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レッツゴー異世界 ハローヒーロー(3)

 ハンバーガーとフライドポテト、ナゲット、ドリンクのセットを購入して再び異世界へ転移すると、勝宏はその場から動かず胡坐をかいていた。 「えっと……買ってきたよ」 「わー! 包装が既に懐かしい! 透と会えてよかったー!」  歓声とともに犬のように駆け寄ってきた勝宏にファーストフードの紙袋をそのまま渡す。全部で千円くらいかな、と勝宏がポケットから硬貨を取り出した。 「銀貨1枚……ううん、買って来てくれたお礼に2枚あげる」 「ど、どうも……ごめん、俺、この世界の通貨、よくわかってなくて……」  というより右も左も分かってない状態でリアル西洋ドラゴンと特撮ヒーローの戦闘シーンに遭遇したわけですが。  なんでハンバーガーのおつかいさせられてるんだろう。 「あれ、もしかしてこっち来たばっかり? 分かった、色々教えてやるよ」  勘違いされたままだが、教えてもらえるのはありがたい。  まずは、勝宏が硬貨の入った皮袋ごと貸してくれたので、その場で広げて硬貨の種類の確認だ。  彼はというと早速ウエットティッシュで手を拭いてハンバーガーを頬張っている。  勝宏がナゲットを食べながら説明したこの世界の通貨価値については、以下の通りである。  小銅貨:日本円だと十円玉とほぼ同じ扱い。  銅貨:日本円で百円くらい。  銀貨:同じく、千円程度。  金貨:約一万円。  ただし、物価や一般市民のひと月あたりの収入が低いため、四人家族で一ヶ月10万――金貨10枚もあれば不自由なく暮らせるらしい。 「まあある程度のことはステータス・メニューのヘルプ開けば載ってるけど」 「メニュー……?」 「あるだろ? え、ないの?」  それ、たぶん転生者特典みたいなやつだね。  なんだかんだで自分も転生者だと思われてしまっているが、ここで訂正できるだろうか。 「あの、俺、転生じゃ」 「ステータス画面もなしかよ。透の担当の神様、不親切だなあ」  訂正、できなかった。  同じ境遇だと思われているのを訂正するのは結構勇気が要るもので、一度挫かれるとなかなか言い出せない。 「じゃあ、神様からは何か聞いてる? 能力のことは分かってるっぽいから……転生ゲームのことは?」 「転生ゲーム……?」  透が何も知らない様子なのを察して、勝宏のポテトを食べる手が止まった。 「はあ? ルールも教えないで異世界に放り出すなんて、透のとこ意地悪すぎだろ!」  急に彼が声を荒らげる。自分が怒鳴られたような気がして反射的に身体が硬直した。  勝宏が神妙な顔をして、危ない目に遭う前に俺が接触できてよかったよ、と肩を叩いてくる。ああ、服に、フライドポテトの塩……。 「透、分かるぶんだけ状況教えるから、これから転生者には気をつけろよ」 「気をつけるって」 「うん。俺が神様に聞いた限りでは、今、神様の間で転生ゲームが流行ってるみたいなんだ――」  勝宏の話を統合すると、この世界の転生者たちは次のような状況らしい。  【1】神様によって選ばれた人間、主にこの手のサブカルファンタジックな話に強い日本人が殺され、この世界に連れて来られている。  【2】転生時、「チートスキル」と言われる特殊能力をひとつもらえる。能力以外に、ステータスの伸びを良くする成長補正などのオマケがつけられていることが多い。  その上で、特殊能力での「争奪戦」や能力の「ポイント購入」の要素がある。  【3】「ポイント」を集めると、ステータス・メニュー画面のショップ欄からチートスキル――特殊能力を追加購入できる。  【4】ポイント集めの方法は大きく分けて二通り。一つ目は、転生者向けに不定期に開催されるイベントクエストをこなすことで得るクリア報酬。二つ目は、一定条件を満たした状態で敵を倒すことで得るドロップ報酬。 「イベントクエストはいまんとこ俺がこっちに来てからは開催されてないからよく分かんないんだけどさ、ドロップ報酬の方がヤバいんだよな」  聞いただけだと、まるでサバイバルゲームのようである。小さい頃バトロワ流行ったなあ、あれよりは平和だと思うけど……。 「敵を倒す、って説明受けるけど、実際は敗北側は光になって消滅するんだ。手加減したって治療したって負ければ絶対死ぬ。ていうか、その光が勝者のポイントに変換されてんの」 「……いやなルールだね」 「転生者を倒した方がポイントが多いけど、この世界のギルド資格がどうも一般人のゲーム参加資格にも繋がってるらしくて、普通の冒険者なんかも一人1ポイントで換算できるんだって」  訂正、あんまり平和的じゃなかった。  それはつまり、無差別にポイントを稼ごうとした転生者によって街を丸ごと破壊されたりする可能性だってあるってことだ。 「まあ、この世界の人間はゲームのことなんて知らないし、ルールを最初から知ってるのは転生者だけだけど……俺の能力はそんなに悪くないから、無関係の人巻き込むくらいなら自分の能力だけで戦って、生き残ってやろうって思ってる」 「そっか」  一般市民や元同郷の仲間を殺したくなければ戦いに出なければ良いが、その場合対抗手段が最初に貰った能力のみとなる。  関わりたくなくともポイントを求めてあちらからやってきてしまうわけだ。  身を守るためには最低限の戦力が必要で、他の転生者のスキルがどんなものなのか分からない以上、できる限り「最強」に近付いておかなければ自分が殺される、と。  ……あれ、ということは。 「あの、さっきのドラゴン……」 「ん、どした?」  ハンバーガーセットを食べ終わった勝宏が、包装を紙袋にまとめながら話を促してくれた。  こちらからの質問を受ける態勢になってくれているおかげで、いくらか話しやすい雰囲気である。 「話、聞いてる限りでは、俺、犯人――テイマースキル持ちの転生者、の可能性だってあった、よね。……どうして助けてくれたの?」 「なんだ、そんなこと? だって俺、ヒーローだもん。ていうか、人助けに理屈なんていらないよ」 「ヒーロー……」 「ま、全部既存のヒーローの借り物なんだけどねー」  開始年齢やステータス補正などのオマケはともかく、もらえる特殊能力は自分で選べるものじゃないと聞いた。  たまたまヒーローになれる能力だったに過ぎないのに、勝宏の思考は完全に正義の味方のそれだ。 「……かっこいいなあ」 「えっ、俺、かっこいい? イエーイ!」 「ふふっ。ほっぺた、ケチャップついてる」  そういえば、彼がここに来た経緯も小学生の女の子を庇って、だった。  知り合ったばかりでもすぐに分かる調子乗りな性格と同じ、このお人好しっぷりも生来のものなんだろう。なるべくして、かもしれない。  口の周りをべろべろ舐め始める彼に、ウエットティッシュをもう一枚渡した。

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