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アラフォー砲台火力様(4)
ウィルに案内してもらいながら到着したのは、そこからさらに隣町の商館だった。
勝宏がいうには、ここの商人はもともとこの国、レシーンズの者ではなく、隣国リコートからやってきているのだそうだ。
彼が顔をしかめたのでまた奴隷商人かと思ったが、そうではないらしい。
しかし、最近はあまり評判がよろしくないとのことである。
町のそばにバイクで乗りつけて、まず透が転移で一度商館内に潜入した。
詩絵里の無事を確認するためだ。
彼女と合流できれば、抜け道などを詩絵里に訊ね、一旦勝宏のもとに戻って彼を連れて抜け道から侵入する……と考えたのだが。
『ここがさっきの地下牢だが、まあいねえか』
(どうしよう。俺が勝手に出て行ったせいで、大変なことになってないといいけど……)
もといた場所に、詩絵里の姿はなかった。
一度ここを出てから戻ってくるまで、一時間ほどかかっている。
後衛で防御力に乏しく、さらにどこまで解除できているのか分からない奴隷契約印。
一時間もあれば、彼女を手にかけることなどたやすいだろう。
『探してみるしかねえな。何箇所か飛んでみようぜ』
(うん)
ウィルの探知では、地下には彼女は居ないようだった。
それから人気のないところを選んで各階に飛び、それぞれ探してもらう。
一階、二階、三階と確認するも、詩絵里は見当たらない。
いよいよ最悪の事態を考え始めた透の思考を遮るように、ウィルが呟く。
『あとは屋根裏か?』
(屋根裏? 入れるの?)
『物置きっぽいけどな。人間くらいは余裕で入りそうだぜ』
探し回って館内に見つからないのなら、もうそこに賭けるしかない。
ウィルの言葉に頷いて、一緒に屋根裏へ向かう。
天井が低く埃っぽい屋根裏部屋には、何年も前から置きっぱなしにされているのだろう壊れた椅子や中身のない木箱があった。
『ああ、いたぜ』
(え? どこ?)
『木箱の陰に女の気配がする。あいつだろ』
おそるおそる、ウィルの言うように木箱へ近付く。
そこには、膝を抱え宙に向かって指を動かす詩絵里の姿があった。
綺麗な横顔はなんだか楽しげに笑っている。
「し、詩絵里さん……?」
「あ、ああああら透くんー! へへへ、いやこれはね、ええとね、私の唯一の楽しみっていうか生きる糧っていうか」
「ステータス画面、見ていたんですか?」
「……だあー、そうじゃん画面は他人に見えない仕様じゃん」
こほん、と咳払いをして、詩絵里がその場に立ち上がった。
女性ゆえ背が低い彼女は、身を屈めなくとも天井に頭をぶつけることはない。
「ごめんね、分かりづらかったでしょ、こんなところ」
「えっと、ここに閉じ込められていたんじゃ……?」
「自分で隠れたの。一緒に逃げ出したってことにしておいた方が、推定脱走時期がずらせて都合が良いかなと思って」
「そうでしたか。無事でよかった」
彼女に何かあったら、自分だけ逃げたことをいつまでも後悔しているところだった。
「相棒くんは連れてきてくれた?」
「はい。この商館の近くで、待機してもらっています」
「オッケー、ありがと。……さてと、透くん、風の魔法は使える?」
「ごめんなさい……」
脱出にあたって、風の魔法が必要になってくるのだろうか。
透ひとりなら転移でどうとでもなるが、彼女に必要となってくると問題だ。
風の魔法、勝宏は使えるだろうか。
視線を落とした透に、詩絵里はひらひらと手を振った。
「いいのいいの、着地できれば問題ないんだから。短距離で転移みたいなことできる?」
「え、あ、はい。……着地?」
「ここから裏庭に向かって飛び降りるのよ」
不穏な言葉に聞き返すと、詩絵里は当然のように屋根裏部屋の天窓を差した。
木箱が階段状に積み上げられ、天窓に身を乗り出せる高さになっている。
木箱が重ねられているのは、おそらく彼女の仕業だろう。
……え、飛び降りるのこれ。
ここ、三階建ての建物の屋根裏なんですが。
実質四階の高さですが。
「大丈夫、なんですか」
「気合でどうにかなるなる」
あ、アグレッシブだ。どうやら彼女、根性で生きるタイプの人らしい。
勝宏と気が合いそうである。
でもねえ、と彼女が続ける。
「飛び降りたあとはいいんだけど、あの柵を乗り越えた段階で魔法道具の警報が鳴るの。そこから追っ手をどうにかしないといけないのよね」
「あの……じゃあ、俺先に、柵の近くまで勝宏を誘導してきたほうが、いいですか?」
「お仲間くん、勝宏っていうのね。それもいいんだけど、透くんと私で後衛二人に対して勝宏くん? 前衛ひとりだけでしょ。追っ手の数によっては危ないかも」
「そう……ですね」
ここまでほぼ連絡係の透だが、ここにきて戦力外通告である。
「柵を越えて勝宏くんと合流できたら、その段階で透くんだけ安全圏に転移してもらった方がいいかも。それこそ、隣町とかね。そういうことできる?」
「でき……ます……けど」
安全圏という点では、日本にでも帰っていればいいだけの話だ。
しかし、自分だけのうのうと安全圏にいるというのも、ちょっと心苦しい。
「大丈夫、詠唱中さえ守ってくれれば、最悪商館を吹き飛ばすことだってできるんだから。勝宏くんを尻尾切りに使ったりはしないわ」
「ふ、吹き、飛ばす……?」
「できるわよ? 大きな魔力の流れができるから隠れてても一発でバレちゃうけど、安全さえ確保されれば一応ね。まあこの商館には雇われただけの従業員やハウスキーパーだっているし、できればやりたくないかな」
状況が状況だっただけに、詩絵里のことを囚われのお姫様みたいに考えていた。
……から、忘れていた。
彼女もれっきとした転生者。
神様とやらから特殊な能力と高ステータス補正を授かった人間なのだ。
言葉をなくした透に、詩絵里が笑って話題を変えてきた。
「ところで透くん、今いくつ?」
「あ、……は、二十歳です」
「オウッフ……ま、勝宏くんは?」
「18だって言っていました」
「いやわっ、か……!」
「詩絵里さんは……あっ、すみません、聞かない方がいいのかな」
「やめて、気を使われてる感じがかえっていたたまれないから」
この話題は失敗だった。
遠い目をしてたそがれた詩絵里が、げんなりと肩を落とす。
「話、合うかしら……」
ぼそり、呟かれた独り言に続いて、ジェネレーションギャップ、と聞こえてきたが、透には彼女が何を憂えているのかよく分からなかった。
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