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レッツゴー異世界 ハローヒーロー(2)

「……えっと」 『言っておくが、ここちゃんと異世界だからな。特撮の撮影現場じゃねーからな』  爆音のした場所に一瞬でたどり着いた透たちの前に現れたのは、いかにもファンタジーな魔物――一軒家サイズなドラゴンと、それに応戦する一人の……戦士だった。  ……なんというか、日曜日の朝に戦っていそうな変身ヒーローっぽい感じの。  さっきの爆音ってひょっとして、いや、考えるのはよそう。  樹の陰に隠れて様子を伺う。ドラゴンは本当にアニメや漫画に出てくるような二足歩行の爬虫類に近い。たった今、変身ヒーローさんに向けて炎のブレスを吐いた。  フルフェイスで顔の分からないヒーローさんはブレスを跳躍でかわし、透が隠れていた樹を蹴ってさらに上空へ飛び上がった。 「うわっ!」  体勢的にはそのまま降下して必殺技のキックでも炸裂する場面だったのだろう。しかし、隠れていた樹を足場にされた衝撃で透が思わず声を上げてしまったことで、状況が変わった。  ヒーローさんに注視していたドラゴンが、透にターゲットを変更してきたのだ。 『トオル、落ち着け。ヤバい時は日本戻れるから』 「う、あ」  ウィルが宥めようとしてくれているのは分かる。分かるが、未知の危険生物と真正面から対峙して冷静でいられるわけがなかった。 「やっば! お兄さん、伏せてー!」  変身ヒーローさんの声が聞こえた。まだ若い、男の子の声だ。  何か意図があるのか、ヒーローさんは落下しながら装備品をこちらに向かって掲げている。  動きの鈍った自分の体に叱咤して、どうにか言われた通りにその場に伏せることができた。  抱えた頭のすぐ上を、青い光線が通り過ぎていく。細いその光はドラゴンを貫き、その巨体を急速に凍らせていった。 「へ……?」  ヒーローさんが何かしてくれたにしても、彼は前方でちょうど着地したところだ。後方からビームが飛んでくるのはおかしい。  背後を振り返ると、すぐそばの木の幹には青い魔法陣が輝いていた。  ヒーローさん以外、周囲に人は居ない。となるとさきほどの装備品が近くの樹に魔法陣を刻んで、そこから魔法が転送されてきた、というところか。 「はー、どうにかなった……!」  降り立ったヒーローさんが、ドラゴンの方を簡単に確認してから変身を解く。  中の人は、高校生くらいだろうか。オレンジ色のフードとくたびれたスニーカーがいっそう彼を子供っぽく見せている。 「怪我ないー、お兄さん?」 「あ……ありがとう……」  人好きのする笑顔を躊躇いなく向けられた。コミュ強の気配がする。  礼だけ返して言葉に迷っていると、少年があっと声を上げて訊ねてきた。 「お兄さん、日本人だよな? 俺はマサヒロ。勝つに、うかんむりの宏で勝宏ね。お兄さんの名前は?」 「と、透、です」 「透か。念のため訊くけど、さっきのドラゴンに心当たりは?」 「あ、ありません……」  透の返答に満足してか、ひとり納得した様子で少年――勝宏がうんうん頷く。 「やっぱ助けて正解だった! 透、色々思うところはあるだろうけど、今は一時休戦ってことにしない?」  一時休戦。そのままの意味ではないだろうから、「質問タイムは後回しだ」みたいな意味合いだ、きっと。  こちらの反応を待たずして、勝宏の方から話し始める。 「あれはたぶん、野生じゃなくてテイマーの配下魔物なんだよな。日本人しか襲わない変なドラゴンが居るって噂聞いてたからさ」 「そうなんですね……」  異世界まで来て日本人狩りだなんて、ツチノコを探すような感覚ではなかろうか。いや、そのたとえだとこの場にツチノコ二体が相見えていることになるわけだけど。 「って、透、透。敬語やめてよ」 「え、ええ……」 「俺の方が年下だと思うよ? 俺0歳だし」 「へ、ぜろさい……?」 「18歳の誕生日で、小学生くらいの女の子がトラックにはねられそうになってるの助けて死んだんだ。こっちに転生する時に、赤ん坊からやり直すのちょっとしんどいって神様に言ったらこの年齢まで引き上げてくれた」  ああ、ウィルが説明していたような転生なのか転移なのかよくわからない事例の方か。  転生トラック、小学生の女の子まで狙うんだなあ。専門家とか技術者とか狙った方が異世界の文明発展しそうなものなのに。 「透はいくつ?」 「は、はたちです」 「元の年齢で換算しても年上じゃん。ほら敬語なしね」 「うん……」  あれ、普通に質問タイムになってる。後回しになったのは質問タイムのことじゃなかったのかな。  混乱している透の内心などお構いなしで、勝宏がぐいぐい近付いてきた。 「透のスキルはなに?」 「す……スキル?」  ち、近い。この人、パーソナルスペースが異様に狭い。  パーソナルスペース広めの透はどうしても詰め寄られると身体が強ばってしまう。 「ほら、神様に最初にもらった特殊能力だよ。俺は「思い描いたヒーローに変身して同じ力を使えるようになる」っていうスキル。アニメや漫画、特撮なんかの主人公にそのまま変身できるんだ」 「あ、あの、俺、転移でここに」 「転移? 転移スキルってこと? へえー、どこまで飛べるの?」 「いや、違、転移、に、日本から、」 「えっ!? 日本と行き来できるスキル!? すっげー! 羨ましい!」 「あ、あう、あ、俺、その」 「ひょっとして、さっきから手に持ってんの日本で買ってきた食材!? いいなあ……! この世界さあ、オーク肉とか面白い食べ物はあるけど、調味料が高いから味付け薄いんだよ」  ああ、舌が、舌が回らない。ディベートのトラウマ再び。  顔に熱が集まってきているのが分かる。きっといま自分の顔は耳まで真っ赤だ。  舌ではなく目を回し始めた透に、勝宏はさらに追い打ちをかける。 「ねえねえ、それってMP消費激しかったりする? 簡単に戻れるんなら、ちょっと頼みがあるんだけど!」 「は……はひ」 「ジャンクフード食いたい……! こっちのお金で払うから、日本の食べ物なんか買ってきてくんない?」  ぱん、と音を立てて手を合わせ、勝宏が頭を下げた。  頭を下げられた透はというと、もはや赤べこのごとく首を振ってがくがく頷くしかなかった。 (う、ウィル) 『わはは、トオルの苦手そうなタイプだなあ』 (おねがいしていい……?) 『了解。じゃあ行くか』 「い、いってきます……」 「さんきゅ、透! 俺ここで待ってるからー!」  勝宏が嬉しそうに顔をほころばせて透に手を振る。  これ、食べ物買って帰ってきたら、また会話のキャッチボール不成立のままデッドボールぼこすこ当てられ続けるんだろうか。  転移で自宅に戻ってきた時、冷蔵庫に牛乳パックをしまいながらちょっとだけ泣いた。

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