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恋情散乱(加々見凍花・著)

     1  操り人形のようにぴんと高い天井に向かって伸ばしている光波を振った男――桔梗崇水(ききょうしゅうすい)の背中は、憎たらしいほどうつくしい。最近では妖し気な色気をまとっている。  まるで、光波(みつは)が特別注文したドールのようだ。アメジストのような目、腰の位置が高い身体。どれをとっても、光波の視線を釘付けにされる。  それに対して、背が低い上に、中性的。毛先に緩くウエーブがかかった黒髪の自分が、野暮ったくて仕方がない。くっきりとした二重と黒目がちな目のせいで、しょっちゅう年齢や性別を間違われる。どこをとっても、崇水には敵わない。 「興味津々なのはすごくわかるけど、はぐれるなよ」 崇水は迷いなく玄関ホールから部屋まで歩く。いつもと違う雰囲気と刺々しい言葉に、身をすくめた。 「わかってる」 まるで洋館みたいだ。きょろきょろしながら、扉が並んでいる廊下を歩く。 「誰かいる?」 感嘆としたため息を吐きながら、玄関に入った時から感じる視線の主を探す。 「(てつ)たちは夕方までいないよ。気のせいじゃない?」 スレンダーで、予想もつかない言動をする崇水は、光波にとって麻薬のようだ。ないと物足りないし、刺激に慣れてくるともっともっと欲しくなる。 「そうだね。なんか疑ってごめん。ところで、哲さんって誰?」  まあ、気のせいだろう。視線に過敏になり過ぎた時期の後遺症か。 ちらりと崇水の横顔を見る。彼の服からのぞく素肌に艶があり、仕草一つとっても色っぽい。まさかそんなはずはないだろうと思うのだが、抱かれているのだろうか。 (な訳ないよね。だってさ、男に抱かれるなんて論外。遊ぶなら、後腐れのない奔放な女性がいいって言ってたし) 「ああ、遊び仲間の一人。ちょっと子どもっぽくて可愛いよ」 「へえ~、お子様ランチ好きそう」 「そうそう。子ども舌だよ。どっかの高級店よりジャンクフードか行きつけの店がいいって言ってって、もうなんて言ったらいいのか」  哲の様子に閉口するというより、惚気に近い雰囲気と口調だった。光波が相づちを打つと、目を細めながら話す様子に空気が華やぐ。 「喋り過ぎたね、ごめん」 「すっごく楽しそうで、ちょっと嫉妬した」  すねながらそう言うと、髪をくしゃくしゃと撫でられる。  もしかして……。遊んでいた女性たちが崇水と連絡が取れないと小耳に挟んでいる。そのことと哲と、崇水の変化と何か関係があるのだろうか。  嫌な予感がする。 「ここ。この部屋だよ。ちょっと勝手が違うけれど、十分使えるよ」 黒葛原光波(つづらはらみつは)は目をみはった。クラシカルな深い色合いの木のドアを開けると、大きなシャンデリアと鏡の壁がある。光が散らばって眩しいし、嫌いな鏡に映る自分も嫌いで目を背けた。 扉から向かって右奥にキングサイズくらいの大きなベッド。洋館みたいな家から想像するに、桔梗崇水の今回のセフレは年上の金持ちかセレブなのだろうか。  普通のダンスルームを想像していたせいか目を瞬き、言葉を探した。 「パラパラとダンスの練習には使えるだろ? ベッドがなければ」  強烈な違和感の正体はそれだった。それのせいで、寝室という感じがするのだ。 「これって、」 「プレイルームらしいよ。なんにも知らずに使ってたけど、知らぬが花だな」 「だね」  普段、動画撮影に貸してもらっている場所もコンセプトルーム兼プレイルームだったりする。 今練習している「ⅰ dream of you/yo shine」は、光波が踊りたいと言い、撮影に向けて練習している最中だ。だが、言い出しっぺの光波が複雑な振り付けに苦戦しているのを見て、崇水が練習しようと提案してきたのだった。 運動音痴で反転動画を見ないとろくすぽ踊れなかったのが、今では反転動画にそう頼らなくてもよくなった。2年前の自分から想像できないほど踊れるようになったと思う。でも、崇水や海のレベルには達せてない。 「だいぶ、踊れるようになったよ」 「無理すんなよ。昨夜もバイトだったんだろ?」 「仮眠したから大丈夫。そんなにやわじゃない」  まるで、弟を大事にする兄みたいだ。 崇水には、実入りのいい夜勤のバイトをしていると話している。働かないと死活問題に関わり、今までに何度も桔梗(ききょう)家にお世話になっているのだ。  掛け持ちではなく、高級ラウンジのアルバイトだけをしている。 (女性のようにうつくしくなって、崇水のお眼鏡にかなう人間になれたらいいなと思っていたけれども、ね。振り向いてもらおうなんて考えていないよ) 「なら、多少教えるだけで大丈夫かな。サビが二通りあるから、とりあえず交互に踊ってみるか」 音と一体化する喜びと言ったら、言葉で言い表せないくらい、気持ちいい。 「光波、サビ前はいいね。だいぶ仕上がってる。でも、右手、左手を胸の前でクロスするところ、ワンテンポ遅れてる。あと、サビは『犯人はお前だ!』のポーズで、制止。右手だけ手をつき出さない」  踊り始めると、容赦なくダメ出しが入る。振りを大きめにし、踊っている崇水をよく見ながら踊る。 「了解」 「サビ中心で踊ろうか」  いつも通り銀色のクロスの真ん中に赤い薔薇がついたチョーカーを着け、上下黒色の服に身を包んだ崇水がそう言った。軸がぶれないように、体幹トレーニングや走り込みをしているおかげで、細くしなやかな身体を維持している。 身体の軸がぶれておらず、サイドステップを踏んでも、ふらふらしない。踊る姿がりりしくて、カッコよくて、見とれる。 「うん」  大好きな崇水を手本にできるなんて、幸せだ。      § 「ちょっと休憩しない?」 「いいよ」  2時間以上みっちりと練習したせいか、だいぶスムーズに踊れるようになったが、体力の消耗が激しくぐったりと座り込み、肩や関節をさすった。カバンの中から、PTPシートを取り出し、ズボンに仕舞う。 「トイレってどこ?」  半歩先を崇水が歩き、後をついていく。出てすぐの四角いガラス張りの回廊から降り注ぐ光が、崇水の黒く絹のような髪がつやつやと輝く。 「素敵な家だね」 「哲が聞いたら喜ぶよ。そう伝えておく」 「ありがとう。信頼しているように見えるね」 「信頼、か。まあそうだね」  足を止め、視線を上に向けしばし考えた後、崇水はそう言った。 「崇水が頼ってもいいと思える人が一人増えてよかった」  まるで定規を入れたようにまっすぐ伸ばした背中に、背負っているものを肩代わりできるならしてあげたい。そんな傲慢な考えさえも、彼が頼っている大人を見ると、幼稚な考えだと気付かされる。 「まあね。ベタベタ甘やすわけじゃないから、性に合っていると思う」 「そうだね。会ったら、挨拶しないと」  お互い束縛されるのが嫌いで、単独行動が好きなのだが、趣味や性格が合うので傍にいる。 「そうならないといいんだけどね」  崇水が神妙な顔をして、何か言った気がした。 「何か言った?」 「なんでもない。トイレはその扉の向こう」  深い色合いの木の扉は、精緻な模様が彫られており、芸術品のようだ。 「ふぅっ、ん」 カギをかけた後、ポケットに入れてあったサプリメントのような潤滑剤の塊を窄まりに入れ、奥まで押し込んだ。このチャンスだけは絶対逃したくない。 違和感を覚えながら、部屋に戻っている最中、トイレに行く前はしなかった匂いがする。 (甘く香ばしいコーヒーの香り?) ゆっくり歩き鏡から背を向けてベッドの端に座った。ベッドに転がって、メタリックレッドのスマートフォンをいじっている崇水をぼうっと見つめる。 「体調悪いのか?」  心配そうな声色にほんの少しだけ罪悪感を覚える。 「そんなことないよ。少し疲れただけ」 今身じろぎしたら、溶けたカプセルから出てきた液体がこぼれてきそうで怖い。それに、体力がない光波は2時間近く踊り続けていたら、疲れてしまう。 彼からは、あのコーヒーの匂いはしない。それに、あの噂が本当か気になる。 「そう言えば、どうしてここを知ったの?」 崇水が「練習にいい場所を見つけた」と連絡してきたのは、一ヵ月前のことだった。 「友人の家で、ダンスの練習に使わしてもらっているんだ。今日も夕方まで帰ってこないらしいから、自由に使ってって言われた」 夕方まで、か。なら、時間はまだある。 「へえ。あのさ、女子から崇水が遊んでくれないって聞いたんだけど、どうしたの? 夜遊び好きが珍しいね」 「ちょっとあきてて、違うことしてるから、連絡を取ってないだけだよ」 「そのことをメールか何かで伝えといたら? 訊かれるこっちの身にもなってよ」  光波は首を傾げる。崇水の熱しやすく冷めやすい性格は、自分と似ている。何のためらいもなく、危険なことに突っ込んでいく彼のことが少し気がかりだった。 「悪い悪い。連絡しておくよ」  自分の家のようにリラックスしている彼の両腕を押さえつけ、覆いかぶさった。 「まだ帰ってこないでしょう? 抱いてよ」 「はあ⁉ 無理無理」 「ヤれれば、誰でもいいんでしょう?」  突っ込む場所が違っても、男も女も変わらないだろう。一時でもいいから、彼と深くつながっている感覚が欲しい。そういうことを想像し、いつもより熱っぽい表情がさらに熱っぽくとろける。 「違うっ」 「何が?」 崇水のズボンのチャックを下ろし、きざしていないモノを手でくるみ、恐る恐る上下に擦ってみる。何度か擦っていると、先端からジワリと先走り汁がにじんだ。へえ、感度がいいんだ。 「んっやめろっ、光波! こっちに来ちゃダメだ。抜け出せなくなる」  抜け出せなくなるだって。何様だ。こっちは、頭がおかしくなったんじゃないかってずいぶん悩み、やっとゲイである自分を受け入れたのに……。大学1年生の頃からずっと崇水が好きで、フラれてもなお好きなんだ。 「はあ? とっくの昔にそっち側だよ」 冷たくて、感情のこもっていない声。耳元で「恋愛感情を持ってるって、知ってたよね?」と続ける。 目を見開き、呆然とした様子で一言、 「マジで……⁉」  やっぱり伝わってなかったのか。  わかってほしかった相手に伝わらないもどかしさ。本気で好きだって、彼しか見えていないというのに。ひどいにも程がある。 「拒まれたら、死ぬから」 「落ち着けって、だから、その…」  オブラートなしになんでも言う彼が、歯切れの悪い言い方をし、言葉を探している姿にも苛立ってくる。自分のズボンを膝まで下げる。 「……本気だから」  微動だに瞳を動かさず、見下ろした。 「ちょっ……、本気でよせ。今ならやめられる。友達だろ?」  だから? 都合のいい言葉に縛られたくない。  まくし立てながら、焦っている光波の胸を右手で押し、もう片方の手で、スマートフォンを操作している。全力で拒まれたら、細身な自分は簡単にどかされてしまう。なら、まだ自分にチャンスはあるのか?  冷静な自分は、やめろ、何かあると警告する。が、本能のまま突っ走る自分はさっさとやってしまえ、と言い、冷静な自分を嘲笑う。拒まれていても、欲しくてたまらない相手が手を伸ばせばすぐいるのなら、チャンスだと思いたい自分がいる。 「黙ってよ。こういう友達でもいいんだし。それに、崇水は、僕がどれほど好きか知らないくせに」  1年生の時にフラれたのに、諦められず悪あがきしているのは承知の上だ。いくら待っても彼が振り向いてくれないのは、わかってる。でも、彼の特別になりたい。消えない記憶が――つながりが欲しい。 「そういう意味じゃない。ケツにアレを入れられたら、クセになるって遊び仲間が言っていたんだ。もとに戻れないよって。だから、光波には一時の感情で将来を潰してほしくない。選択肢を残したままでいてほしい。わかるか?」 「わかるよ。でも、僕がしたいんだ」 彼は知らないんだろうな。崇水とずっとこうしたくて、自分で窄まりをいじっていたことを。 拒む手を無視し、彼のモノに手を添えて入れようとした瞬間、クラシカルな木のドアが開き、体をびくつかせた。急激に体温が上昇し、嫌な汗がジワリとにじみ出てくる。 ズボンをろくに直せないまま、扉が開いた瞬間、駆け足で二人の男性が現れた。シャツを着ていたということは、休日出勤でもしていたのだろうか。 ていうか、タイミングが良すぎないか? 「シュウ!」  黒縁の眼鏡をかけた、理知的だがどこか幼児性が見え隠れしている男性が、崇水と光波を引きはがし、崇水を力いっぱい抱き締める。香水か何かつけているのだろうか。爽やかなシトラス系の後に、ふんわりと香る甘い花の匂いがする。 「哲、痛いって。ありがとう、助けてくれて」 「押したら、来るって言ったでしょ? それに、言いつけを守れて、偉いね」  崇水の顔が朱に染まった。ズボンを穿き直した後、状況を把握していると、視界が揺れた。突然天地が逆になったらしい。頭や顔に血が上る。 肩幅が広い精悍で男っぽい男性の肩にファイヤーマンズ・キャリーされているらしい。 (クソッ、はめられた!)  ちらりと見えた申し訳なさそうな崇水の雰囲気――表情に、沸々と怒りがこみ上げてくる。心配して損した。きっと彼は哲たちとねんごろな関係なのだろう。 (嘘つき、最低な奴だ。赦せない)  光波が傷つきやすいから話さないなんて、傲慢すぎる。 「やめろ! 離せ!」 「弁解せずに自白(ゲロ)れば、そうひどいことはしない」  天地が逆になった視界に広がった彼は、哲と視線を合わせた後、顎をしゃくった。 「金属のイスがあるから、対面にして座らせておいて。あ! マット敷いてね」  イスの背もたれに鼻や蔓のモチーフが施されている銀色のイスにそっと下ろされた。背もたれの細工は見事だった。だが、花びら一枚一枚を忠実に再現し、蔓の生命感と躍動感を表現しているイスを愛でている暇はない。  後ろに手を組まされた後、タオルを巻かれ、その上にツルツルとした黒いテープを巻かれ、手とイスの背もたれを手錠でつながれ、光波の自由を奪った。身動きすると、チェーンの金属が擦れる音がする。 「痛くないか? うっ血した感覚はないか?」  …と比べて細いな、と言いながら、手慣れた様子で手錠の大きさを調節する。 「……ありません」 タオルと言い、質問と言い、今からひどい目にされる運命なのになぜ……。  光波の思考を読み取ったように、 「身体を傷付けるのは趣味じゃない。それに、何かがあってからでは遅いからな。より集中できるようにしているだけだ」  そう言い残し、精悍な男性は崇水に近づいていくのと同時に、眼鏡の男性がベッドから降り、こちらへ向かってきた。先程の男性より若くて、幼児性を残したように見え、危険な雰囲気がする。 「待たせたな」  あの男性が崇水の艶やかでサラサラとした髪をいとおしむように撫でている。彼の瞳に映っているのは、礼侍(れいじ)(てつ)だけ。自分は映ってない。なんで、ずっと一緒にいたのに。 「全然。ありがとう」 「これくらい礼には及ばない」  素っ気なく言っているのも関わらず、愛情がこもっている言い方だった。視線が対面にあるベッドの上の人物を注視する。 「ねえ、君。シュウのお友達だっけ? なんであんなことしたの?」  視線を戻した。なんでって言われても……。 「もしかして、シュウのことが好きだったの?」  さっきの男より、気さくで話しやすいが、なんでも話してはいけないと感じる。  好きという言葉に、耳まで真っ赤になった顔を見られたくなくて、下に向けた。だが、その仕草で、正解だと気付かせてしまった。  諦められたら、どんなに楽だったか。それすら、わかってもらえない。往生際が悪いことぐらいわかっている。でも、誰かにとられるくらいなら、いっそ彼を殺して、自分も彼と一緒に逝きたいほど――狂おしいほど好きなのに。 「そう言うことなんだね。断られたから、既成事実を作ろうって魂胆?」 「違う! ……違う! そんなんじゃない。ずっと好きだったから」 「だから、ここを自分でいじくってたのかな?」  片手で両ひざの下に腕を入れられ、M字開脚にされ、脚をバタつかせようとしたが、これ以上恥をかくのが嫌で、されるがままになったほうがラクだ。 中に入れたローションがあふれ、入り口付近がてらてらと光る後孔ではなく、会陰を押され、咄嗟に唇を噛んだ。触れられていないのに後孔で味わう快感が、確かに生じた。中途半端に昂った身体は――秘部はヒクヒクと動き、男の楔が欲しいと訴える。 「してない」 「してないことないでしょ。声を聞かせたくなかったんじゃないの」 「違う、ビックリしたッア……だけ」  否定している最中、疼いているソコを指でググっと押され、艶を含んだあられもない声が漏れた。身体がびくりと動くたびに手錠の鎖が擦れ合う音が聞こえる。何度も何度もそこを押され、触れられていない内部がずくりと疼き、しっとりと汗が肌を湿らす。  紫色の瞳が心配そうに自分を見つめる。しかし、今は逸らしてほしいと思った。こんなみじめでカッコ悪い姿崇水には見せたくない。 「見ないで」  首を横に振る。むき出しになった局部を隠そうにも、手は拘束されており、足は後ろから男に抑えられている。 「なるほどねー。おもちゃ入れてみる?」  崇水に助けを求めた。 「哲、光波をこっち側に引き込まないでくれ。もう、大切な人を喪うのはこりごりなんだ。守らないといけないから」  最悪の事態は回避できたと理解できたが、まだ拘束されたままだ。 「じゃあ、どうしよう。礼侍」 「見せてやれ」 「了解。よかったね、そこで見ていればいいって」  光波は、身体の力を抜く。 何を?  異様な雰囲気にのまれて、問いただせなかった。崇水の裸体に彼らの手が這いまわる。ぷっくりとした乳首が卑猥だった。  整った顔が淫蕩に崩れ、口づけや愛撫を受け止め、アメジストがじわりと濡れる。身の内から生じる快楽にもじもじと腰を揺らめかせる。 「もう腰が揺れているの? エッチだね」 「やっ、あああっ」 億劫そうに、快楽を逃がすように吐息する。その空気の震えが微細に伝わってくる。光波は、顔を紅潮させた。 (見ちゃいけない、見てはいけない……) 「あっ……」  弾かれるように、崇水のほうを見て、小さく首を横に振った。  彼がなぶられる光景から顔を背けると、ベッドの上から「ちゃんと見ていないとだめだよ」と注意されるため、崇水の背後だけを見ていたはずなのに、いつしか凝視していた。 「興味はあるんだな」  嘲笑う低い声が降ってくる。 (違う、絶対違う‼) 「こうされたかったんでしょ? 弱いところを暴かれて、ぐずぐずに溶かされて、甘えて、いつくしまれて、自分の存在を認めてもらいたかったんでしょう?」  べたべたと崇水の身体を愛撫し、礼侍は崇水と舌を絡ませ合っている。口端からこぼれ糸を引くだ液が卑猥だ。  頬や鼻、フェイスラインに滴ってくる涙をぬぐえず、むずがゆさと恥ずかしさとなぜか興奮している自分に驚き、混乱していく。 あまつさえ、崇水の立場が自分だったらよかったのに、と思った自分が一番わからなかった。この場の雰囲気に呑まれて、中途半端に昂った身体が反応しているのか、それとも、  光波が無理やり押さえつけてきた衝動や性癖が強く劣情を煽っているのか。それとも、両方か。痛いほど自身が張りつめているのを知覚する。 「違う」  光波の声はひどく狼狽しており、自信なさげだった。確かに、目の前で起こっている出来事を体験してみたいと思ったこともある。見知らぬ誰かが自分を必要としてくれるなら、そうされても構わないと思ったこともある。だが、「普通」に戻れなくなる。そう考えながら、自分を厳しく律してきた。 「どうしたの? さっきまでの威勢のよさは、どこに行ったのかな?」  神経を逆なでするような口調と言葉でさえも、光波のパニック状態を更に煽るものとなる。 「違う……違う、違う…。僕は、『普通』になりたい。こんなの違う、おかしい。だって、こんなことしたいわけじゃない!」 「ふうん、」  眼鏡をかけた男が、片頬を上げにっと笑った。 「哲、からかうのはほどほどにしとけよ。崇水が悲しむ」 「わかってるって。へえ~。ねえ、見ているだけで性的な興奮を得たんだね。反応しているよ」  嘲笑われた瞬間、痛いほど隆起し、溜まっていた熱が暴発した。その瞬間、やっと止まったと思った涙が、ぶわっとあふれてきた。恐怖、不安、愉悦、混乱などの様々な感情が許容量をはるかに超え、決壊した。 「あーあ、泣いちゃった。そそるね、泣き顔」 「哲」  残念そうな声とそれをたしなめる崇水の声が遠くから聞こえてきた。もうこんな仕打ち耐えられない。そんなに責められることを自分がしたのだろうか。したなら言ってほしい。 白んできた視界に身を委ねるように、意識を失った。      2 (アレは夢だったのか?)  嵐が通過していくような一時だった。崇水が男たちに身も心も委ねて、快楽に身もだえる残像が、まぶたの裏にちらつく。  あんな表情(かお)見たことがない。なまめかしく、女のように喘がされて愛撫されていた。 (わかっていたけど、つら過ぎる)  掛布団を握りしめ、胸の痛みに耐える。 「起きましたか?」  目が覚めて、辺りを見渡すと、ふかふかの白い敷布団の上で寝かされていた。障子が開き、ロマンスグレーの髪にシルバーのメタルフレームの眼鏡をかけた、細身の男性が現れた。黒っぽい色の着物に、白の手袋がまた独特な色香を醸し出している。  対して、自分は落ち着いた色合いの緋襦袢を着ている。 「ここは、私の家です。安心してください。ごゆるりとお過ごしくださいませ」  さっきは洋館で今は日本家屋をリノベーションした物件である。まるで、タイムスリップをした気分だ。祖父母宅みたいで、落ち着く。 「ありがとうございます。あの服は?」 「洗っておきましたので、着て帰れると思います」  きょろきょろと彼と部屋を何度も見回した。顔も体液で汚れた肌も拭かれ、介抱されたのだろうか。粗相の後始末をされたみたいでひどく恥ずかしかった。 「あなたもさっきの男性の仲間でしょう? 触らないでほしい」 キッとにらみつけると、男性がさもおかし気に笑った。まぶたが腫れて、より不細工になっているだろう。 「利害関係が一致した仲間でしかないですよ。……ああ、そんな顔しないでください。イジメたくなる」  泣きぬれた瞳は潤んだままであり、そこに怯え、怒り、不安などの表情が加わると、嗜虐性を持った男の本能を揺すぶるらしい。 途端に毛を逆立てた子猫のように、警戒心をむき出しにするとにっと不器用な笑みを浮かべた。 異国の血が混じった容姿の男性をうかがい見ると、分厚いレンズの向こう側には、月明りに照らされ鋭く光る刃のような瞳に射貫かれた。身じろぎできず、喉奥から引きつった小声が漏れた。 両あごを白い綿の手袋でうやうやしく包み、細長い指先で頬や顎のラインを撫でる。まるで、高価で貴重なもののように、優しく慎重に触れる。 「とてもきれいで、壊したくないのに壊してしまいたくなる」  至近距離で見つめる空色交じりのグレーの瞳と髪のほうが、高貴な宝石のようで目を奪われた。彼のほうが、貴重性と希少性を兼ね備えた美しさがある。 「嘘だ」 「嘘じゃありませんよ。こんなに純粋で、無垢できれいな子、見たことありません。今すぐ、自分のものにしてしまいたいくらいです」  彼は右人差し指の手袋を唇で食み脱ぐと、ラティックス製の手袋をつけた。綿の手袋をつけている手で内股を撫でられ、いきなり裾を割られた。素肌とは違う滑らかで布地が擦れる感覚に自然と脚を開く。濡れた窄まりを軽く撫でられ、熾火のような快楽に火がつく。 「ヒクヒクしてますね。だいぶ我慢したでしょう。今、ラクにしてあげますからね」  結局彼らと同じことをしていると思いながらも、身体は快楽を、甘い称賛を、自己有用感を求める。髪と同じ色のメタルフレームの奥にある瞳のせいだと、強引に結論付けた。 「あっ、あああっ、ァん……」 襦袢の下には何もまとっておらず、指をほんの少しだけ入れたかと思うと、ごく浅い入り口付近を撫でる。 笑い声が耳朶をくすぐりながら、「揺れてますよ」と腰を強くつかみ、揺れていることを認識させた。恥ずかしくても止まらないのだ。 貪欲に飲み込みたがっていた内部が指を取り入れようと蠕動する。腰を動かし、指を奥深くまで入れたくても、指を抜かれてしまう。少し落ち着くとまた指を入れられる。その繰り返しがじれったいのに、期待感と飢餓感が高まっていく。 汗ばんだ体が震え、男性の着物を握って耐え、首を横に振った。 「素直に言えたら、ご褒美を差し上げます。中をかき混ぜて、いいところを擦られたくないですか?」  耳朶にセクシーな低い声でささやきかけられる。彼の言葉が甘く響いた。欲しい。……欲しい。自分の指じゃないモノが欲しくて仕方がない。  焦れる身体は、指を飲み込もうと腰を卑猥に上下に動かし入れようとするが、指を抜かれ、甘ったるい鼻にかかった声が漏れる。 「そう焦らないでくださいね。言って下さったら、思う存分してあげますから」  渇望感と理性のせめぎ合いをしていたが、とうとう「してください」と蚊の鳴くような声で言った。 「聞こえません」  ぴしゃりと言い放った男の口元には、小さな笑みが浮かんでいる。世間一般では塩顔というのだろうか。端正な小顔が、歪む。 「あなたのが欲しい」 「どこにですか? 言わないとわかりませんよ」  腰を卑猥に揺らした。 「僕のいやらしく開いたア×ルに、あなたの指を、入れてください」  恥ずかしくて死にそうだ。段々と声量が消えかかっていく。セリフを言う間ずっと髪を撫でていた手が首筋から段々と下に移動し、つぷりと指先が窄まりに入ってくる。  鼻にかかった声を漏らしながら、不随意に身体がびくびくと跳ねた。 「上手に言えましたね。ご褒美です」  甘やかすような声と指先にうっとりと身を委ねる。やみくもに指先を動かすのではなく、ナカの状態を確かめ、ゆっくりと、だが確実に奥へ奥へと指を進めてくる。2本一気に入れられたせいか圧迫感が強く、息も切れ切れだった。 「っあっううんっ……あああっ。あ⁉」  異物になじんできた肉筒内をうごめく指。その場所を指先で押されると汗がジワリとにじみ、腰が揺れ動く。 「ここかな? どう、なんかヘンな感じがしますか?」  尖った乳頭をいじくられながら、指を動かされると頭の中がショートしてしまいそうなほどの快楽と嬌声が漏れる。 感じてなんかない、と首を横に振るが、斜め上から見下ろしている彼には、すべてお見通しだろう。左手の手袋を外し、わき腹を撫で、痛いほど張りつめた乳頭を長い指先が弾かれる。 「本当に育て甲斐のある身体。…さんの提案に乗りましょうかね」 「えっ?」 「なんでもないですよ」 自分でいじっているとはいえ生娘みたいな身体を手練の男が(もてあそ)んでいるのだ。指で敷布をぎゅっと握り、流されないようにするが、土台無理な話だった。 「くっ……あああああっ」 「感じてる顔も可愛いですね。もっと気持ちよくなってください」  先走り汁にまみれている光波自身を下から上に扱かれ、先端と幹の間を撫でられ、思いっきり背をのけ反らせた。 「イくときは、イくと言ってくださいね」 「ああっ、もう、イくっ」    うわ言のようにつぶやく。 「ひゃぁ゛ッ……、もっむり。しぬッ、……キツイっ、う゛……、――――ッ」  突然、視界がスパークする。身体に生ぬるい白濁液がかかる。が、閉じた瞳は開かない。まばゆい光に吸い込まれるように意識を失う最中、背中を撫でられるぬくもりと汗で湿った服の感覚とを覚える。 「おやすみなさい、光波(みつは)さん」 ――育てれば、いい器になるんだろうな。  片頬を上げた男は――月城(つきしろ)はそう言った。

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