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アラフォー砲台火力様(3)
まさか、三人目――名前を聞き及んだだけのクルスを入れると四人目――の転生者とこういった形で会うことになるとは。
何気ない顔で、詩絵里が握手を求めてくる。
「同郷ね。よろしく」
「……えっと、あの、さっき聞いた、みたいな……計画、しゃべって大丈夫? です、か? 奴隷契約印とか……」
彼女の腕にあるのは、奴隷契約印で間違いない。
そしてそれは、契約印を施した呪術者によっては勝手なことが話せないようにもなると勝宏に説明されたばかりだ。
詩絵里も、他の転生者たちと同じく何らかのスキルをもらってここにいるはず。
ひょっとしてそのスキルが、奴隷契約印にあらがえるような効果のものなのだろうか。
「奴隷契約印って、構成は全部呪術ベースなのよ。MPじゃなくて、気とかオーラとかそんなものに依存してるの。引っぺがすのも簡単……とまでは言わないけど、構造さえ紐解ければひと筆分のラインを消すくらい一週間もありゃできるわ」
「はあ」
あ、しまった。この世界についての知識のない自分には分からないやつだこれ。
専門職出の人間には自分の研究内容を話したがる傾向のものが多いと聞いたことがあるが、詩絵里はそのタイプだったのかもしれない。
初対面の時よりも声のトーンがだいぶ上がって、若干早口になっている。
「まずは魔封じを司る印を消すでしょ。その段階では完全に自力だからもうきついのなんの。二ヶ月で消してやったけどね。んで、次に自力で主印を壊そうとした場合に発動するトラップのたぐいを無効化していってね。魔法さえ使えればあとの印の消去は効率化できる。次に私は、主人に不利益となることを話さない、その制約を司る印を消したわ」
わざわざ同じ呪術で効力を発揮しない見せかけの印まで書いたのよ。彼女が胸を張る。
見た目の若さながらミステリアスで大人の女性っぽく感じた詩絵里の印象が、ここまでの弾丸トークで一気に崩壊した。
元はおいくつだったんだろうか。透よりも少し年上に思える。
女性に歳を訊く行為が最大の禁忌であることは透も知っているので、口にはしないが。
「私、待ってたのよ。男の奴隷仲間ができるのを。仲間ができれば、一緒に逃げる計画が立てられるもの」
そこまで話して、彼女の弾丸トークがなりを潜める。
ようやく透でも口を挟める隙が出来た。
「あ……、うん、その、ことなんですけど」
「なに?」
「俺、一人だったら、転移魔法……? が使えるんです」
その一言に、詩絵里の目が据わった。
この顔、何かに似てる。何かに……あっ、チベットスナギツネ。
「透くんのスキルは転移か……どうりで、前回もあっさり脱走してたのね……私がここまで地道に下準備していた脱走の計画を、有用スキル保持者は一瞬で飛び越えていく……これが、本当のチート……」
ああ、なんだか、ものすごく申し訳ない。
「し、詩絵里さんも、何かスキルを持っているんですよね? それでどうにかならないんですか?」
「私のは、なんていうか……魔法知識とか、そういうのを完璧に補助してくれるタイプのスキルなの。実戦でそのまま力を発揮してくれるようなものじゃあない」
「す、すみません……」
「まあ、それのおかげで契約印の解除も安全にできたんだけどね。ステータスのスペックが完全に後衛型だから、一人で追っ手を撒きながら力業で脱走ってのはちょっとリスクが高すぎたのよ」
でも、そうなると君にはメリットがないわね。と、彼女がひとりごちる。
しばし考える仕草を見せて、詩絵里が目を合わせてきた。
「ものは相談なんだけど、脱走までの間だけでも前衛担ってくれたりしない?」
アイテムボックスに蓄えがあるから、もちろん報酬は弾むわ。
転生者ゲームを勝手に始めて君を背後から刺したりはしない。
不安なら一時的に新たな契約印を結んでも良いし。
真面目な表情で交渉を始めた詩絵里に、透は気まずく視線を落とした。
「ご、ごめんなさい……俺も、どっちかというと後衛寄りです」
「うあああああマジかああああああ!」
大人の女の人もこういう喋り方するんだなあ。
「あ、あの、でも俺、の知り合いが、ヒーロー? やってて。このこと話したら、きっと助けに来てくれるから」
「……つまり、君はこう言いたいのね。まず自分が逃げる、すぐ仲間にこのアジトの場所を伝えて助けに来る、だから待っててくれ……と?」
「だ、だいたい……そんなかんじ、です」
詩絵里の表現だといかにも透が物語の主人公にでもなったかのようだが、内容としてはおおむね間違ってはいない。
「ちなみに、その「ヒーロー」ってなによ?」
「えっと……すごくかっこいい人、です」
日曜日の朝にバイクにでも乗ってそうなヒーローです、と言ったところで冗談だと断じられることだろう。
無難に人柄だけ話すと、詩絵里が妙な顔をした。
「ほほーん、かっこいい……」
ほほーんって。つくづく面白い喋り方をする人だ。
ひょっとして透の言葉が足りなかったせいで、イケメン俳優みたいなものをイメージしているんだろうか。
「あ、見た目がってわけじゃ……いや顔も良いとは思うけど……えっとよく口の周りにソースつけてるっていうか……」
「違う違う、イケメン見たさに言ってるんじゃなくて。その「あなたにはかっこよく見えてるお仲間くん」のこと、もっと知りたいなあーと思ってね?」
「そうなんですね。……えっと、待ってて、くれます?」
「ええ、待ってるわ、王子様方」
ウィルによる転移で透が町に戻る頃には、スタンピードは完全に鎮圧されていた。
勝宏には宿で待てと言われていたが、不可抗力で町を離れることになってしまっていた。
行き違いで会えなかったらどうしようかと思ったが、運よく勝宏を宿の前で見つけることができた。
安堵の表情で、勝宏が駆け寄ってくる。
「透! 宿にいなかったからどうしたかと思ったけど、無事でよかった」
「心配かけて、ごめんね。あの、ちょっと、聞いてほしい、ことが」
そういえば、詩絵里のことどころか、昨晩から続く誘拐事件のことも何一つ彼には話していないのだ。
結局また勝宏の力を借りることになってしまった、不甲斐無さに気分が沈む。
「うん?」
「助けてほしい、人がいるんだ」
第三者を連れての転移は不可能。
乗り込むなら、ウィルに案内を頼みながら自力でアジトまで向かうことになるだろう。
勝宏にこれまでの経緯と詩絵里のことを話すと、彼は「すぐに助けに行こう」と頷いてくれた。
詩絵里の口ぶりでは「君が逃走すると殺されちゃうらしいの」……というのが本当なのかはったりなのか分からなかった。
はったりならばそれでよし、だ。ここで油断して彼女を助けられない方が後味が悪い。
宿はそのままだ。
身軽な状態で町を出たあたりで、勝宏が何もない場所から場違いなものを生成した。
アイテムボックスに入ってた……わけでは、ないよね。
「透、ほら、後ろ乗って」
「え……なにこれ」
「バイク」
それは、見れば分かりますが。
こんな、日曜日の朝のヒーローが乗りこなしているようなごってごての装飾がつけられたバイクなんて、どこから――。
「あ、スキル?」
「そうそう。これは種類によっては変身しなくても出せるからさ。レベル上げしながらのんびり二人旅だったら徒歩がいいけど、とらわれのヒロインを助けに行かなきゃいけないならこっちの方がいいだろ?」
「燃料とか、大丈夫?」
「MPが燃料だから平気」
放り投げられたメットをもたつきながらも被って、勝宏の後ろに同乗させてもらう。
「ちゃんとつかまってないと、カーブとか危ないぞ」
「は、はい」
言われるままそうっと背中にしがみつく。
エンジン音を響かせて、ごてごてのバイクが街道を走り出した。
「なんか得した気分だな」
「えっ?」
「なんでもなーい!」
風の中で肩越しに届いた勝宏の声は、なんだか少し楽しげに聞こえた。
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