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商売敵と恋敵(3)
哲司と二人でカメラの小さな画面を覗き込みながら、勝宏と詩絵里を探した。
隣町方面を重点的に見ていたが、それらしき姿は見当たらない。
「いないね。場所移る?」
ドローンが問題なく飛べるのは1500m程度だという。
障害物のない場所でなら4000mとも言われているが、街中で操縦しているとどうしても飛行距離は短くなってしまう。
これで見つからないということは、隣町の方角に1500m先。
そこまでの地点には彼らはいないことになる。
ドローンの飛行にあわせて操作場所を変えればいいのだろうが、だからといって待ち合わせ場所のここを動くのも気が進まない。
「あ、それとも、別の方角探してみようか?」
「……はい」
言って、哲司が逆方向にドローンを飛行させ始める。
「ねえ透くん。もし二人がこのまま見つからないか、ほんとに駆け落ちでもしてたら……うちに来ない?」
「哲司さんのお家に、ですか」
「うん。絶対安全とは言えないけど、転生者にはまず見つからない立地だし、君を守るくらいはできる。実はね、うち戦闘機もあるんだよ。地下シェルターも作ってるし、自動生成しちゃったハーレムは隣に家建ててそこに移ってもらうこともできるから」
「でも……」
勝宏との旅が続けられなくなるなら、透にはこの世界に留まる理由などない。
ウィルと一緒に日本に戻って、これまでのように半引きこもりのような生活を送ることになるだろう。
「遠慮ならやめてくれよ。俺は、君のことが気になってるんだ。立派な下心から誘ってる」
親切にする理由は下心。
そうきっぱりと言ってしまうことで、透に遠慮させまいとしてくれているのが分かる。
だが、これまで二十年そこらの短い人生において、透は誰かに好かれたことなど一度もない。
友人などひとりもおらず、学生時代に思いを寄せられたことなどなく、ウィルにいたっては、透のポジションは熟成させている途中のワインのようなものだろう。
恋愛感情、肉欲が理由になるのだと言われても、実感が湧かないのだ。
「うーん、なんだろうな、放っておけないっていうか。今君と別れたら、俺、後悔する気がするんだよ」
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追っ手を撒いていたはずの勝宏と詩絵里は、つい先ほどまで町からかなり距離のある森の中へ飛ばされていた。
マップには「迷いの森ガトプラナ」と表示されていて、詩絵里の推測では、脱走経路に転移魔法のマジックアイテムが仕込まれていたのだと思われる。
「透、大丈夫かな……」
「さっきからそればっかりね、勝宏くん」
バイクを走らせながら、勝宏が何度目かの心配を口にする。
詩絵里としては、ステータスが偏りすぎて一般人以下のHPと防御力しかない自分がバイクから転落でもしたらメットをつけていようがいまいが確実に即死なので、運転に集中していただきたい。
「大丈夫よ、あの子も転生者なんでしょ?」
「そうだけど……ちょっと変わってるっていうか、武器が何も装備できないんだ。何度か一緒に戦闘してるのに、透だけレベルも上がってる感じしないし」
勝宏を宥めようとした詩絵里の方が、返ってきた言葉に面食らった。
転生者は皆チートか成長補正を持ってこの世界に送り込まれてきているのだと思っていたが、そうでもないらしい。
「え、じゃあ初期ステータスのままってこと?」
「……たぶん。それに、ステータスも全部低い気がする」
「それは心配ね。転移スキルがあったって、この世界どこにでも転生者が溢れてるもの」
詩絵里のステータスは、防御が紙になる代わりに攻撃が成長するようになっている。
何かの代わりに何かに秀でる、というなら分かるが、転移魔法を習得できるスキルははたして、戦闘関係がからっきしになることと釣り合うほどのチートといえるだろうか。
「日本に逃げてくれてればいいけど、待ち合わせ場所を隣町にしちゃったから――」
「え? 日本?」
「透の転移スキルは日本にも行けるんだよ」
勝宏の言葉に、詩絵里の思考が一瞬止まる。日本に行ける?
「は? ちょっ、それ聞いてないんですけど」
「脱出のごたごたで言うひまなかったんだろ」
確かにそれが本当なら、戦闘関係がからっきしになってもつりあうほどのスキルで間違いない。
どころか、戦う必要など一切ないだろう。以前と全く同じ生活をしていればいいのだ。
死亡時期の関係で以前と同じ生活ができないにしても、転移スキルが日本でも問題なく使えるならいくらでもやりようがあるだろう。
「日本に帰る方法があるならそっちが安全に決まってるじゃない。なんで旅なんかしてるのよあの子」
「そりゃ、他の転生者が同じスキルで追っかけてきたら危ないから、俺がそばにいた方がいいって――」
「いやいや、転生者の使う転移に世界間を渡るような力はないって。転移魔法の構造解析したことあるから分かるわ。自分の立ってる位置を中心に座標指定しなおすつくりになってるの」
「うん、わかんね」
早々に理解を放棄した勝宏に、なるべく分かりやすいたとえを用意してやる。
「一般人が携帯使って、電子メールを月どころか木星まで飛ばそうとするようなもんよ。普通圏外には行けないの」
メールが透くん、木星がこの異世界のことよ、分かるわね、と念押しすると、バイクを走らせながら勝宏が頷いた。
「てことは、透のはすごいんだな」
「……もういいわよそれで。透くんもさっさと日本に戻ればいいのに、なんでわざわざこっちに居るのかね」
「俺みたいに透も転移のことよく分かってないんじゃないか? 他の転生者もスキル次第では日本に行けると思ってんのかも」
「合流したら、そのへんちゃんと腹割って話しなさいね」
二人一緒にいながら、相手のことは何も分からないまま。
相手の事情を知らなくても信頼関係って成り立つものなのね。詩絵里はふと、ハンドルネームしか知らないネット上の友人のことを思い出した。
一方的に閲覧することはできるから、こちらに来てからずっとSNSを確認していたけれど、彼女のツイッターは少し前から更新されていない。
それでも彼女のことは友人だと思っている。そんなものなのだろう、彼らもきっと。
詩絵里との会話でいくらか焦燥の和らいだ勝宏が、話を変えてきた。
「そういや、あいつ誰だったんだろうな」
「さっきのイケメン?」
迷いの森に飛ばされた二人を森の外まで先導し、街の方角まで教えてくれた青年のことだ。
勝宏が移動手段を持っていることを知っていて、それを使ってさっさと帰れと言ってきた。
勝宏の後ろで詩絵里がバイクに跨ったところで、お礼を言おうと振り返ると青年の姿は既になかった。
「そうそう……ってイケメンか?」
「イケメンじゃない。あのふわふわ金髪が、染めたのか地毛かは分からないけど」
怪奇現象か、森の精霊さんか、みたいなことをひととおり妄想したが、結局答えは出なかった。
今の詩絵里には、あの青年に関する情報が足りないのだ。
「この世界で脱色とか染めるとか無理だろ」
「そうね。でもこの世界の人間じゃないわ」
でもって、転生者でもない。
少なくともあの短時間では、詩絵里のスキルでそれらしい証拠は見つけられなかった。
印象だけで言えば、どちらかというと、詩絵里たちを転生させた神々に抱いた印象に近いものを感じたが。
「……だな」
名前を尋ねたところ、男は逡巡ののち、答えた。
名乗るような名前はとっくになくなってしまったが、あいつからはこう呼ばれてる、と。
「ウィル、ね……」
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