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氷の世界の死者蘇生(4)

 壁の向こうに危険がないことをスキルで確認して、ルイーザを下がらせた。  ダンジョン内で消滅魔法を使うにはリスクが高すぎる。  かといって火属性魔法で温度差を利用して壊すのも、後々の酸素量が心配だ。  ここは風属性魔法で切断するのがベストか。  さくっと無詠唱で術を構成する。一時的な真空を生み出して刃にする風の中級魔法である。  壁に向かって放つと、行き止まりになっていたダンジョンの壁が壊れていく。 「わあ! ほんとにありましたね、隠し部屋!」  どうやら、入ってすぐにトラップが作動する類の部屋ではなさそうだ。  先頭を進むルイーザのすぐ後ろを歩きながら、隠し部屋の中にある階段をチェックする。 「この階段の先に何かありそうですけど、トラップですか?」 「階段自体には仕掛けはないわ。大丈夫そうよ」 「じゃあ降りてみましょう!」  脱ゴリラを目指しているルイーザだが、その性質は好奇心旺盛と言って過言でない。  家業が珍しいものに敏感な商人であることと、ファンタジック異世界への純粋な興味が彼女の中にある好奇心を刺激しているのだろう。  超人的な怪力を手にしてしまったのが嫌なだけで、それさえ解消されればむしろ彼女は転生後の人生を満喫するのではないかと思う。  まあ、このゲームに巻き込まれて新たな人生を満喫できるのかどうかは、ちょっと分からないが。  神様主催のこの転生者ゲーム、はじめから公平にスタートされていないところが気になる。  詩絵里は、誰でも気軽にインターネットができ、スマートフォンのある現代日本から転生してこの世界に来た。  そして、記憶を取り戻したのは齢3歳で、今の仲間――勝宏たちに会えるまで、十五年近くが経過している。  しかし、透に日本で買ってきてもらった食材や消耗品は、消費期限や製造日がすべて2019年なのだ。  あちらとこちらで時間の流れる速度が違う、というわけでもない。  もしその説が正しいなら、透は転移のたびに浦島太郎を味わうことになってしまう。  考えられる可能性として一番妥当なのが、神々は転生先を「身分」や「家柄」、「地域」だけでなく、「時代」まで設定できる……という説である。  そうなると、十年から二十年ほど前の時代に設定されて転生してきた者が圧倒的に有利だ。  勝宏のように異世界に放り出されてあまり馴染んでいないままイベントクエストを迎えたり、ルイーザのようにある程度歳を食ってしまってから記憶を取り戻したりしている者よりもアドバンテージがある。  配布されたスキルも性能差がありすぎる。  何より、プレイヤーたちに明かされていない部分が多すぎるのだ。  ああ違うわ。  「プレイヤー」はあくまでも自分たちを転生させた神々。  自分たちはその駒――良く言えば、アバターにすぎない。  神々の間で、さっさとこのゲームの流行とやらが落ち着いてくれればいいのだけれど。 「……なんだか、ゾンビやキメラの研究でもされていそうな部屋ですね……」  階段を下りた先の光景に、ルイーザがつぶやく。  そこは、まさにルイーザの言うとおり、複数の培養漕のようなものが等間隔で並べられた薄暗い空間だった。  自然産ではない。  間違いなくここには、人の手が入っている。 「あ、でもよく見たら水槽じゃなくて氷ですね。氷のオブジェ……だ……」  うち一つへおもむろに近づいたルイーザが、言葉尻をすぼめた。  確かに、「悪の秘密結社の研究所に置かれた培養漕」としか言いようのないものたちはすべて、普通の氷の塊だった。  ……中に一人ずつ、人間が閉じ込められている以外は。 「ひええ、なんですかこれ!」  試しに手近な氷塊ひとつに触れてみる。  アイテムボックスに収納するかどうかのチェック項目が表示された。  転生者特典で全員に渡されているアイテムボックス機能は、生きている人間を収納することはできない仕様だ。  実は仕様を理解していると有用な機能で、これは仮死状態でも判定に引っかかる。  チェック項目が表示されているということは、RPGにありがちな状態異常や呪いの一種として凍っているのではなく、既に死んでいるのだろう。 「あちゃー……これはまずったかも」 「なにがです?」 「氷漬けになってるほとんどの人間が、患者衣……検診衣を着てるわ。こんなもの、異世界で作ろうと思うのは彼くらいじゃない?」 「……転生者、如月遼……」  まったく、敵対したくないやっかいな相手に限って敵になるのはどうしてなのか。 「透くんたちが危ない――といっても、今から戻って忠告に行ったって、たぶん間に合わないわね……」  さて、この場を抑えている自分たちは、どう行動するのが適切か。 「ルイーザ。この部屋の中にある資料の類、まるごとアイテムボックスに回収していくわよ」 「ええ、なんでですか? 早く戻った方が……」 「どのみち二人とも、もう診療所には着いちゃってるわよ。私たちがここを放置して出ることによって、第三者にこの悪趣味な研究資料を持ち逃げされたり、証拠隠滅を図られたりするほうがよっぽどマズいことになるんじゃないかしら」  おそらく、自宅や診療所には置いておけない重要な研究材料ほどこの場所に隠しているはずだ。  言いながら、フロアの中を探し回る。 「分かりました! 手分けして回収して、それが済んでから助けに入りましょう!」 「いや、回収はあなた一人でお願い。私はこの部屋でもうひとつ、さがしものがあるの」  この氷塊たちを作ったのが如月遼――リファスなら、どこかに「あれ」があるはずだ。 ----------  広い会議室のような場所に通されて、先を歩いていたリファスが足を止めた。 「さて、調べてみたんだが、透くん。すまないね、やっぱり君のその症状を完治させるすべは見つからなかったよ」 「そう、ですか……わざわざ、すみません」 「しかしね、私としても、せっかく頼ってきてくれた患者をそのまま帰すのはしのびなくてね」 「は、はあ」 「そこでだ。ひとつ君の希望になるような話をしてあげよう」  振り返って、リファスがにっこり微笑む。 「この間、欲しいスキルがポイントでは取得できない……という話はしたね。私の追い求めるスキルは、「スキルを作るスキル」なんだ」  彼が、透の隣にいる勝宏を一瞥した。  とっさに勝宏が飛び退くと、背後にあった椅子が消えうせる。 「それさえあれば、状態異常解除や回復魔法だけでなく、死者を蘇らせることもできるだろう」  勝宏から引き離されてしまった。 「だから透くん。私の研究がうまくいくまで、君は氷の中で眠っているだけでいいんだ」  窓一つない部屋の中に冷気が漂い始める。  リファスの手のひらが、こちらへと向けられた。

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