれなくなった。それが普通だよね。だって、俺は委員長に……) あれ?おかしいな……ははっ……なんか……グスッ…… 涙が止まらない。……なんで?早く泣き止まないと。知聖たちが起きてしまう。知聖達にまで迷惑かけたくなんてない。この世界でも嫌われたくない。 鼻をすすりながら、嗚咽をこらえながら泣いているとそっと抱きしめられた。いつの間にか力人が俺を抱き締めてくれていた。その温もりに甘えながら俺は泣き続けた。 どのくらいそうしていただろうか、俺は深い眠りへ落ちていった。 (……おき……、……おき……ゆ……、)ううん、誰だ?も少し寝かせて……。 (起きなさい勇助!)うわっ!なになに!? (まったく、何度起こせばよいのじゃ!)あれ?仙人? (何でこんなとこにいるんです?あれ?ていうかここをどこですか?知聖と力人は?)少なくとも泊まっていた宿ではない。 (安心せい、ここはお主の夢の中じゃ。いまは勝手にお邪魔しておる。)勝手にお邪魔って……。 (どうしても伝えておきたいことがあっての) (なんですか?その、伝えておきたいことって?) (うむ、喜べ!データチップの在りかがわかったのじゃ!)おおっ!これは嬉しい。 (1つはお主らのいるダソスにある。他はオロス、タラサ、クリュプトン、アフトクラトリア、ヤポーニア、レイモーンじゃ。詳しいところまではわからんかったが、少なくとも七つの国まではわかった。そして、アフトクラトリアが電子AIのいる帝国じゃ。)そうか、世界に散らばしたとはいえ、1つは自分の体内って訳か。 (そしてこれが最後じゃ、このダソスにあるチップじゃが、これはアリババという者が持っておることがわかった。やつは盗賊団の親分じゃ。手に入れたものは決して渡さないと言われておる。一筋縄ではいかんじゃろう。心してかかれ。)そこまで言うと、だんだん仙人の姿がぼやけてくる。多分目が覚めてきはじめたんだろう。 (はい!絶対に手を抜きません!) と強く誓った。そこで俺は目を覚ました。 そして予想にもしなかった大事件が起こったのだった。 (知聖の場合) 布団にくるまり、天井を仰ぎ、そっと頬を触る。力人に殴られたあとが未だにズキズキする。思い出すとまた、腹が立ってきた。 (僕が言ったことは間違ってないはずだ……) そうだ。僕達には何よりも優先すべき使命があるんだ。世界を救わなければならない。だから……。そこで僕の意識は闇に落ちていった。 「グスッ」という鼻をすする音で目が覚める。 それに続き嗚咽を堪える声も聞こえてくる。それは隣のベッドから聞こえてきた。すこしだけ目を開け、隙間から勇助のベッドを盗み見る。 そこには彼が必死に涙をこらえようとする姿があった。 (っつ……こういうときはどうすればいいんだ?こ、声をかけた方がいいのか?)僕が頭のなかでぐちゃぐちゃと考えていると、二つ奥のベッドで動きがあった。 力人だ。力人はそっと勇助に近寄り、無言で抱き締めた。勇助は力人の胸を借りて泣き続けた。月明かりに照らされたその姿は何故か僕の心に深く刻み込まれた。美しいとすら思った。 どのくらいそうしていただろうか、力人は眠りに落ちた勇助をベッドに寝かせて、また布団へ戻っていった。 (……俺もスラム出身だ……か)力人は恐らく、スラムでもたくさんの弟ぶ んたちがいたのだろう。 それなら、あのうまいあやしも説明がつく。 「子供たちはいつも真っ先に死んでいく。」 彼はそうとも言っていた。これも恐らく多くの子供達の死を見てきたのだろう。 (明日、起きたら真っ先に力人に謝ろう。) そう心に決めてボクは深い眠りに落ちていった。 (力人の場合) 知聖との一件での重苦しい雰囲気が、宿につくまで続いた。 「わかれとはいわねぇ、でも、俺もスラム出身だ。子供はいつも真っ先に死んでいく。十分な食べ物がある俺達が食いもんを分けてやることで、アイツらが生き延びれる可能性が上がるんだ。悪かったな殴り飛ばして。」宿につくと、知聖に一言わびを入れた。 「お前ら、飯、食ってこいよ。」俺はいいからさ、そう言ってベッドにもぐり込む。数秒の後、勇助たちが部屋を出ていく気配がして、やがて部屋のなかは静かになった。さてと 「おい、出てこいよ。そこにいるんだろう?」 窓の外に声をかける。 「流石はクルィクといったところか?」窓の向こうから返事が帰ってくる。 「その名前を知ってるってことは、ろくなやつじゃないな。誰なんだ?姿を見せろ!」 俺がスラムで盗賊家業をやっているときのあだ名を知っているってことは、恐らく、その道の奴等だろう。 「おいおい、そう牙を向かなくてもいいだろう、相棒?」そう言って声の主が姿を表す。 身長153㎝程で俺よりすこし高い。瞳の色は緑色、髪の色は茶色で癖がかかっている。服装はボロではあるものの、腰にささっている短剣や革の靴など、不釣り合いに高価なものも身に付いている。 「アリ……ババか?」確かめるように名前を呼ぶ。 「お前たった一年相手の顔を見なかっただけで名前を忘れるほどおつむが弱かったとはなぁ。」顔つきや相手を挑発する態度、間違いない幼なじみのアリババだ! 「まじか!久しぶりだな!アリババ、元気にしてたか!?」 本当に久しぶりだ。俺がスラムをこいつに任せて出ていったときぶりじゃないか。 「すまねぇな力人、挨拶は後だ。俺についてこい。お前の力が必要だ。スラムに戻るぞ。」 アリババは俺の手を取って、窓の方へ歩いていく。 「待てよ、俺にはやることが……」抗議の声をあげようとするとアリババが口上を遮る。 「連れのことだろ。」 「っつ!?」図星を突かれ硬直してしまう。 「おいおい、スラムには俺たちの情報網が張り巡らされてるだろ?そんなことも忘れちまったのか?」そうだった。ガキの頃からスラムで育ってきた俺たちにはいくつもの情報網がある。 「ビックリしたぜ。手下から『力人さんがかえってきました。』なんて聞いたときには。だから、小さくも大きくもない中間ぐれぇのガキを選んで、乞食をしてみろっつったら見事にパンを抱えて戻ってきてな。こりゃ、確かにおめぇが戻ってきたんだって確信したんだ。」アリババは俺の目を見つめる。 「なぁ、頼む。力を貸してくれ。このままじゃスラムが昔に戻っちまう。」その言葉を聞いて俺は疑問を抱く。スラムはこいつがしきってるはずだ。それが、昔に戻っちまう? 「何があったんだ?」実は……そう言ってアリババは語り出した。突如スラムにカシムと名乗る盗賊団が現れたこと。子供たちを人質にとられ、抵抗できなかったこと。スラムを占拠したやつらがかつてのルールを取り入れたこと。それによって自分じゃ飯をまともに食っていけない小さなガキどもが日に日に弱っていくこと。 「今は、なんとか俺達の溜め込んでた金で食わせてやることができてるが、やつらどんどん取り締まりを厳しくしてな、盗みもできねぇ。ここは俺達の島だ、勝手なことをするなって。まともな仕事だと、全員の腹を満たしてやることもできねぇ。」ついてきてくれないか?そう言ってアリババは真剣な眼差しで俺を見る。 「でもよ……」俺には使命がある。やらなければならないことが。 「俺は……」そこまでいったところで、下から声が近づいてきた。勇助たちだ。 「今夜あの場所で待ってる。そこで答えを聞こう。」と一言だけ残してアリババは窓の外に消えた。俺は勇助たちが出ていったときのように、ベッドに潜り込み、寝ている体をとった。 が、実際は全く眠れなかった。 (このままじゃスラムが昔に戻っちまう。)アリババの言葉が何度も脳裏をよぎる。それと同時に勇助や知聖と共に子の世界を電子AIから守らなければならないという重いもたしかにある。 (俺は……どうしたらいいんだ?)スラムは大切な故郷だ。でも、世界が機械に埋め尽くされたら……結局同じことだ。何時間も何時間もその事ばかりが頭のなかを駆け巡る。答えの見つからない問いが思考の大半を占めている。 「グスッ」 鼻をすする音がした。横を見ると勇助が嗚咽をこらえながら泣いている。 (は?なんで……泣いてんだ?)そう思ったが、すぐに思い直した。スラムでも、こういうことはよくあった。小さい子が両親を求めて夜に泣くことが。なるべく音を立てないようにベッドから立ち上がるとそっと勇助を抱き締めた。こういうときは落ち着くまで泣かせるのが一番だ。勇助がぎゅっと俺の服を掴んでくる。それに答えるように俺は何度も勇助の背中をさすり続けた。 そして、時間がたった。どのくらいかは分からない。一時間かもしれないし、ホンの数十分だったかもしれない。泣きつかれて眠ってしまった勇助を起こしてしまわないようにベッドに寝かせて俺はベッドに戻った。まだ、勇助の温もりが手に残っている。勇助もやっぱり子供なんだななんて、当たり前のことを思ってしまう。勇助の態度が他の子供とはすこし違ったからかもしれない。 (相違やアイツほとんど話してくれなかったな……。) 家族のことも友達のことも。仙人のところで話したのはどこから来たの?とか、俺の耳とかについてだった。その質問は全部勇助からのもので、それが終わると間髪入れず次の質問を投げ掛けてきていた。俺達が質問をする間もないくらいに。そのときは変だとは思わなかったが、もしかしたら、故意に避けていたのかもしれない。それは俺にはわからないことだ。 ゴーンゴーンと12の刻を告げる鐘が響く。ちらりと知聖達の方へ目を向ける。疲れているからなのか知聖も勇助も全く起きる気配がない。 (……行くなら今しかない。)俺はそばにあった用紙に一言メモを書き記して窓から外に飛び降りた。 (あのメモは俺が戻ったら片付けてしまえばいい。) そんなことを考えながらスラムの町を駆けめぐった。いたるところで痩せ細った子供たちを見た。アリババの言っていたように辛うじて生きてはいるものの、あと数日で死んでしまうかもしれない。 (……昔と……同じだ!)歯を食い縛る。奥歯がギリッと嫌な音をたてた。 (また、子供たちが死んでいくのか?あの時と同じように!)数年前、俺達が生きた時代は本当にひどいものだった。 (させない!ここは……俺達の世界だ!)胸にたぎる思いを抱えたまま、かつて何度も行ったことのある場所へ足を向ける。 「アリババ!」そしてついに、約束の場所についた。スラム街からすこし離れた場所にある小高い丘。そこには一本の大きな木が生えている。昔はここでアリババとよく遊んだものだ。 「遅かったなぁ、力人。尻尾巻いて逃げ出したのかと思ったぜ。」木の上の旧友は相変わらず軽口を叩いてくる。 「んで、答えは出たのか?」そして、混じりっけのない目でこちらを見てくる。 「俺はあるやつから使命を課せられた。」アリババが去ったあと、何時間も考えた。 「この世界を救ってくれって。」アリババはなにも言わずに俺の答えを待っている。スラムをとるか、この世界をとるか。どちらかひとつを選べなんて無理な話しだ。でも、今の現状を見て答えは決まった。 「俺にとっての世界はこのスラムだ!」 「……じゃあ、決まりだな。お仲間さんに、別れの手紙は出さなくてもいいのか?」 「心配ない。すでに置いてきている。」……悪いな勇助、知聖。俺が救いたいのは、俺の救いたい世界は、ずっと身近にあったものだ。

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