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札束で殴るイベを無課金で突っ切る鬼のような所業(1)
勝宏たちのことも気になるが、今は目の前の敵をどうにかしなければ探しにも行けない。
屋根裏部屋から飛び降りる度胸の詩絵里なら落とし穴の中に入ることもできるかもしれないが、この蛇を放置したまま全員が穴の中に入ってしまえば袋の鼠だ。
蛇自身はあの巨体、落とし穴の中には侵入できそうにないが、あれはフロアボス。
ドラゴンのブレスのように特殊な攻撃手段を持っていておかしくない。
透が壁を作って穴を塞いだところで、中に通気孔や脱出路がなければジリ貧になる。
落とし穴の底に勝宏たちが無事着地できたことを信じて、まずは戦いを終わらせなければ。
(ウィル、回避任せていい?)
『頼まれなくてもやってやるよ』
(ありがとう)
ウィルに確認を取りながら、詩絵里の方を振り返る。
彼女に正確に伝わるように、出来る限り声を張り上げた。
「詩絵里さん! 扉の前まで戻ってください!」
「え? 透くん、何か作戦あるの?」
「大丈夫です。な、なんとかなると思います……!」
なんとかします、と言い切れないあたりが自分の実力不足なのだが。
詩絵里は透の言葉に頷いて、詩絵里がフロアの入り口まで戻ってくれた。
5層ごとに作られているボスフロアの形状は、上空から見るならば基本的に正方形のだだっ広い部屋だ。
フロアの入り口と出口の扉がある箇所だけ窪んでおり、真四角の間取りからはみ出すような形で凸状態になっている。
そして、ボス戦が始まったとフロアが認識すると、どちらかが倒れるまで入り口・出口ともに扉は開かなくなる。
だがそれは、逆に言えば上層・下層の魔物や他の転生者は、この戦闘中は絶対に進入してこない、ということだ。
この凸状態の部分に、詩絵里を避難させる。
その上で――。
「少し下がってください、防御壁作ります!」
フロアの壁と同じ材質になるように、詩絵里を避難させた扉部分に壁を出現させた。
これで、彼女を物理的に大蛇から隔離できたことになる。
「ちょっと!? 透くん!」
「俺は転移で回避できます。詩絵里さんはそこから動かないでください」
そして透が、ヒットアンドアウェイで削っていく。
地味な戦法だが、詠唱時間を稼げないまま詩絵里に攻撃が集中するより良い。
壁の向こうで、彼女の声に落ち着きが戻ってきた。
「そういうことね。分かったわ、ここから援護したげる」
大蛇の牙が、たった今まで透の居た場所で空を切る。
氷結のイメージで魔法を放つと、詩絵里を隔離した壁に突如魔方陣が浮かび上がった。
魔方陣が淡い緑色に光って、複数のかまいたちが大蛇を襲う。
転移で一緒に回避できない詩絵里を隔離することしか考えていなかったが、彼女は解析スキル持ち。
スキルを使って、壁越しに魔物を狙うこともできるのかもしれない。
ならば、作戦は変更だ。
ちまちまと相手を削るほかない透の魔法もどきよりも、詩絵里の強力な魔法をダメージソースと考えた方が早い。
こちらを獲物と捉えていたのだろう大蛇が、魔法を食らったことで目に見える位置にいる透を明確に敵と認識してきた。
ゲーム風に言うならば透は、「ヘイトを集めてタゲ取り役」というところか。
転移で逃げ回る透は、魔物からすればいきなり消えて別の場所に姿を現している。
隔離済みの詩絵里がいくら魔法を打ち込んでも、ヘイトは透に向けられることになる。
敵が刃物のように鋭く尖った尾を振りかざしてきた。
転移によって攻撃を逃れ、尾が床にめり込んだところを見計らって岩槍を生成する。
岩の槍を杭がわりに大蛇の巨体に打ちつけ、動きを制限する。
次いで、詩絵里の風魔法が再び飛んできた。
壁の向こうでこちらの様子がどれだけ分かっているのか、詩絵里は必ず透が大蛇に向けて魔法を放ったタイミングで攻撃魔法を打ち込んでくる。
同じ手筈で三発目を食らわせてから、詩絵里が声を上げた。
「次で首を落とすわ!」
「は、はい!」
大蛇が杭に穿たれた身を無理やり引き剥がして襲い掛かってくる前に、岩槍を複数追加する。
床に縫い付けられた大蛇の首を、詩絵里の風の魔法が切り落とした。
「やった……!」
扉のロックが解除される音がする。
詩絵里を隔離していた壁を還元して、彼女のもとに駆け寄った。
「ありがとうございます。おかげで、なんとかなりました」
「それはこっちの台詞。超安全圏からスナイパーごっこしてる気分だったわよ」
大蛇の頭の上にくっついていた女性の上半身のようなものは、胴と首が離れて以降急激にしわまみれになって老婆のような見た目へ変わっていった。
老婆、というかここまで乾燥しているともうミイラかもしれない。
長い髪をかき上げて、彼女が息をつく。
「それにしても――勝宏くんたちはこの中、よね」
「……はい」
詩絵里の視線の先には、戦闘直前に突如現れた謎の落とし穴がまだぽっかりと口を開けている。
「穴の中にトラップみたいなものはないようだし、下で二人とも串刺しになってる……なんてことはないはずだけど。見に行ってみる?」
「う、そう……ですね……」
岩槍でめった刺しにされたうえ首を切断された大蛇を横目に、串刺しというタイムリーな表現に青ざめる。
ここまでの道中、この謎の落とし穴以外の全ての罠を看破してきた詩絵里が言うならそれは間違いないだろう。
落下時の衝撃さえ二人が対処していれば、彼らは無事なはずだ。
もう一つ、気になることがあるんだけど。と、詩絵里が続ける。
「次の階層への扉。おかしくない? 20層目で終わりのはずなのに、なんで次に進む扉があるのかしら」
そういえば、彼女の言う通りだ。
戦闘中はそれどころではなかったが、あの扉があるということは、さらに下の階層があることになる。
「それに、あの先から、魔物の気配が全然しないのよね」
「魔物のいない階層、ですか」
「私のスキルの場合、隠蔽魔法は無意味だからホントに居ない階層だと思うんだけど……そんな階層作ってダンジョン管理者に何のメリットがあるのって話」
言われてみると不気味に思えてくる。
彼女の口ぶりでは、その先に続くのはダンジョン踏破達成後の宝物庫……というわけでもなさそうだ。
詩絵里が、それでね、と切り出した。
「提案なんだけど、透くん転移で落とし穴の底がどうなってるか見てきてくれない?」
「あ、はい、それは、もちろん」
その件に関しては、自分の方が適役だろう。なにせノーリスクである。
だが、人を連れて転移できるわけではないので完全に「様子を見に行くだけ」になってしまうが。
「その間に、私は次の階層の様子を見てくるわ。もちろん、無理せず戻ってくるつもり」
「大丈夫ですか……?」
「平気平気。ここまでの道中で結構サボらせてもらったからね。MPまだまだ有り余ってるわ」
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