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マッチポンプダンジョン攻防戦(2)

----------  10層目で戦うことになったのは、ゴーレム一体だった。  これがサイズ感的に大きいのか小さいのか、これまでの短い異世界生活で一度もゴーレムと遭遇したことのない透にはちょっと分からない。  転生者組三人はというと、一体だけとはありがたい、とばかりに一気に散開して攻撃に移った。  勝宏が引きつけ、詩絵里が小技を浴びせ、できた亀裂を利用してルイーザがゴーレムを叩き割る。  ゴーレムの倒し方ってもっとこう、巨体のどこかに隠されている呪文を死という意味の言葉に書き換える、みたいなことしなくていいんだろうか。  力技で粉々になったゴーレムが少々憐れでもある。  5層目の時と同じく道をあけた扉を潜って、11層目へ降りる。  ここまで色合いが近すぎて気が付かなかったが、内部の通路のテーマカラーが5層ごとに若干変化しているようだ。  1から5層目までが紫、6から10層目までが藍色、11層目からはもう少し明るい青色になっている。  自然発生ダンジョンと違い、さすが、転生者が手をかけているダンジョンである。  そのうち赤や黄色が来たりするのかもしれない。目に痛そう。  詩絵里に言われるまま警戒を続けていたが、どうも魔物の強さはあまり大差ないように思う。  もちろん透からすればじゅうぶん脅威だし、透一人でダンジョン攻略に乗り出すとなったら1層ごとに討伐難易度の上がっていく魔物たちを厄介に思っていたことだろう。  しかし、転生者目線で考えるなら易しすぎる。  先ほどのたとえで言うと、透ではなく、勝宏一人でダンジョン攻略をするならば、手数の関係で少々時間はかかるだろうがここまでノーダメージでたどり着けるはずだ。  転生者のチートっぷりを知っているはずのこのダンジョンの管理者が、転生者を想定したつくりにしていないというのがどうも不思議だ。  仮説だが、ひょっとしてここは、転生者向けではなく地元の冒険者に向けて作られた訓練施設のような役割を兼ねているのではないだろうか。  根拠なしの憶測に思考を割けるほど、道中の雑魚戦は正直、暇だった。 「なんか……けっこうあっさりじゃないです?」 「確かに。罠だけはいっちょまえにあちこちに張り巡らされてるけど、魔物が弱すぎるわね」  女性メンバーが透と似たようなことを話し始める。  14層目には休憩所のたぐいは存在せず、一行は少々気の抜けた状態で15層目のボスフロアへ移った。 「……あ」  15層目で対面したボスモンスターに、勝宏が小さく声を漏らす。  透はというと、声が出ない。 「いきなりドラゴン? レベル帯、急に上がりすぎじゃない?」 「ていうか、ここまでが雑魚すぎたんですよ! 頑張りましょう!」  そう、目の前に居たのはゴーレムの大きさなど比較にならない巨体の、ドラゴン。  勝宏は見覚えがあるだろう。  透と出会った時に交戦していた、あの一軒家サイズな炎のドラゴンだったのだ。 「あいつ、火吹くから気をつけろよ!」 「オッケー火属性ね! 透くん、水責めよ!」  ここまで一度も変身しなかった勝宏が、流石にここでスキルを使う。 「透くーん!」 「……あっ、は、はい!」  あの時の恐怖がフラッシュバックしかけたが、今は四人。  自分にも、カルブンクからの借り物とはいえ戦う力がある。  硬直しかけた足に鞭をうって、詩絵里の呼びかけに応える。  手数が十分にあるからか、勝宏はあの時変身したものとは違うヒーローを選んだようだ。  詩絵里は魔法の届くぎりぎりの地点まで後退し、詠唱を開始する。  自分のそれはどのみち大技を出せるような能力ではないので、詩絵里の防御と前衛組の援護に徹底しようと思う。 「私がHPの実況するからねー!」  ここまでの魔物とはまるで違う動きを見せるドラゴンに氷のレーザービームとしか言いようがない魔法をぶち込みながら、詩絵里が声を上げた。 「今のでHPマイナス1割!」  詩絵里の詠唱している魔法はどれも、広範囲を攻撃する魔法ではなく、貫通技や単体攻撃技のように見受けられた。  山をぶち抜いたあの即死技を使うには、屋内での戦闘はちょっと不安が残るのかもしれない。 「ブレス来るぞ!」  勝宏の声に合わせて、水の防御膜をイメージ。  パーティー四人をそれぞれ包んだ水球がドラゴンの炎のブレスを一回だけ無効にした。 「透さんナイスです!」  こちらが使用を控えてもお構いなしにブレスを放ってこられると酸欠が不安になるところだが、このフロアには親切なことに四隅に水場がある。  水球での援護も数に入れるなら、酸素量はどうにかなるだろう。  広さの限られた屋内ゆえに、ドラゴンの物理攻撃を避けられるスペースが非常に少ない。  だが、戦いにくいのはドラゴンの方も同じで、天井のあまり高くないこのフロアでは背中の翼は使うことが出来ないのだ。  ならば、前衛メンバーと協力して動きをおさえ、詩絵里の魔法で削ってもらうのがもっとも確実な戦い方といえる。 「次行くわよ、前衛ちょっと下がって!」  言った直後、天井のあちこちに展開した魔方陣から氷のレーザービームが複数降り注ぐ。  あらゆる方向からドラゴンを貫いた様子はさながら「アイアンメイデンの中身生中継」のような光景であったが。 「HPあと5割! 同じの行くわ!」  急所を外れたのか、それでも40%しか削れていなかったらしい。  あんなもの食らったら一度で戦闘不能になりそうなものだが、ドラゴンの生命力が強靭すぎる。  またレーザー照射アイアンメイデンが続くようである。  HPが半減して怒り狂うドラゴンの尾を、変身した勝宏の大剣が切り落とす。  柱のように太い片足をルイーザが両腕に抱えて、フロア中を暴れまわろうとするドラゴンの動きをとどめた。  ダメージで判断力が鈍ったのか、それとも少々の被ダメージよりもルイーザの足止めのほうが厄介だと感じたのか、ドラゴンが己の足――ルイーザのいる位置に向けて再びブレスを吐きかける。  あの骨格ならばルイーザの居る位置へ牙や爪は届かないだろうと思っていたが、まさかブレスを放ってくるとは。  先ほどと同じようにルイーザに向けて水の防御膜を生成する。  ぎりぎり間に合った。 「ルイーザ、離れて!」 「了解です!」  詩絵里の合図で彼女がドラゴンの足首から飛びのく。  先ほどと同じく複数のレーザービームがドラゴンを襲った。 「よっし! HPあと1割弱!」  ここまで来ると、あとは全員で削るばかりだ。  四人で総攻撃を仕掛け、残りの1割を削りきる。  大きな地響きとともに、巨体が倒れ伏した。 「やりましたね、皆さん!」 「ああ。結構早めに片付いたな」  言って、勝宏が変身スキルを解除する。  お疲れ様、と透も彼らに声を掛けようとして、足先に鋭い痛みが走った。  普段ならば、足元に何か刺さるようなものでもあったか、くらいに考えるものだが、この痛みは先ほど日本の自宅で感じたものと同じだ。  思わずその場に座り込む。  勝宏がこちらを見て、苦笑で歩み寄る。 「おーい、大丈夫か透?」 「あ、ありがとう……」  幸い、この体勢なら強敵を相手にして腰が抜けたと思ってもらえることだろう。  差し出された手を握ろうとして、勝宏の視線が自分の指先で止まっていることに気付く。  皮膚の下だけだったはずの青い宝石が、表面……指先全体まで侵食してきていた。

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