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幕間 【転生腐女子、異世界でもネサフする~攻撃は最大の防御~】 (1)
彼女、浦川詩絵里は、大学講師として働く腐女子である。今年35才になる。
なぜかオタクのメディア露出が増えたこの現代、腐女子について一度も見聞きしたことのない日本人は少ないことだろう。
腐女子を知らなくとも、「コミケ」というオタクのお祭りは知っている、という人もいるかもしれない。
彼女はいわゆる、そういうものにボーイズラブの書き手として参加する系統の人種であった。
今年もまた、いつものように学会用の論文をギリギリセーフで終わらせて。
カレンダーを確認、夏の祭典の印刷所締切まであと五日。有休取得は抜かりない。
五日あれば、A5サイズ52ページ二段組の小説本なら書き上げられる!
そのままぶっ続けで、パソコンに向かい続ける。
現段階で何徹目だったかはもう忘れた。
思い出せば急に疲れが出てお布団の誘惑に抗えなくなるに決まっているからだ。
これまた栄養剤と一緒に何本流し込んだか知れないレッドなブルさんをぐいっと呷る。
修羅場、そう、修羅場だ。
なんでもっと早くから手つけておかないの、といつもよゆう入稿な友人は、ギリギリスの詩絵里をよく心配してくれる。
――なんか尻に火がつかないと書けないっていうか。
むしろこのギリギリスのデッドヒート感が脳汁出るっていうか。
麻薬的な魅力があるっていうか。
以前そんな言い訳をしたら、ドマゾだ、とドン引きされたことがあった。
そういえば、ここ数日まともな固形物を食していない。
積極的に自分をいじめたいわけではないのだけれど。
今回も寝落ちしたらL○NEのスタ連で起こしてもらえるよう頼んでおいたので、目覚ましも完璧だ。
プロットなどとうに頭の中だ。ページ数配分も問題ない。
あとは脊髄反射で書くべし、書くべし。
ひたすらキーボードをリズミカルに叩き続ける指に何もかもを任せ、PDF化。
表紙は三週間くらい前に、友人に描いてもらった。
タイトル・サークル名・R18表記・ジャンル名・CP名、すべてフォトショで文字入れ済み。
ZIPで圧縮、FTP入稿!
「終わっ……た……」
眠気が、ピークだ。
あれ、今締め切り当日の、朝9時。
論文終わらせてから、もう五日経ってるのか。
待って、私いつ、飲み食いしたっけ。
朦朧とする意識の中で、どうにか入稿・ネットバンクでの支払いを終える。
そして、詩絵里はゆっくりと、仰向けに倒れていった。
……とても、とてもよく寝た。
そよそよと髪を揺らす風が心地良い。
風? 部屋の窓、開けてたっけ。
いや、パソコンを置いている部屋は書斎。日が当たるとだめになる資料も多いから、窓なんてない、はず――。
「ほあっ!?」
跳ね起きる。視界いっぱいには緑豊かな自然、悪く言えばど田舎の景色。
自分の声よりもずっと幼く高い声が喉から飛び出てきた。
腐女子、修羅場から目が覚めたら、なぜか小高い丘の大樹の下で昼寝していたでござる。
などとくだらないサブタイトルを脳内でコールしつつ、三歳児くらいに縮んでしまった自分の手を見た。
「あ、あー……ああー……」
そして、彼女は全てを思い出した。
倒れたあと、君は過労で死んだんだよと神様に言われ、チート能力を受け取って転生したこと。
この記憶は転生先の肉体年齢で三歳になるタイミングで思い出す、と言われたこと。
転生時の希望をすべて叶えてもらおうとしたら、「奴隷身分での転生ならポイントは200になるから、それでいいなら叶えられるよ」と言われ、了承したこと……。
慌てて、状況を確認する。
ステータス画面は念じればすぐに出てきた。
……確かに、200ポイント分の転生特典がある。
だが、詩絵里――この世界での名前は、シエラ――の記憶によると、自分は現在、普通の農民。
奴隷身分ではないのだ。
となると、このあとなんらかの事件が起こって奴隷身分になる運命ということか。
奴隷転生というのだから、最初から奴隷身分の人間のもとに子供として生まれるのだろうと思っていたが。
まさか途中から奴隷になるパターンだとは。
それならば、今からでも奴隷落ちに備えて準備をしておかねば。
せっかく神様がオマケして「奴隷じゃない時期」を用意してくれたのだ、対策を練っておくべきだろう。
転生時の希望に答えてもらった諸々を使って腐女子面の欲求を満たしたい気持ちは、一旦押さえ込む。
まずは、ステータスメニュー画面のスペックの確認。
奴隷化の条件を受け入れてでも欲したのが、このオプションである。
条件付のインターネットオプション――160pt。
・ ステータス画面にて限定的にインターネットの閲覧が可能。
・ ただし、閲覧できるのは「f○2」「忍○ツールズ」「フォ○ストページ」など、腐女子御用達の創作サイト向けレンタルサーバーで運営されている『個人管理のホームページ』のみ。
・ 企業サイトやw○kiなどの比較的信用性の高い情報系ははすべてロックされる。
・ 某支部などのSNSは閲覧可能だが、公式マークの付いた発信者の投稿は閲覧不可。
……完全に、腐女子趣味を異世界でも楽しみたいがためにお願いしたオプションである。
これで「ツ○ッターが見たいだけです」と超限定的なお願いをしていれば、ポイントは100未満で済んだのだろうが――同人誌がないこの世界。
せめてサイトめぐりだけでもできなければ、記憶を持っての転生など死んでしまう、と思ったのだ。
残りのポイントで通常スキルを三つ選び、それから、神に希望した通りなら、端数で病原体などへの耐性を得た、はずである。
次に、スキル。
スーパースキル<解析>。
この世界に存在するあらゆるものごとを解析できる。
解析結果はステータス画面にてログの保存が可能。
試しに<解析>を<解析>してみたところ、スキルの詳しい構成がテキストログとしてステータス画面に流れてきた。
魔法を解析してログとして吐き出された情報は、その通りになぞると再現が可能という記述を見つける。
……これは、結構なチートなのでは。
魔法をぶつけられる瞬間に解析できても、解除するために時間がかかってしまうなら結局負けてしまいそうだが。
通常スキルは「MP補正」「攻撃補正」「攻撃特化」。
補正系は、ステータスに+1000。
HP・MPなら、+5000。
特化系スキルは、ステータスの成長の仕方が一点に偏るスキルである。
そして肝心のステータス数値。
シエラ(3)
Lv:1
HP:20
MP:5010
攻:1422
防:4
速:5
MPと攻撃の数値がおかしい。一応この体、三歳児なんだけど。
完全に火力型である。
魔法攻撃力はそのまま攻撃力依存だって聞いたけど、よもや素手も強いんだろうか。
その辺の小石を拾い上げる。
握り締める。
砕けた。
……ああ。やっぱり三歳児が手にしてはいけない力だこれ。
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