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第2話

 向井彼方(むかいかなた)は男の一人暮らしとは思えない掃除の行き届いた部屋を見まわしてから、タオルを差し出してくる優人を見上げた。 「なぁ、シャワー貸して」 「シャワーだけだと体が冷えるから、お湯張るよ。少し待ってて」  彼方がタオルを受け取れば、優人は棚からマグカップを取り出して、そこに牛乳を注ぐ。レンジで温め、蜂蜜を入れればホットミルクの完成だ。 「ガキじゃないんだけど」 「風邪をひきたくないんだったら、体温めないと」  お節介を発揮する優人に、彼方は調子を狂わされる。厭味や皮肉が全く通じそうにない相手に多少苛つきながらも、コトリと目の前に置かれたカップを手に取り、ホットミルクに口を付けた。  口の中に広がる優しい甘味が気持ちを落ち着かせる。ほどよい温度の牛乳が食道を伝って、お腹から全身に温かさが広がった。彼方はどこか負けたような気がして、ムスッと眉を寄せた。しかも、彼方にはホットミルクを出しながら、自分のマグカップにはインスタントコーヒーを淹れている優人を見て、憎らしさが倍増する。 「なんでアンタはコーヒー?」  「俺が大人だからかな? ふふ、そんな顔しても怖くないよ」 「――っ! 子ども扱いすんなよ。俺は大学一年――」  マグカップをテーブルに叩きつける様に置いて、優人に言い返そうとしたところで、流れ始めるオルゴールのようなメロディー。彼方は余りにも空気が読めないお湯張り完了を知らせる音楽に口を噤んだ。   「さ、もうお風呂できたから、服脱いで入って、ほら」 「子供じゃないって言ってんだろ」 「うんうん、わかってる。大学生なんだよね」    そうは言うものの、優人は彼方の服まで脱がせようする。それを押し返そうとしたところで、彼方はなにかを思いついたように口端を上げた。 「ふーん、脱がしてくれんの、おにいさん」  彼方は少し上目遣いに首を傾げて、まるで誘惑するかのように目を細める。しかし、優人は一度瞬きすると、満面の笑みを浮かべた。頼られて心底嬉しいという感情が漏れ出してきているようだ。 「もちろん。張り付いてて、脱ぎにくいからね。手伝うよ」 「…………」    彼方はあまりにも色気のない返しをする優人を半目で見返しつつ、この先の事を考えて、苛立ちを抑える様に拳をギリギリと握った。  脱衣所に入るように促してくる優人の腕から逃げる様に浴室に飛び込む。勢いに任せて湯に浸かれば、彼方は温かな気持ちよさにほうと溜息を吐いた。つま先がジンジンと痺れを感じるが、冷えた体が求めていたものだ。 「きもち……」   思わずつぶやいた直後、彼方は慌てて首を振った。   「クッソ、調子狂う。なんだよ、あの空気のよめなさ……むかつく……」  彼方の計画はまだ始まってもいない。  これから見られるだろう優人の焦る表情を思い浮かべつつ、彼方はふっと嘲笑を浮かべた。

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