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驚いた目で俺を見てた本郷がなんか泣きそうな顔になって、それを見たらすごい酷いことしたと思うのに、息が苦しくていっぱい吸い込んでも余計苦しくなるばっかで。
どうしよう苦しい息ができないって焦って、パニックになった俺を、本郷がぎゅっと抱いてくれた。
「ごめん、俺…… っ」
突き飛ばしたことをとりあえず謝ったら、本郷が俺の頭の上で首を振った。
「今のはオレが悪い。から、気にすんな。大丈夫。ゆっくり、息して。」
頭を撫でて、そう言ってくれて。喉に詰まってた何かが取れたみたいに楽になった。
髪に触れる手が温かくて、背中をとんとんされるのが気持ちよくて、頰に響く本郷の鼓動を聞きながら目を閉じたら。
夜になってた。
つまり、本郷の腕に抱かれて、安心して赤ん坊みたいに眠っちゃったわけで。
最中にとか、さすがに酷いだろ俺、って愕然とした。
目を覚ましたとき、俺は裸にタオルケットをかけて普通にベッドに横になってて。ちょうどいい温度に設定されたエアコンの風は、俺に直接当たらないようにしてあって。
本郷は薄手の部屋着で机に向かって勉強していた。
真剣な横顔は、やっぱりカッコよくて。
俺と同じ学部に上がりたいからって、頑張って勉強してんの知ってたけど、実際に見たのは初めてだったから、なんか嬉しかった。
(うちの高校は付属の大学があって、成績順に希望の学部の推薦がとれる。成績は大抵俺の方が少し良くて、同じ学部に行くなら本郷がちょっと頑張らないといけない)
俺が目を覚ましたことに気づいた本郷は、
「起きたか三年寝太郎」
って言って笑った。もう続きをしようとかそういう感じじゃなくて、ただ優しく笑って、家まで送ってくれた。
別れ際に謝ったら、
「来週利息つけて身体で返してもらうから」
って頬を摘まれたけど。
その日以来、キスもしてない。
キス「も」してない、は違うか。キスはしてない。エッチはしてるけど。でもそのエッチは、普通のやつで。
俺は自分がSubだって気づいてから、ダイナミクスのことはいろいろ調べたんだ。
だから知ってる。
Domは嗜虐性が強い。特に、Subを虐めて、服従させて精神的な充足を得る。それは性的にも同じことで。もちろん個人差はあるけど、本郷にそういう性的嗜好があるのは、俺が一番よく知ってる。
その本郷が普通のエッチしかしてないのは、たぶん俺のため。
服従させられてドロップしたことが恐怖として心に残ってしまった俺に、それを思い出させないようにしてくれてる。
優しく抱かれて、気持ちよくて、俺はいいんだけど。だけどそれじゃあ、本郷自身はあんまり満たされてないんだろう。
やばいことしてるときの本郷は、ホントに楽しそうだったし。最近はああいう顔見てないなぁって思うと、やっぱこのままじゃだめだよなって。
明日は講習がなくて、午前中から本郷の家に行く約束になってる。明るいうちはさすがに家 までは来ないけど、やっぱり本郷の家の駅までは、あいつは迎えに来るんだろう。
(ちゃんとしないとな…… )
明日は朝から風呂使って、つっても真夏だし汗はかいちゃうだろうけど、準備してから出かけよう。
別に特別なことじゃない。
そう思いながらも、緊張して手汗をかいてきた。
ちゃんと寝ておかないと。また三年寝太郎やらかすわけにいかないんだから。
俺は少し早めに寝るために、アラームをかけてベッドに横になった。
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