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「言っとくけど、ちゃんと意味分かって言ってるから。だから無駄な確認とか、しなくていいからな。」 「いやだ。ちゃんと聞きたい。」 「…… わかったよ。」 Subに首輪を着ける儀式は、2人の間で契約が成立した証だ。でも、Domが強引に着けても意味がない。パートナーを選ぶ権利はSubにあって、Subに首輪を渡されたDomだけが、それを相手に着けることができる。 SubがDomに首輪を渡すのは、相手を信頼し、唯一無二の存在だと認めて自分を任せるという意思表示なんだ。 「海老沢。オレの、パートナーになってくれるの?」 真っ直ぐに目を見て、本郷が聞いた。不安そうに瞳が揺れてる。俺がこんだけ言ってんのに、何を怖がってんだろうな。 「いいよ。」 そう返事したら。 本郷の口が、への字になった。でも、下がった口角のほんの先だけが微妙に上向きで。頬に浮かんだえくぼで、ホントに喜んでくれてるんだなって、わかった。 俺の手から革紐を受け取った本郷が、首の後ろに手を回して、俺に首輪(カラー)を着けた。エアコンの風に冷やされた銀の飾りが鎖骨に当たって、少しひやっとする。 こんな時、どんな顔したらいいのか分からなくて真顔で見上げたら、端正な顔がゆっくり距離を詰めてきた。 本郷は俺の唇に触れるだけの、優しいキスをした。 「これは、平気?」 久しぶりに触れた柔らかい唇を数センチ離して、本郷が聞く。頷こうと顎を引いたらこつんと額がぶつかって、2人同時に吹き出した。 笑い顔のまま、間近で目が合って。 本郷が弓形の唇を舐めて、少し、顔を傾けた。 「ん…… 」 また唇が触れる。 離れて、戻ってきて、俺たちにしか聞こえない小さな水音がする。 上唇だけを唇に挟まれて、舌先でちょっと舐められる。ついばむような短いキスの後、下唇を優しく甘噛みされる。 唇の感触を味わうように、ちょっと触れては離れるキスを繰り返しながら、本郷はゆっくりと俺をベッドに倒した。 唇に降っていたキスが、顎に、首に、鎖骨に下りて行って。本郷は、俺に着けたばかりの首輪の銀色にも、そっと唇をつけた。 「海老沢…… 」 俺の胸元から、本郷が真剣な顔を上げる。 「大事にする、絶対。 オレ…… Domだから、いじめるようなこと、やっぱりするかもしれないけど。嫌だったら、すぐ()めて。嫌いになる前に、頼むから、止めて。」 「なに…… 最初から嫌われる前提で話してんだよ?そんな俺がドン引きするようなこと、するつもりなのかよ…… 」 「違うけど…… いつも怖いんだよ、正直。お前が恥ずかしがるのも、嫌がるのも、怖がったり痛がるのだって、すごい興奮する。でもそのアタマの裏側で、こんなの人としてどうなんだよって、不安になる。好きな子が苦しんでるの見て楽しんでる、優しくない自分がいつも怖くて、もうついていけないって、お前にいつ言われるかって怖くて…… 」

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