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商売敵と恋敵(4)
『誰だそいつ?』
帰ってきたウィルの開口一番がそれだった。
開口、といっても彼の姿は見た目ちょっと大きなロウソクの火、口がどこなのか分からないが。
(哲司さん。ショップスキル持ちの転生者なんだって)
こちらの説明に一瞬警戒した気配のウィルだったが、すぐにその雰囲気は薄れて『ふーん』と返される。
何かあっても転移で逃げればいいと考えているのだろう。
(勝宏たちは?)
『おう、なんか随分離れた森の中にいたぜ。特に目立った怪我はなさそうだった。こっちに戻るつもりだったみたいだから、町の方角教えて誘導しといたが』
(そっか、ありがとう。無事ならいいんだ)
しかし、他人には姿の見えないはずのウィルがどうやって勝宏たちを誘導したのだろう。
石を投げるとか木の枝で地面にメッセージを書くとか、考えてみると怪奇現象である。
勝宏たちが驚いていなければいいが。
『こいつと何してたんだ?』
(あ、こっちの事情を話したら、哲司さん、勝宏たちを探すのを手伝ってくれて――)
そうだ。彼らの無事は確認できたのだから、これ以上哲司の手を煩わせる必要はない。
「あ、あの、哲司さん」
「うん?」
「もう、大丈夫です。探していただかなくて」
「え、いいの? どうした、急に」
唐突な捜索中断に哲司が面食らった様子を見せる。
言ってしまってから、彼を納得させられるだけの理由を考えていなかったことを後悔した。
まさか身内の悪魔、精霊……に様子を見に行ってもらっていたなんて打ち明けて信じてもらえるとは思えない。
この異世界、勝宏いわく精霊の存在が一般的でない世界である。
ウィルが他人に見えるならまだ希望はあっただろうが。
「え、ええと、その」
「……ひょっとして、俺のとこに来てくれる気になったか?」
空から降りてくるドローンの機体をアイテムボックスに収納しつつ、哲司がこちらを伺いみる。
そうだ、ウィルが帰ってきたことですっかり頭から抜け落ちていたが、勝宏が見つからなければ哲司のところに厄介になるという話をしている途中だったのだ。
「いえ、それは……」
結局その誘いは保留状態だが、自分の不用意な一言で蒸し返してしまった。
それも、言い訳のし辛い方向に。
「そいつとは別に、なんでもないんだろ?」
哲司が肩を抱いてくる。
その手がするりとおりてきて、腰を撫でた。
「んっ……あ、あの」
「あー、初っぱなから男が好きだなんて言ったのはまずかったかなー」
気のせいかな、今、言葉の途中で尻を揉まれたような。
身体を強ばらせていると、手は継続して不埒な動きを見せる。
「やめて、ください」
「透くんのことそういう目で見てるのは確かだけどね、うちに連れ込んだって俺もいきなり襲いかかったりはしないから」
「ご、ごめんなさい……」
ああ、じゃあ気のせいか。
哲司はここまで勝宏たちを一緒に探してくれた良い人だ。他意はないんだろう。
どうしよう、と内心途方に暮れているところ、尻のあたりを撫で回していた手が突然離れた。
「透に触るな」
振り返る。
そこにいたのは、すごい形相で哲司の手を掴んでいる勝宏と、何故か両手で顔面を覆っている詩絵里だった。
「勝宏、詩絵里さん。よかった、無事で……」
「それより透、こいつ何。なんで透にセクハラしてんの」
勝宏が哲司の手を離し、透との間に割り込んできた。
先ほどのウィル以上に警戒心むき出しである。
「で、でも、さっきのはたぶん、偶然当たってただけだから……」
「思いっきり触ってたじゃん。透も抵抗しないし」
不機嫌そうな勝宏と、痴漢扱いされたからか似たような表情で勝宏を睨みつける哲司に目を遣る。
何か誤解があるようだから状況を説明したいところだが、どう切り出せばいいか分からない。
取り持ってくれないかな、と意識した視界の端には、顔を押さえっぱなしの詩絵里が見える。
ここに来る途中でどこかにぶつけたんだろうか。助けは期待できそうにない。
哲司が先に口を開いた。
「何か用かな、少年」
「あ、あの、哲司さん、俺の探してた人が」
「ああ君か。待ち合わせに遅れて透くんを不安にさせてた男っていうのは」
いやに刺々しい。
半泣きになっていると、復活した詩絵里が会話に入ってきた。
「哲司? あら、元ご主人様の商売敵さんじゃない」
「商売敵?」
また地味に不穏なワードが追加されてしまった。
「元ご主人様――ザンドーズは、まあ悪党ではあるんだけど、商売に関してだけはわりかしまっとうにやってきたのよ。んでも所詮中世レベルの文明、現代日本商品を無限に輸入できちゃう転生者には敵わないわ。だいぶ顧客持ってかれて、焦ってたみたい」
だからジュエリット族がどうこうなんて話に飛び付いたのよね。
詩絵里が奴隷契約印のカムフラージュを解きながら、話を続ける。
「商売敵――ショップスキル持ちの転生商人さんが、どうして透くんと一緒なのかしら?」
転生者、と聞いた勝宏に、軽く体を押しのけられた。
詩絵里の方へ後退させられ、詩絵里にまで腕で庇われる。
実際弱いのは分かっているが、あからさまに女性にまで守られると自分が情けなくなってくる。
「詩絵里さん、哲司さんはその、詩絵里さんたちを一緒に探してくれてて」
「そうだったの。それはありがとう商売敵さん、わざわざ私たちを迷いの森ガトプラナまでトラップで飛ばしてくれて」
トラップ? 迷いの森?
二人が森にいたという話はウィルからも聞いていたが、まさか人間を遠くへ飛ばすトラップに遭遇していたとは思わなかった。
話からすると、それを仕掛けたのが哲司だということらしいが、何かの間違いじゃないだろうか。
「なるほど、お連れは両方転生者か」
大きく息を吐き出して、哲司が肩を竦めた。
「……哲司さん?」
「悪かった。彼女の言うことはほぼ事実なんだ」
否定してくれるものと思っていたのに、放り出された言葉は真逆の内容だった。
「一目惚れだったんだよ。君を町で見かけた時。一緒にいるそこの少年と笑い合っていた君に、どうしようもなく惹かれた」
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