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イベントクエスト、ランボ式(3)
少女が勝宏と、こちらとを交互に見て頷く。
「助かります、援護お願いします!」
彼女は見た目にそぐわず近接戦闘特化のようだ。
身長よりもはるかに大きな長槍を手に、少女が雄叫びを上げる。
何かのスキルなのだろう。
臨時のパーティーメンバーと認識されているのかこちらには何の影響もなかったが、トカゲは三匹とも一瞬だけ動きを止めた。
これまでの階層のように小物がうようよしているフロアではなく、ここに居るのは赤いトカゲ三匹のみ。
見通しも良く、次の階層への扉も向かい側に見えている。
閉じられているようだが、このワニのようなトカゲのような魔物が中ボスみたいなもので、倒すと開かれるシステムだろうか。
槍の薙ぎ払いがうち一匹吹き飛ばす。
壁にたたきつけられたトカゲは、高い位置にめり込んだまま落ちてすらこない。
トカゲが硬直状態から解放されるまでに、詩絵里の氷結魔法がトカゲの一匹を生きたまま粉砕した。
もう一匹の足元からつぶて岩を巻き上げる。
透の魔法で足止めの時間がわずかに延びたトカゲは、勝宏のナイフで両断された。
ここまではさほどサイズ感が小さめの魔物ばかりだったので気にならなかったが、あの短い市販ナイフで生身のままワニを切り裂ける勝宏もやっぱり転生者だなとしみじみ思う。
戦闘を終え、次の階層への扉が開かれた。
戻ってくる勝宏に続き、少女もこちらに駆け寄ってきてぺこりと頭を下げる。
「助かりました! 私、あんまり魔法覚えてないんで数が厄介だなって思ってたところだったんです」
「ああ、困った時はお互い様だよな。俺は勝宏。えーと……」
「ルイーザといいます、元日本人です。お二人は転生者さんですよね? そちらのお姉さんもですか?」
やはり少女も転生者だった。
トカゲを吹き飛ばしたあの怪力、転生特典が何だったのかちょっと気になる。
「と、透……です……」
案の定透まで転生者だと思われたが、これは訂正を入れるべきだろうか。
詩絵里に視線を送ると、彼女が一歩前に出る。
「うんうん、そうなの。うち、利害関係がたまたま一致したから転生者三人でパーティー組んでてね。私は詩絵里」
マスクをつけたままだが、詩絵里の目元は笑っているように見える。
これは、余計な口を挟むとまずいことになりそうだ。
空気になっていよう。
そろりと勝宏の方に近付いて存在感を消す努力を始める。
「あの、ところで、どうしてマスクを……? ていうか、それ日本製ですよね? 売られてましたっけ?」
早々に詩絵里のマスクに突っ込みが入ってしまった。
うん、気になるよね。
遠慮なく勝宏が吹き出した。
「あー、詩絵里のアレはこっちで買ったんじゃなくて、透がにほ」
「そこの透くんはね、<日本のショッピングセンターに転移できるスキル>を持ってるのよ」
「へええ、そうなんですか!」
「え? おい詩絵里?」
しまった。
自分が空気になれても、勝宏は空気にはなれない。
どうしようかと透がおろおろしている間に、詩絵里によって勝宏の足が思いっきり踏みつけられた。
勝宏が沈黙する。
すごい音したけど大丈夫かな。
「そのショッピングセンターからは出れない仕様だから、実際に日本に帰れているのか、それとも架空のお店なのかは分からないんだけどね。外敵からも一時避難できるし、便利でしょ? 何よりこの世界では高額で少数流通してるだけの日本商品が、元の値段で買えるのは強いわ。だから私も、透くんのパーティーにお邪魔してるってわけ」
会話の輪の外へ勝宏を引っ張り出す。
回復魔法はもちろんポーションもろくに所持していないので、靴を脱いでもらって魔法で氷を生成した。
しばらく足に当てておいてもらおう。
「あのう、お三方ともイベントクエストのためにいらっしゃったんですよね?」
「そうね。あなたも?」
「はい。ていうか、神様にもらったスキルがどうも個人的にはダメなスキルで……。ランキングボーナス1位の「スキルリセレクト」を狙ってるんです」
「そうだったの。私たちは単純にポイント目的よ」
スキルリセレクトというのがマジックアイテムなのか、それともステータス画面でスキルの再選択が可能になるのかは分からないが、報酬としてスキルリセレクトが貰える枠は一つだけ。
彼女はランキング一位を目指していることになる。
魔法があまり使えず、物理で殴る戦法のルイーザ一人でイベントを攻略できるのか、少々不安なところだ。
「えっと……もしよければなんですけど、皆さん、私に雇われてくれませんか?」
彼女自身も同じ不安を感じていたのか、パーティーの実質的なリーダーが詩絵里だと察したルイーザが彼女に取引を持ちかける。
「雇う?」
「私、ポイントやリセットリングはどうでもいいんですけど、どうしてもスキルリセレクトが欲しいんです。ゴリラ卒業して普通の男性のお嫁さんになりたいので」
「あ、ああ……なるほどね……分かるわそれ……」
「お婿さんをお姫様抱っこできてしまうお嫁さんってアリかナシかでいうとナシですよ絶対。哀しくなってきます」
前衛ステータスに偏ったチートを持って生まれてきてしまった女性の転生者。切実な願いである。
男よりも強い女性がいてもいいと思うし、個人的には可愛らしさと腕っ節は別物だと思うのだけれど、彼女にとってはそうではないのだろう。
透に乙女心を察するなどできようはずもない。
これに関しては勝宏も察するのは無理かもしれない。
「ルイーザは前衛型なのよね。うちも前衛一人だし、雇用関係っていうか……一時的にでも仲間になってくれるのは助かるわ」
詩絵里の言葉に、ルイーザはきょとんと首を傾げる。
「あれ? あの……雇用関係の方が安心じゃないですか?」
こういうのがあるんですけど、と、ルイーザがアイテムボックスから一枚の羊皮紙を取り出した。
「契約のマジックアイテム? 確かにこれなら、お互い安全ね」
「どういうことだ?」
フロアの片隅で足を冷やしながら、勝宏が疑問を投げかける。
面倒そうに振り返って、詩絵里が軽く解説をしてくれた。
「ルイーザの持っている紙、あれはね、商人が使うマジックアイテムなのよ。契約内容を書いて、期限を書いて、お互いの名前を書いて……最後に魔法を発動させると、その契約は期限が来るまで絶対に破れなくなるの。ま、高額だからケチって使わない人もいるけどね」
哲司も口にしていたが、転生者は皆敵同士という認識が基本だ。
勝宏と詩絵里のように、いさかいなく行動を共に出来る方が珍しい。
普通は、同行しているだけでも相手に寝首をかかれることがないか、騙されることがないかを警戒して動くものである。
ルイーザに透の事情を話さなかったのも、詩絵里の警戒から来るものだ。
詩絵里がペンを握り、ルイーザと二人で羊皮紙を覗き込みながら契約内容を記入していく。
「期限は二週間後、イベント終了まででいいかしら?」
「いえ、できればイベント終了プラス1日にしてください」
「なるほど。イベント終了と同時に頭をズドン、はイヤだもんね。ついでに、途中でルイーザが死ぬか、私たちが全滅するかしたら早期終了の旨も追記していい?」
「どうぞ。では、この内容で問題ないか勝宏さんと透さんにも見てもらえますか? 大丈夫だったらサインください」
この女の子、中身は絶対に十二歳じゃないな。
詩絵里が持ってきてくれた羊皮紙に記名しながら、透は、転生者の年齢は前世と今世で単純に足して考えてしまっていいものか、なんて、絶対に口に出してはならないことを考えていた。
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