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イベントクエスト、ランボ式(4)

 可能な範囲でルイーザとお互いの情報共有をしあって、さらに下層へ進んだ。  ルイーザという前衛が加わったおかげで、勝宏の変身スキルはまた使われることなく温存されていく。  ステータス強化に加え、変身したヒーローの持つ特殊能力を一通り扱えるようになる勝宏のこのスキルはパーティーの切り札のひとつだ。  スキル使用中は時間経過でMPを消費する以上、道中の雑魚敵ではなく5層の時のようなボス戦で使ってほしい。  透にMPという概念が無く、攻撃魔法でMPを消費することはないという話は既に詩絵里に伝えてある。  パーティーの砲台である詩絵里のMPも基本的には温存、ということで、主な道中の戦闘は素手またはナイフの勝宏、槍を使うルイーザ、小技を撃つだけの透でまかなわれている。  詩絵里のMPは四桁。  少々使ったくらいならば底を尽く前に自然回復するはずと彼女も言っていたが、三人は透と違って緊急時の避難手段が限られている。  安全を考えるとやはり彼女にもボス戦まで温存をお願いしたいと思ってしまう。  6層目からは小型の魔物に混じって中型の魔物も少しずつ混じるようになってきた。  この流れだと、10層目は大型のボス一匹というところか。 「すごい、人手があるとこんなにサクサク進んじゃうんですね!」  罠の発見は主に詩絵里の役割だ。  詩絵里の指示通りにルイーザが罠を回避しながら、年相応――外見年齢相応の無邪気な笑顔を見せる。  全員無事に罠を通過したところで、ルイーザが勝宏に話を振った。 「勝宏さんは主装備ナイフなんですね。いかにもロングソードと鉄の盾で勇者装備してそうなのに」  雑談のようだ。  勝宏の服装が完全に日本人のラフなパーカーとスニーカーだからか、ルイーザに伝説の剣とオリハルコンの盾ではなく初期装備で例えられている。 「あはは。このナイフは透と一緒に武器屋見ててついでで買ったんだよ。俺もともと武器要らないスキルだし」  ついでというか、買うことができなかったからお詫びに買ったというのが近い気がする。あの頃の自分の迷惑度合いは正直今以上だったと思う。勝宏へはいつか返したい。 「そういうルイーザこそ、なんで槍なんだ? その力ならハンマーとか斧とかの方が強そうなのに」  そんなデリケートな問題に発展しそうな話題を物怖じせずに返せるあたり、勝宏はやっぱり強い。 「だって……ハンマーとか斧とか振り回し始めたらもう見た目までゴリラ感マシマシじゃないですか……」 「漫画とかではたまに見かけるけどなあ。小柄で可愛い子がでっかい鈍器や盾振り回すやつ」 「えっ! 私可愛いですか!」 「ん? ああ、可愛いと思うけど」  ルイーザの頬が紅潮する。  あっこれ知ってる。  少年漫画の主人公が持ち合わせがちな属性「無自覚攻略王」だ。  こういうのはたいてい、無意識に攻略台詞を振りまいた相手たちとは結ばれず、始終ラフなやりとりをしてばかりの相方的なポジションのヒロインと結ばれるのがお約束である。  このパーティーでいうところの詩絵里みたいな。  詩絵里みたいな。  そこまで考えて目眩がしてきた。  じゃあ自分はいったい何のポジションなんだろう。  戦闘で役に立たなくても知識面で役に立てればいいのだろうが、この世界の基本的な知識に加え、解析スキルもある以上、頭脳担当は詩絵里で間違いない。  今まで勝宏に対し透がやってきたことといえば。  パシリ、パシリ、飯炊き、パシリ、飯炊き、飯炊き、……考えるのをやめた。  悲しくなってきたので、むしゃくしゃした気持ちのまま、向かってきた魔物を氷の矢で撃ち抜く。撃ち抜く。撃ち抜く。  勝宏たちが談笑している間に、通路の魔物はいなくなってしまった。 「透くん、調子いいわね。顔は泣きそうだけど。ヤキモチ?」 「や、やきもち、というか……自分の存在意義を考えていました」  泣きそうな顔してたのか。  透の涙腺は壊れているため、自覚の有無にかかわらず信用ならない。  彼女のように自分もマスクつけようかな。  9層目を踏破すると、10層目への扉のすぐ横に「休憩所」と日本語で書かれた扉も設置されていた。 「皆さん、どうでしょこれ? なんだかあからさますぎますけど……」 「でも、解析する限りじゃ罠じゃないみたいよ。扉の向こう側は普通の小部屋のようだし、仕掛けはない。魔物の反応もないわ」 「じゃあ入ってみようぜ。そろそろ腹減ったし」  なんの気なしに、勝宏が扉を開けて中に踏み込んで行った。  内部の様子は特に問題ないようで、次にルイーザ、透、詩絵里と「休憩所」に入る。 「ああ、そういうことね……」  中を見渡して詩絵里が呟く。  休憩所の奥の方には、金属のまま塗装されていない自販機……としか言いようのない機械が二台置いてあった。  片方は飲み物や携帯食料を販売する自販機、もう片方は矢やポーションなど戦闘で使う消耗品を販売する自販機といったところか。  どれも割高だ。  ダンジョン作成者にとっては休憩所を作るメリットなどないだろうと思っていたが、ここでの売り上げを期待しての休憩所設置なのかもしれない。 「確かにそろそろ食事の時間ですけど、どうします? これ買います?」  興味深そうに自販機のラインナップを確認した後、ルイーザが訊ねてきた。 「俺は透の飯がいいな。透の作る飯うまいんだよ」  勝宏が笑顔で透の肩を抱いてくる。  特に料理好きというわけでもないのだが、こちらではめったにありつけない日本食、ということで評価に上乗せされているのだろう。  しかし自分も単純なもので、それだけで、つい先ほどまでひょっとして自分はただの飯炊き係なのではないかと悩んでいたことも忘れて「何食べたい?」と聞き返してしまった。 「がっつり! 丼ものがいい!」 「う、うん、えっと……詩絵里さんとルイーザさんは」 「バラバラのメニュー頼んだって面倒でしょ? 勝宏くんと同じでいいわ。透くん料理上手だし」  勝宏と詩絵里の希望は確認した。  次いでルイーザの方に目を遣ると、彼女はきょとんと瞼を瞬かせる。 「あの、透さん、どこで作っていらっしゃるんですか? 持ち運びキッチン、みたいな?」  空気が凍った。  そうだ、彼女には透の能力はショップもどきのスキルだと話していたのだった。  ぎりぎり怪しまれないタイミングで思考停止から復帰した詩絵里が補足を入れる。 「えっとね、透くんはお店のほかにキッチンに転移することもできるの」 「ああ、スキル成長というやつですね! 便利でいいなあ。透さんのは、そのうち本当に日本に帰れるスキルになっちゃうかもしれませんね」  納得してくれたらしい。  ルイーザはそれ以上疑うことなく、食事のリクエストを続けてくる。 「あ、だったら私は量少な目でお願いします! これで筋肉ついたら目も当てられないので!」 「うっ……や、やっぱり私も控えめにしてもらおうかしら……」  女性メンバーは少なめ、分かりました。 ----------  三人を休憩所に残して、ウィルと一緒に日本へ戻る。  そのまま食材を買い出しに出て、調理を開始した。  ルイーザは、スキル成長で日本に帰るスキルになるかも、と言っていた。  スキルが成長するという話は聞いたことがなかったが、そういえば詩絵里もスキルの成長率や熟練度について少しだけ話していたように思う。  彼女たちの話を統合すると、スキルは使用回数か何かで成長するようになっており、成長しきると別の――おそらくは上位互換スキルに変化する、ということになる。  詩絵里の解析スキルは、「現段階では相手のスキルの成長率は分からない」と言っていた。  つまり成長すると、さらに詳細な解析ができるようになるのだろう。  ルイーザのスキルは引きこもりでもゴリラになれるスキルです、としか説明を受けておらず、詳しくは分からない。  では、勝宏のスキルはどうだろう。  上がり幅が大きすぎるので現段階でも既に壊れ性能のように思うが、MPを支払ってのステータス上昇と一時的なサブスキルの獲得……と考えると、内容的にはあまり特殊なスキルではない。  哲司のショップスキルの方がよっぽど「異世界転生特典チートです」と言えそうだ。 『おい透? おーい、手元見ろ手元』  ウィルの声で思考の海から上がる。  包丁を使っている時に考え事はよくなかった。 「いっ……」  切っ先が指に当たる。切れてしまった。  血は混入してないみたいだけど、念のため今刻んでいたキャベツは破棄しよう。  傷口を洗う。  よかった。結構ざっくりいったと思ったけど、切れたというより薄皮一枚がめくれただけのようだ。 「……え?」  蛇口を捻って水を止め、絆創膏を……、と指先を見て、気付いた。  裂けた皮膚の下に、血肉ではなく固いもの――青色の宝石が見えていることに。

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