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マッチポンプダンジョン攻防戦(1)
考えてみれば、ダンジョン攻略開始から結構な時間が経過している。
カルブンクの魔法を何度も使っていたのに、宝石が生まれないことをいぶかしむべきだったかもしれない。
「ウィル……」
『どうした?』
「カルブンクの……対価、あれ、ひょっとして……」
ウィルの居る方に指先を見せる。
危惧していた事態が今になって訪れた。
『あー、そいつはそのうち広がるぞ』
「広がるって」
『指だけじゃなく、手足までじわじわ石になる』
「ど、どうしよう」
今は痛くないけど――いや、包丁で指先を切った痛みだと思っていたが、これはまさか生きたまま肉体が石に変換されつつある痛みなのか。
『解消する方法がないでもないが、ダンジョン攻略は一旦中止してあいつら置いてく必要があるな』
「……どれくらい、もつかな」
『カルブンクの能力を使わなきゃ、一ヶ月ってとこだな。使うならその分侵食は早まる』
「……ありがと」
イベント開催期間は二週間。
そして、ウィルの見立てでは魔法を使わなければ一ヶ月もつ。
それなら、自分の問題は後回しだ。
『行くか?』
「ううん。まだいい……治す方法があるなら、今はダンジョンの方に専念するよ。契約のマジックアイテムのこともあるし」
『あの女が死ねば途中破棄可能なんだろ? 俺は契約に縛られてないぜ』
「そんなことしなくていい。まずは目の前のことを片付けるよ」
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四人分の料理をいっぺんに抱えて転移するのはちょっと無理があった。
転移は何度かに分けて、休憩所に食事を運び込む。
ルイーザも久しぶりの日本食だと喜んでくれた。
食事中、詩絵里が食べながら聞いてね、と話し出す。
「このダンジョンは現状20層までよ。1から9までこれといって苦戦することはなかったけど、ここは転生者の作るダンジョンだからね。次の層からいきなりやっかいな罠やレベルの高い魔物が出てきても不思議じゃないわ」
「はーい! 私も気を引き締めます!」
「ここの後はもう休憩所みたいなものはないかもしれない。ちょうど自販機もあることだし、食料――は透くんに任せていいにしても、消耗品の補充はしておいた方がいいんじゃないかしら」
消耗品、といっても、パーティーメンバーは素手でも戦える前衛とMPがあればどうにかなる後衛で構成されている。
ルイーザの槍が消耗で破損するくらいしか想像がつかない。
「ポーションは買っておいた方がよくないか?」
自分の分をぺろりと食べ終えた勝宏が、ポーションの並んでいる自販機の方を指した。
「確かに、回復手段は必要だわ。私のアイテムボックスの中身、村に住んでいた頃のラインナップのままだもの」
俺も持ってない、と勝宏が立ち上がって自販機へ向かう。
購入する前に、待ったをかけたのはルイーザだった。
「ポーションだったらむしろウチから買いません?」
「へ?」
「ウチの家、商人やってるんです。在庫の半分近くを私のアイテムボックスで管理してるんで、結構な量お出しできますよお」
「……まあ、敵対している相手の自販機で買うよりは、一時的にでも協力体制にあるあなたから買った方がましね」
そして結局、詩絵里と勝宏が下級ポーションを五十ずつルイーザから購入することになった。
休憩所をありがたく使わせてもらいながら、自販機には触れもしなかったなあ……と、攻略再開の準備を整えて休憩所から出る時、透は四角い鉄の塊を振り返るのであった。
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「いや、使えよ! あるんだから使えよ自販機!」
一人の少年がダンジョンの管理空間で、モニター代わりに使っている水晶を掴んでごろごろ床を転がっている。
こいつは俺――長谷川相馬と協力体制にある転生者だ。
日本での名前は教えてくれていないが、こちらでは少年は「ヨーク」と名乗っていた。
「メンバーのうち二人がアイテムや食料の仕入れできる能力持ちだったっぽいし、マズい携帯食料なんかダンジョン割り増し価格でわざわざ買わないよな」
「おい相馬、どっちの味方だおまえは」
「俺は俺の味方だ」
あっけらかんと答えると、ヨークが顔をしかめる。
「友達甲斐のないやつ」
「イベントクエスト期間限定の友達、な」
この20層しかない弱小ダンジョンを管理しているのが、このヨークという少年である。
彼のスキルはダンジョン作成というより、「都市建設」の能力なのだそうだ。
転生してから今まではこのダンジョンで一般冒険者をおびき寄せてそれなりにポイントを稼ぎつつ、管理空間でぐうたら生活を楽しんでいたらしい。
しかし今回、防衛クエストの方が発行されたため、慌ててダンジョンの強化を始めた――が、ダンジョンの強化・増築が始まる前に、転生者が二組もやってきてしまったというわけである。
うち一組は組というよりソロだったが。
さて俺、相馬は何故ここにいるのかについてだが、答えは単純、防衛クエストと攻略クエストでは報酬が一部異なるのである。
防衛クエストの方でのみ手に入るその報酬を横流ししてもらう代わりに、ヨークのダンジョン増築に力を貸しているというわけだ。
具体的には、怪我で弱っている冒険者を敢えてこのダンジョンに連れ込んで魔物たちの経験値にしたり、実際に各フロアのボス魔物を自分で操って戦わせたりというところか。
相馬の能力は魔物のテイミングと召喚、ならびに強化。
テイマー職に向いたスキルだったが、だからといって単騎での戦闘力が低いわけではない。
いざとなれば自分自身が表に出ても全く問題ないと思っている。
まあ、そんなことをして防衛の範疇を超えてしまったらイベントの趣旨的にどうなるか分からないので、なるべくなら実行したくはないが。
「そんなに惜しかったのか」
「……あの自販機に投入されたお金は、そのまんま都市建設エネルギーになるんだよ」
「ほー」
「たとえば、自販機に金貨5枚が投入されたら俺のステータス画面にお金をそのまま引き出すか、エネルギー化して建設に使用するか確認メッセージが出てくるんだ。あいつら、だいぶ仲間からポーション買ってたし……あれだけの量を自販機で購入されてれば、その分であと5層は追加できてた……!」
「残念だったな。自分で入れに行ったらどうだ?」
「引きこもりすぎて金ないもん」
正直、相馬の感想としてはこのダンジョン、10層目から20層目までの魔物もすべて弱い。
一般冒険者なら脅威となるだろうレベル帯ではあるが、転生者を相手にするなどそもそもお話にならない。
この魔物たちのレベル帯で、転生者たちからこのダンジョンを守る――踏破されないようにするには、もう侵入者が最深部にたどり着く前に次の層を掘っ立て小屋クオリティででも作り続けるしかないだろう。
「どうしよう……ああ、10層目が突破された……ストーンキングが……」
薄暗い管理者空間。
ヨークの持つ水晶に映された映像は、石でできただけのゴーレムが十二歳くらいの少女に素手で叩き割られる瞬間がバックライト付きで輝いていた。
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