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ウィリアムさんと所有者の話(2)
人の姿をとったままのウィルと一緒に、勝宏たちの居る世界へ戻ってきた。
詩絵里の話ではあれから丸一日経過していたらしく、誤魔化しきれないとなった二人はルイーザにひととおりの事情を説明したとのことだ。
透を待つ必要があったが、リファスの仲間の転生者が襲撃してくる可能性もある。
話し合いの末、彼らは一日宿のこの部屋から出なかったのだそうだ。
宿からリファスの診療所までは距離がある。
この部屋から詩絵里のスキルで診療所をチェックすることは難しいため、増援の転生者が実際にこの町にやってきたかどうかすら、まだ確認できていないのだという。
「ごめん……こんな時に迷惑かけて」
「それより透、歩けてるけどもう平気なのか?」
「……うん。心配してくれて、ありがとう」
「よかった」
勝宏が透の両肩を掴んで、大きく息を吐く。
「でも、丸一日も離れてどうしてマジックアイテムが作動しなかったのかしら? 仮にも契約に使われる魔法道具だし、気絶してたから……なんて簡単な抜け道があるはずないわよね」
透の肩から勝宏の手を払い落としつつ、ウィルが歩み出て詩絵里の質問に応える。
「ちょっと調べさせてもらった。あれは、別の世界に移動することを想定されてない」
「そういうこと。短時間だったから抜けても平気っていうわけじゃなくて、本当にあっちでは無効だったのね……」
ウィルの紹介から始めなければならないかと思っていたが、詩絵里たちはウィルと初対面ではなさそうな雰囲気である。
彼の服の端を軽く引いて、ウィルに確認してみる。
「ねえウィル、なんか馴染んでるけど……詩絵里さんと知り合い?」
「私が認識してる限りでは、会うのは三度目よ。最初は転生商売敵さんに飛ばされた迷いの森で道案内してくれたわね。次は昨日、透くんが気絶したあと」
「そ、そうだったんですか……」
透の問いには、ウィルではなく詩絵里が説明を入れてくれた。
ウィルが人の姿を取れることを知らなかった自分には、彼らが既に顔を合わせていたなど思いもよらなかった。
「でも、このイケメンさんの素性はさっぱり知らないわよ。透くんの方から彼を紹介してくれるならありがたいわ」
詩絵里は涼しげな顔だが、勝宏は若干ウィルに対し気に入らなさげな視線を向けている。
丸一日転生者の襲撃を警戒していた中で、透が素性の知れない男を連れてきたら警戒するものだろう。
「ウィルは……日本で一緒に住んでる人……? です。俺、小さい頃、親を亡くしてしまって。血が繋がっているわけでもないのに、結構な大金で俺のこと買ってくれて」
「住ん、……? 買っ? ほあ」
透の説明の最中、勝宏が変顔を始めた。
勝宏、顔のパーツそんなに動かせるんだな。
福笑いみたいだ。
「それから俺のこと気にかけて、お風呂や寝る時もずっと一緒で」
「お、おおおおおおおお」
頭を抱え、実写版キュビズムを器用に再現しながら唸り声を上げている勝宏をよそに、詩絵里がアイテムボックスからさっとマスクを装着する。
確かに安宿はちょっと埃っぽいですよね。
「転移の力を貸してくれたのもウィルです」
「ごほん……君が言ってた、精霊のお友達っていうのはこのイケメンさんのことでいいのかしら」
「はい」
なにやら感慨深そうに、詩絵里が大きく頷いている。
反応のおかしい二人をおしのけて、そこまで黙っていたルイーザが入ってきた。
「じゃあウィルさんのために、皆で自己紹介しましょう! 私は――」
「ああ? ちゃんと分かってるぜ。そっちの青い髪の女が司令塔の詩絵里、茶髪の女が馬鹿力のルイーザ、そこのアホ面がアホだろ」
ルイーザの言葉を遮って、ウィルがさらりと言い放つ。
「……いつの間に司令塔になってたのかしら」
「ばかぢから……」
「おい最後の俺かよ」
アホ面っていうか、今は芸術家のぐにゃっとした絵画みたいな顔してるけども。勝宏。
「どーうも、勝宏くん? 透の、主人の、ウィリアムです。うちの、透が、お世話になってます」
「ぎゅ……」
ウィルが綺麗な笑みを浮かべて、勝宏に軽く会釈した。
これから一緒に行動するなら、勝宏とも仲良くなってくれた方がいい。
勝宏は新たな変顔を披露する。
早くも打ち解けてくれそうな雰囲気だ。
「わあ、勝宏さんうめぼしみたいな顔してますね」
「うめぼし食べた人の顔じゃなくて……?」
「うめぼしじゃないです? うめぼしのお菓子のCMに起用されそうですよ」
うめぼし磨くーうめぼしキャンディー、とルイーザがCMソングを歌って再現してみせる。
地味に上手い。
「ああ、言っとくが、俺の転移は透専用だ。移動のあてにはすんなよ」
変顔を続ける勝宏を放置して、ウィルが詩絵里に告げる。
「透くん以外には使いたくない、じゃなくて、使えない、という解釈で合ってる?」
「理解の早い女は好きだぜ。まあそんなもんだ」
「あっ、解釈違いです」
「いや合ってるっつってんだろ」
「ごめん別の話。つい条件反射で。なんでもないのよ、なんでも」
やはり大人だ。
ウィルと詩絵里は早くもお互いの距離感を掴んでいる。
透もこれくらい他人とすぐに打ち解けられれば苦労しないのだが、先は長そうだ。
「さて、透くんも無事だってことが分かったし、改めて氷のダンジョンの攻略か、別のダンジョンへ向かいたいところだけど」
「うーん、戦う気まんまんの他の転生者がこの町に来てるかもしれないんですよね。どうしましょ?」
既に今日の段階で、イベントクエスト開始から三日が経過しようとしている。
単独で効率のいいダンジョンめぐりをしている転生者たちとは、おそらくかなり離されてしまっていることだろう。
1位を狙うルイーザのためにも、この町に居るかもしれない伏兵については早めに確認しておきたい。
ウィルに視線を向けると、彼がはいはい、と苦笑した。
「この町に他の転生者が潜んでいないか調べてくりゃいいんだな? もう一晩待ってろ、今夜あたり俺が見てきてやるよ」
「あら、助かるわウィルさん」
「忍者みたいですね!」
ルイーザに忍者と表現されたウィルは顔をしかめていたが、言いえて妙だ。
ウィルが単独行動するなら、この世界中の転生者全員がスキルを使って探し回っても捕捉不可能な斥候になることだろう。
日本に戻る手段のない転生者たちと違って、いつでも瞬時に世界間を行き来できるというのは大きい。
「おい、そこのアホ面」
「勝宏だ」
「俺がいねーうちに透に手出そうとか考えんじゃねえぞ」
常に隣にいるからか、ウィルが自分の傍から離れる時はいつでも過剰すぎるほど過保護だ。
この場に居る三人が透に危害を加えるわけがないのくらい、ウィルも分かっているだろうに。
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