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アラフォー砲台火力様(2)

「でも、奴隷制度をやめさせようってわけじゃないんだね」 「ん。奴隷の労働力でぎりぎり成り立ってる店とか、あるのは知ってるから」  本当に考えなしに自分の意見を押し通そうとするなら、手にしたチートスキルを使ってどうとでもごり押せるのが転生者だ。  不満ながら踏みとどまってはいるのだろう。 「買った人が解放する分には問題ないんだ。だったら俺もそうしようって最初は思ったんだけど、奴隷のままの方が幸せって人もいるみたいだから、さ」  あ、納得はしてないぞ。勝宏が子供のように付け足した。  奴隷を買った側には最低限の食事を与える義務のようなものがあるらしく、自由と今日の腹を満たすことを天秤にかけて後者を選ぶ者は少なくないだろうということらしい。 「解放されて食うに困るよりこのままがいいってやつもいるし、マーカーがある以上、今の俺がへたに奴隷制度だけやめさせたって不幸が増えるだけだもん」  金にものを言わせて全員買い上げて解放することはできても、勝宏一人では元奴隷たちの働き口を用意してやることができないのだ。  働き口を用意すること自体はそう難しい話ではない。  商会でも立ち上げてしまえばいいのだ。  仕入れスキルを持っている転生者もいるようだし、透が日本から商品を仕入れて勝宏が売ってもそう目立つものでもないだろう。  それらを元奴隷たちに任せればいいだけの話である。  だが、この世界の需要――買い手の数には限りがある。  たとえば塩を売るにしても、日本品質の塩を売れば、この世界で塩の取扱いを生業にしている者から一定の顧客を奪うことになってしまう。  輸送や近隣での需要の問題もあるから顧客を根こそぎ横取りすることにはならないだろうが、それでも売り上げが落ち、従業員への賃金支払いが滞ったり、人件費を減らそうとして重労働を強いたりする結果に繋がりかねない。  専門でない透が考えただけでもこれだけの懸念事項が見つかるのだ。  実際の問題はもっと複雑なはずだ。  勝宏がそこまで考えているかどうかは分からないが、マネジメントに詳しくない自分達が容易に手出ししていい話でないのは確かだ。 『透、奴らのうち一人がこの場を離れたみてえだぜ』  思考を遮って、ウィルが声を掛けてくる。 (報告か何かかな) 『だろうな。まともな装備してる連中は皆こっちに残ってる』  予想はできていたことだが、誘拐犯たちには黒幕がいる。  前回連れて行かれたあの地下牢が黒幕の潜伏するアジトなのかどうか分からないが、勝宏が対峙して勝てない相手ではないように思う。  問題は、転移の対象外である勝宏をどうやって黒幕のもとまで連れていくか。  それから、そもそも彼を巻き込んでいいのか、という懸念か。  沈黙したその場に、突如けたたましい鐘の音が響いた。  時代劇の火事や災害のシーンなどで打ち鳴らされるものと似ている。  大通りを歩いていた住民たちは足早に自宅へ戻っていく。 「何かあったのかな?」 「あ、多分あれだ」 「あれ?」 「だ、だんぴー……」 「ダンピール? ハーフヴァンパイア、みたいな?」  強い魔物が現れたとかそういう警告だろうか。 「いや、えーと、すだん……」 「スタンピード? 動物や人間の大群が押し寄せてくること?」 「そうそれ! 魔物がいっぱい出てくる」  勝宏の話をまとめると、この町の近くにあるダンジョンでは定期的に魔物が溢れて町にやってきてしまうことがあるのだそうだ。  やってくる魔物はあぶれるような弱い魔物ばかりで、冒険者として討伐依頼をこなしたことのある人間なら負けることはない程度。  町の住民にとっては珍しいことではないようで、沖縄在住の人たちが台風の日に「ああまたか」と思うような感覚らしい。  住民たちはそれぞれ自宅の地下を掘って、魔物の襲撃の際はそこでことが終わるのを待つのだそうだ。  門の外へ向かう冒険者たちの後について、襲撃の様子を伺う。門が大きな音を鳴らしている。  高所から確認した者によると、魔物の数はおおよそ800。  外から大型の魔物が一匹、門をこじ開けようとしているとのことだ。 「強いのはそいつだけか。湧くのは透にも余裕で倒せるやつばっかりのはずだし」 「じゃあ、俺も参戦した方が」 「いや、魔物はそんなに強くないけど、この数じゃ透はキツいと思う。宿にもシェルターがあるはずだから、透、避難してて」  ごもっともです。  せめて住民の避難誘導ができれば力になれるのだろうが、ろくに声を張り上げることすらできない透ではまず役に立たない。  いや皆さん自主的に避難されていらっしゃる。  勝宏の言葉に従って、戦闘準備を始めている冒険者たちが集まる門前広場をあとにする。 『おい透、あいつらのこと忘れてないだろうな?』 「え?」 『あっ、透、気をつけろ!』  勝宏から離れたとたん聞こえてきたウィルの忠告に、ふと立ち止まり――背後から薬品をかがされた。  目が覚めると、透は前回の誘拐事件の際と同じ地下牢に、縛られた状態で放り込まれていた。 『おー、起きたか透。状況説明必要か?』 (……ううん、だいたい分かる)  人ごみにまぎれて近付いてきた誘拐犯の一人に気付かなかった。  薬をかがされて気を失った。  あとは昨晩と同じ流れ。で間違いないだろう、これは。 『一応、奴隷契約印とか面倒なもん仕込まれねえか見張っといたが、そういうのは今んとこないな』 (ありがと……) 『報告か何かで離れたってやつが実行犯だったな。この町のスタンピードはあいつが知ってるくらいだ、有名なんだろ。それに合わせて別の場所で身を潜めてたってところか』  捕まったところでいつでも脱出できるから、と問題を先送りにして油断していたのは間違いない。  短距離転移で縄抜けしつつ、どうしたものかと頭を捻る。  前回は眠気に負けてすぐに帰ってしまったが、今回は誘拐犯たちのことを少し調べてから脱出したいところだ。  どのみち勝宏がスタンピードの対応に追われている間、透にできることは何もないのである。  思考を巡らせていると、地下牢の端から扉の開く音がした。  それから、小さな足音が聞こえてくる。 「ほらやっぱり日本人じゃん。どこがジュエリット族なんだか」  そう言って透のいる牢の前に姿を見せたのは、勝宏と同い年くらいの少女だった。  ぼろ布をまとっただけの少女の二の腕からは、奴隷商で見た――奴隷契約印らしきものの一片が覗いている。 「こんにちは。君、うちの連中に何も酷いことされてない?」 「あ、はい。えっと、どうも……」  うちの連中。日本人。  少女の言葉に目を白黒させながら挨拶を返す透に、彼女も微笑を返した。 「ちょっとお話聞いてくれる?」 「う、うん」 「私は悪徳商人に囚われた可哀想な美少女奴隷よ。君が逃走すると殺されちゃうらしいの」 「えっ!?」 「という話を聞かせて脱獄させにくくするようにっていうのがその商人の命令です。なんだか、聞くところによると君はすごく珍しい種族らしくて、君を捕らえて、私を君のお嫁さんにして、生まれた子を売りさばくつもりらしいわ」  珍しい種族っていうかただの日本人なんだけど、現地人は分かんないんだよねそういうとこ、と少女が話を続ける。 「現地、人」 「あら、ごめんなさい。私は浦川詩絵里。シエラって名前の少女に転生した、日本の元大学講師よ。君は?」 「と、透です……日本、からきました」

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