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商売敵と恋敵(2)
哲司の言葉に狼狽えた自分がいる。
駆け落ち。その可能性は考えていなかった。
勝宏に限って、そんなこと。
もしそうだったとしても、透に一言いっていくくらいは。
ああ、でも。
そこまで思考を巡らせて、彼との関係性の曖昧さを思い知った。
その程度の付き合いでしかない、のは確かだ。
助けられた側と、助けた側。透は、詩絵里の立場となんら変わらない。
ウィルが確認に行ってくれているのだ。
もし彼らが無事で、戻る気がないだけならそのままここで旅を終えてもいい。
「……俺を置いていっただけなら、いいです。でも、何かあったなら……」
「助けたい、か。俺が協力しようか」
「へ?」
話を聞いていると、哲司のスキルはショップ系のようだった。
ステータス画面に通販サイトのようなものがあり、アイテムボックスに入れた金銭を入金ボタンでチャージすると日本商品が買えるらしい。
それゆえか戦闘に特化したステータスではなく、強い転生者からは隠れながら現代の高品質な品々を転売して金を稼いでいるのだという。
彼の当面の目標は魔法を覚えられるスクロールの全種類コンプリートで、金を稼いではスクロールを買ってできることを増やす日々なのだそうだ。
「ショップスキルを使うにはお金がかかるけど、地球の商品が取り寄せられるのは気に入ってるんだよ。さて、それじゃあドローンでも使って彼を探そうか」
「あ、……あの……」
「うん?」
「お、俺も、」
「うん、どうかした?」
おどおどと話を切り出す透に、哲司が優しく促してくれる。
「俺、転生者じゃ、なくて」
「へ? 顔も服も、どう見ても日本人だろ」
「日本人です、でも……転生じゃ、なくて」
「ひょっとして、死なずに転移してきた?」
察してくれた哲司の言葉に頷きを返す。
「神様の力じゃなくて、別の力で……だから、転生者ゲームにも参戦してなくて」
「スキルも何も貰ってない――ってこと?」
「はい。……でも、代わり」
と、そこでステータス画面を操作していた哲司がごめん、と遮ってくる。
「ドローン用意できたよ。探そうか」
「あ……す、すみません……お金は」
「いいよ、その様子じゃスキルなしってだけじゃなくて、アイテムボックスも持ってないんだろう? 苦労してるだろうから」
「……はい……あの、でも」
俺宝石が出せるので、との言葉は続けられなかった。
「代金はいいから。それよりさ、俺の話もしていい? ちょっと愚痴っぽいけど」
「お、俺でよければ……」
上空のドローンについたカメラ映像を確認しながら、哲司が隣で話し始める。
「俺、スキルがショップだって分かってから、異世界転生モノ定番の行動でとりあえず安全を確保しようとしたんだよ――」
哲司側の事情としてはこうだ。
手に入れたのが戦闘向けではないショップスキルだったので、銃やポリカーボネートシールドなど、現代兵器で身を守りつつ商人として転売で金を稼ぐことになった。
転生者に見つかるのを避けるため、人里離れた場所にショップスキルで小屋を建て、転移魔道具――貴重な代物で、国宝級のアーティファクトなのだそうだ――を設置して街と自宅を行き来する日々が続いていた。
そして、日本知識を駆使して周辺の村や町で連作障害や町おこしに手を貸しているうちに哲司の周りには思いを寄せてくれる女性が集まってくるようになった。
成り行きで人助けをしていると自宅に押し掛けてくる女性が増える。
狭い小屋はどんどん改築され広くなり、奴隷や盗賊にとらわれていた女性までもが増え続け、自宅は今や十五人の女が住むハーレム状態らしい。
ここまではよくある話だ。
だが、ここでひとつ重大な問題があった。
毎晩のように「私たちに手は出さないの?」と色っぽく迫られるが、どうしても――たたない、のだそうで。
「そ、それは……大変、ですね」
「理由は分かってるんだけど、主人公補正ならぬ転生者補正っていうのかな、なんか嫌になっちゃうよな」
理由。女性にそういった気が起こらない理由ってことだろうか。
分かっているなら改善のしようがありそうなものだが、日本の病院で治療が必要なたぐいの病気だと、日本商品が手に入るというだけではどうにもならないのかもしれない。
「君は一人?」
「いえ……あの、今探してる人、が」
勝宏が。勝宏が……いったい何なんだろう。
勝宏を友達だなんておこがましいし、仲間、と呼んでもいいのだろうか。
「ああいや……なんていえばいいんだろ。君と、その男は……付き合ってるの?」
「付き合う……?」
「恋愛関係にあるか、という話だ」
「えっ!? い、いえ、まさか……どころか俺、ずっと足手まといで……」
今も勝宏が詩絵里を守るために手が足りなくなるからという理由で留守番した結果、こうなってしまっているのだ。
だいいち、あんな真っ直ぐすぎる勝宏が男を、透をそういった対象にとらえるとはちょっと思えない。
苦笑していると、哲司が爆弾を投下してきた。
「俺さ……男じゃないと駄目なんだ」
「へ」
「ぶっちゃけると、透くんみたいな子がタイプ」
思考停止、である。
言われた言葉を飲み込むのに時間がかかる。
どうにか咀嚼したが、まさか自宅のハーレムに食指が動かないというのは、そういうことか。
「あ、あの、えっと」
人と関わらずに生きてきた透には、今の今まで、そういう目を向けられた経験がなかった。
たじろぐ透に、哲司が笑う。
「あはは、ごめんごめん。今すぐ取って食おうってつもりはないから安心してくれ」
「す、すみません……」
「普段はその男とは何してるんだ?」
「えっと……俺が、弱いから、守ってくれてます……俺は……料理くらいでしか返せてなくて」
「へえ、料理。いいな、透くんの作るご馳走食べてみたい」
「そんな大したものは……」
食べてみたい、と言われるのは、少し嬉しい。
カレーは作っているけれど、ウィルがいないと取りにも行けない。
ドローンを動かしてもらってはいるが、ウィルが戻ってくるのとどちらが早いだろう。
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