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58.
夏休みに入る直前。俺と本郷は駅ナカの本屋で(たぶん)社会人のDomに会った。それなりに広い本屋だから、立ち読みしてた俺が1人でいると思ったらしくて、向こうから話しかけてきたんだ。
その人は全然怖い人じゃなかった。中川さんみたく笑顔で威圧してくるようなタイプでもなくて、きちんとした大人のDomだった。
穏やかなナンパ、て感じ?だったのかな。
誘われてたのは確かだけど、脅されてたとかじゃなかったのに。
参考書のコーナーにいたはずの本郷が、血相変えて飛んできた。
俺の方がびびるくらい、すげえ怖い顔して。
「あれ、君パートナーいたんだ。ごめんね、気がつかなくて。」
その人は本郷を見て、俺に謝ってきた。
ホントにいい人って感じだったのに、本郷は俺を背中に隠すみたいに間に立ったから、さすがに失礼だろって思って押しのけようとしたら。
「そんな顔するんなら、ちゃんと自分 のSubには首輪 させとけよ。」
低い声が、頭上で聞こえた。俺に話してた時とは全然違うトーンと表情で、Domの人が本郷に言った。本郷は何も言い返せずに、その人が俺に笑顔で手を振っていなくなるまで、ただ黙って立っていた。
Domに睨まれて動けなくなるのは、Subだけじゃない。Normalの人たちも、Domでも、自分より力のあるDomの視線 に当てられると威圧感に腰がひけるらしい。
Dom同士は縄張りとかマウント争いみたいな雰囲気になりやすいって何かに書いてあったけど、身近にいる本郷と秋山は普通に仲良いし、そんなの見たのは初めてで。
口には出さないけど、あのときたぶん本郷はあの人の視線 に「負けた」んだと思う。
しょうがないよな。相手は社会人なんだし。本郷なんか身体だけデカイだけの高校生なんだから。
俺だって本郷に、世界最強の男になってほしいとかミジンコも思ってないし。
でももしかしたら本郷は、「争ったら勝てないDomが生活圏内にいる」ことに、あの時初めて危機感を覚えたのかもしれない。
世界には一定数のDomがいる。みんな、普通に生活してる。その中で、俺なんかにかまってくる人なんかほとんどいないのに。
あの日以来、へタレな本郷の過保護がエスカレートして、最近は正直ちょっと心配なレベル。
首輪 、な……
って、あのとき改めて思った。
俺はずっと、Subがしてる首輪に抵抗があった。飼い犬か奴隷みたいだし。あんなの恥ずかしくないのかなって、思ってた。
でも、俺の認識はちょっと偏ってたのかもしれなくて。
「首輪してないSub = パートナーのDom募集中(^з^)-☆」
て感じに見られてるんなら、そっちの方がよっぽど恥ずかしいし。本郷がカリカリするくらい、危なっかしい状態だってこともわかってきた。
首輪は「支配されてる」ってことじゃなくて、「付き合ってるやつ、いるよ」って、そんな軽いメッセージみたいなもんだって、思えばいいのかな。
それで本郷が安心できるんなら、もうカッコ悪いとか、こだわるとこじゃないよなって、思えるようになったから。
「俺さ、首輪 、してもいいよ。」
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