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マッチポンプダンジョン攻防戦(3)

 勝宏の背中越し、ドラゴンを解体して素材を回収するか、そのままアイテムボックスに丸ごと入れて持ち運ぶか、という相談をしている女性メンバーの声が聞こえてくる。  慌てて手を引っ込めたが、もう遅い。  見上げる彼の表情は、怒っている、ように見える。 「透」 「あ、あ……こ、れは、……その」 「なんだよそれ。何が……」  言いかけて、勝宏が息を呑んだ。 「……体液以外も宝石になるのか?」  おそらく今このメンバーで、一番知られたらまずい人に知られてしまった。  せっかく料理をしていた状況だったのだから、手袋でも包帯でも、怪我を理由に用意してくればよかったのだ。  皮膚の下に宝石が見えていたことと、ウィルの言から、体内だけが徐々に石化していくと思ってしまったのが間違いだった。 「で、でも大丈夫、しばらくしたら痛くなくなるから――」  あわててその場を取り繕う。  実際、指先は既に宝石化が始まって時間が経っているからか、痛みを感じない。足の方も少し待てば支障なく動けるはずだ。  勝宏は、そっか、で終わらせてはくれなかった。 「日本に戻ってろ」  心臓が急激に冷えていく。  せっかく同行を許してもらえたばかりだったのに、もうやってしまった。 「透が居たら、絶対あてにするから。もう魔法使うな」 「そ、れは」  言葉が出てこない。  鉱物の側面が表出し始めていた指先を握り込む。  俯いていると、ドラゴンの素材についての話を終えたらしい詩絵里が声を掛けてきた。 「勝宏くん、ドラゴン部位別に捌くことになったんだけど――……なに、透くん怪我でもした?」 「ああ、こいつ魔法――」 「い、今の! 今、……戦った相手が……前襲われたのと同じドラゴンだった、ので」  ありのままを話そうとしたのだろう勝宏の言葉を遮って、無関係の話を振る。  勝宏に話させないために無理やり出した話だったが、詩絵里はそれだけで納得してくれたようだ。 「腰が抜けちゃったのね。立てる?」 「す、すみません……まだ……」  足先の痛みは少しずつ鈍くなってきている。  痛覚が分からなくなっているのかもしれないが、もう少し時間を置けば歩ける気がする。  勝宏が、先ほど言おうとしたのだろうこととは別の切り口で詩絵里に耳打ちする。  この距離だと透には聞こえてしまうので、おそらくルイーザに聞かれないように、だろう。 「なあ詩絵里、透のこと、ちょっとあっちで休ませてやれねえかな」 「あら、トラウマになってるの? ドラゴン苦手だったのね。PTSDとかだとたいへんだし、私はもちろん構わないけど……契約書的にどうだったかしら……」  確かに、先ほどの話と合わせるとそういうことになる。  詩絵里がルイーザに手招きをする。  何かあったんですか、と駆け寄ってきた少女に、詩絵里が現状の説明――伏せられている部分や彼女に話せていない部分が大きいが――をすると、ルイーザが難しい顔で唸った。 「ううん……少し離れるだけなら平気だと思いますけど、長時間離れるとなるとマジックアイテムが作動するかもしれないです」 「作動?」 「はい。違反をした者に懲罰……ダメージが与えられます。肉体的な懲罰か、精神的な懲罰かはランダムですが」  ルイーザの回答に、勝宏が顔をしかめる。 「それ、怪我で戦線離脱することになったらどうなんだよ?」 「契約続行不可能な怪我に関しては、例外処理してあるはずですよ。でもしょせん精神面の研究が現代日本と比べて進められていない世界のアイテムですから、戦闘が原因のパニック障害とかには対応してない……気がします」  不明瞭ですみません、とルイーザが締めくくる。  その場が沈黙しかかったところに、石化が始まっていない方の手をそろりと挙げた。 「あの……、俺、大丈夫です」 「え、平気? 逆に言えば短時間なら問題ないんだから、透くん少し休んでから来てもいいのよ?」  詩絵里の気遣いには首を振る。  この問答の間に、足の痛みはある程度引いてしまった。  ここから先はまたしばらく、特に支障なくダンジョン攻略ができるはずだ。  下層に降り、攻略を再開する。  16層目からの魔物はまた小物ばかりである。 「透……」  先ほどのやりとりもあって、前衛として先頭を歩くはずの勝宏が後方に来ている。  代わりに詩絵里がルイーザのすぐ近くを歩き、自然と前衛一人に後衛一人がついて歩く体制になってしまった。  透の手はしっかり彼に握られている。  手を繋いでダンジョン攻略という異様な光景である。 「ごめん、俺……なんでいつも、透の危ない時に気付いてやれないんだろ」  隣を歩く勝宏が、唇を噛み締める。  握られているのは、石化が進んでいる方の手。  指は何も感じないのに、まだ石化していない手の甲には勝宏の体温が伝わってくる。不思議な感覚だ。 「あの、大丈夫、これ、治療方法あるらしい、から」 「そうなのか? じゃあ、今すぐにでも――」  透の言葉に、曇っていた勝宏の表情がぱっと晴れた。  だが、ウィルの話によると、今ここで治療を行うというわけにはいかなさそうである。  首を振って、心配してくれてありがとう、と伝える。 「契約書のこともあるし、まずはイベントをこなすよ。このままでも、まだ、しばらくはもつみたいだから」 「あれ、途中破棄はできねえのかな」  例のマジックアイテムのことに触れると、勝宏が先ほどのウィルと同じようなことを言い出した。 「……俺たちからすればそれは、ルイーザが死んだ場合のみ、だね」  補足を入れる。  ウィルの場合はそれも織り込み済みでのことだったが、彼はそうではないだろう。  初対面の鷹也にだってああいう対応を取った勝宏のことだ。  こうして行動をともにしているルイーザならばなおのこと。 「署名した俺たちは、ルイーザには手が出せない。だからって彼女ひとりが魔物に囲まれるように誘導したり、罠を知らせずに見殺しにしたりなんて」  付き合いの長くない自分でも、それくらいは分かる。 「勝宏はそんなこと、……命を選ぶ、ようなことは、できないよ」  笑顔を作ってみせる。  繋いでいた手に、ぎゅっと力が込められた。

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