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マッチポンプダンジョン攻防戦(4)

 戦闘に入ると手を繋いでもいられないが、19層目に到達するまで魔法を使う機会はやってこなかった。  魔物と遭遇した瞬間、勝宏が一撃で切り伏せてしまうのだ。  透と詩絵里はもちろんのこと、ここまでルイーザの活躍の場すらない。 「勝宏さん気合入ってますねー」 「まあ、ついこの間、透のことは俺が守るとか言ったばっかりだしねえ」 「ええ……私も言われてみたい人生でした……」 「諦めないで。ゴリラ脱却のために頑張ってるんでしょ」  歩幅を縮めた詩絵里が、手持ち無沙汰に後尾を務めているルイーザのもとまで下がって雑談を始めた。  無双しながらずんずん進んでいく勝宏と、後方のガールズトークに挟まれている透はちょっと居心地が悪い。 「あったぞ、次の層の扉!」  前方で勝宏が振り返って手を振る。  こちらにも、これといって休憩所のようなものは見当たらない。 「勝宏くんご苦労様。20層クリアしたら戻って一息入れましょ。透くんお菓子とか作れる?」 「あ、は、はい……か、簡単なものなら……」 「はっ! 私、自分のゴリラステータスに気を取られていて失念していました。女子力……だいじ……!」 「おーい、行かないのか?」  勝宏の催促でようやく戻ってきたルイーザが、一緒に扉を開ける。  20層目に入ると、そこで待ち構えていたのは巨大な蛇だった。  蛇の頭部には女性の上半身のようなものがついているが、サイズ比でいうと船本体と船首に取り付けられた女神像くらいの差がある。  これは初見でも、蛇の獣人には見えない。 「えーっと、私のスキルで分かる限りでは、たぶん水属性ね。風系統で行くわ」 「よっしゃ、ばばっと片付けて帰るぞ!」 「私も頑張りますー!」  扉を背に、詩絵里が戦闘態勢に入る。  勝宏とルイーザが意気込んでフロアの中央へ駆け出し――。  それから。  しゅこっ、という気の抜けたような音がして。 「は? ……うおっ!?」 「ひ、ひえー!」  勝宏とルイーザが、唐突に開いた落とし穴に落ちていった。 「罠!? そこに罠の反応なんてなかったわよ!?」 「勝宏! ルイーザさん!」  穴の中からうわああ、と声が聞こえてくる。  即死罠のようなものはないらしいが、そんなに深さがあるのか。  大怪我では済まない気がする。 「ちょっ……ぜ、前衛なしでコレ相手にすんの?」  残された詩絵里の声で、我に返る。  落とし穴の開いたスペースよりも太い身体を這わせて、悠然とこちらに向かってくる大蛇の魔物を前に、後衛二人の戦いが始まってしまった。 ---------- 「ああああああとうとうあいつら19層目に来てしまった……もう……防衛失敗だ……!」  モニター代わりの水晶を抱きしめて、ヨークが床上でブレイクダンスを踊っている。  じたばたとみょうちきりんな動きだが、俺にはブレイクダンスにしか見えない。  15層目でやつらが出くわしたのは俺の召喚獣、フレアドラゴンだ。  MPを使って都度クリエイトしているため、倒されてもこちらはなんら痛くない。  支払うMPは莫大な量だからこのダンジョンのために量産してやるということはできないが、一体二体作って放ってやる程度は問題ないと思っている。 「で、俺が召喚獣で時間稼ぎしてやった間におまえは何層掘ったんだ?」  防衛側のくせにあまりにも防衛適性がないこの男に、いくばくかの金を貸して上層の自販機へ投入に行かせた。  これでもう5層くらいは作れるようになったはずだ。  ついでに時間稼ぎまでしてやったが、進捗はどうだろうか。  期待を込めつつの問いに、彼は満面の笑みを浮かべてきた。 「いま21層目の内装作ってる。壁は今度は黄色にしようと思って」  その笑顔に成功を確信した俺の気持ちをどうしてくれる。 「アホか! 俺が稼いでやったのは内装作りに勤しむ時間じゃねえっつの、もっと掘れ!」 「凝り始めたら止まらない性質でさ……」 「分かった。よーく分かった。この協力体制はなかったことにしよう」 「え! 待って! ごめんって! ここで負けたら俺のイベント終わっちゃうじゃん!」 「俺は別の防衛勢に声を掛けることにする」 「悪かった! ごめんってば相馬! 今ならダイナミックジャンピング土下座を披露します! ほらこの通り! あいてっ!」 「……頭痛がしてきた」  流れるように飛び込み土下座をかまして額を床に打ち付けてきたアホを前にして、ため息がこぼれる。 「ダンジョン増築のエネルギーとやらは残ってるんだろうな?」 「……え、えへへ」  だろうと思ったよ。  視線を泳がせるヨークに、アイテムボックスから金貨の塊を取り出して押し付けた。 「さっきと同じだけ貸してやるから今すぐ5層分追加で作れ」 「はーい!」  こいつの転生前がいくつだったか知らないが、現在の少年の体では大量の金貨を抱えきれずにぼろぼろと取りこぼしている。  彼が自分のアイテムボックスに金貨を納めなおすのを待って、指示を続ける。 「20層は俺の召喚獣でやっておく。5層追加で掘ったら、看破系スキル無関係に自販機でアイテムを買わないと絶対に超えられない罠を各階層に置け」 「な、なるほど……!?」 「それを繰り返してやつらが音を上げるまで掘り続けるんだ。あっちだってダンジョンに持ち込んだ資金は有限だろう。必ず途中で一時帰還を迫られる」 「あれ、ひょっとしなくても相馬の方が防衛向いてんじゃね?」 「おまえに適性がなさすぎるだけだ」  というか、まず俺の提案は高難度ダンジョン作りじゃない。  相手の金を搾り取って攻略を強制終了させるための作戦だ。  希望の光が見えたとばかりに自販機のある9層目へ追加の資金を投入しに行ったヨークを見送って、俺は20層目に適したレベル帯の魔物を召喚リストから選び始めた。  時間稼ぎなら、こいつがいいか。 「あとは20層目に最初から居た魔物を上の層に連れていって……こいつを配置。こんなもんだろ」  ヨークの置いていった水晶に、ジャストタイミングで攻略側の四人が入ってきた。  戦闘が始まる……と思いきや、前衛二人が唐突に落とし穴の罠に落ちていく。 「あ?」 「ごめん相馬ー! 21層目に置くつもりだったトラップ、間違えて20層目に無駄に作っちまった……! お、怒る? 怒るよな?」  血相を変えて管理者空間へ駆け込んできたヨークの言葉で納得した。  なるほど、防衛側も想定していないミスで作られた罠の上に、偶然前衛が立っていたという状況で間違いない。  やつらも看破のしようがなかっただろう。 「いや、……今回はお手柄だ」 「え?」 ----------

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