62 / 151
ウィリアムさんと所有者の話(4)
早朝の騒動の原因が勝宏による蛮行ではなかったということで、詩絵里がルイーザを連れてきた。
連れてくる際に今度は透が女になったことを詩絵里が説明してきたのだろう、ルイーザは意気揚々と両手に商品在庫を抱えてきている。
「透さん、安心してくださいね! 女性向けのお洋服も装飾品も結構品ぞろえありますから!」
「装飾品っていうか、一番必要なのは下着なんだけどね」
「つめものでもしときます? 清潔な端切れ布ならクリーンの魔法ですぐに用意できますよー」
つめもの? まさか、布を丸めて中に?
ルイーザが入ってきていくらか落ち着くかと思ったら、恐怖の根元が二つに増えただけだった。
着替えをすることになるだろうからと、勝宏は硬直したまま部屋の外に追いやられてしまっている。
助けは期待できない。
「タンポンも触ったことない透くんにそれは酷よ。怯えてるじゃない」
「そうですか?」
言いながら、女性二人は透そっちのけで服の物色を始めている。
考えてみれば、詩絵里も未だ奴隷時代の簡素な服のままである。
この機会に何か購入するつもりなのかもしれない。
「これとかいいんじゃないかしら」
「わっ、透さん似合いますよ絶対!」
違った。
いま吟味されているのは詩絵里の服ではない。
透に着せるためのものだ。
あの、女物じゃない方がいいです。
そう希望を伝えようにも声が出ない。
こちらの主張に気付かせるために女性の肩を叩いたり手を引っ張ったりなんて、透にできようはずもなかった。
「このへんは装飾品?」
「はい。一応冒険者みたいなものですし、特殊効果付きのアクセサリーだけチョイスしてみました」
「だったら付けててもいいわね。あら、このバングルかわいい」
「それはMP回復速度100%増加ですね! 鍛冶系のスキル持った転生者が作ったものって聞きました」
「さすがチーター、ものすごい性能ね……」
詩絵里たちのショッピング――ルイーザは売る側だが――に待ったをかけられずにいるうちに、透はあっという間に町娘のような装いにさせられてしまう。
まだ下着は無い。
透の心持ちから言えばこれは女装でしかないのだが、女性二人に囲まれて、生理用品の代わりに股に布をあてがわれたあたりから抵抗する気力をなくしてしまった。
虚無だ。頬をぽろりと涙が伝う。
「それにしても、透くんも大変ね。宝石になったり女の子になったり。にょた化は治療の影響かしら?」
詩絵里が、ついでに自分の分も物色しようと服を選びなおしながら呟く。
と、そのタイミングで勝宏が部屋の中に無言で入ってきた。
復活したようだ。
ルイーザが並べたファッションアイテムから、何かを購入して透の方へ歩み寄ってくる。
「透!」
がしっと腕を掴まれる。
そして。
「責任取る。結婚しよう」
その場に居た全員が吹き出した。
「うわあ、パワーリングでプロポーズする人初めて見ました。アイテム名:婚約指輪、装備することで攻撃力にプラス20。お買い上げありがとうございまーす」
「しょっぱいわね……」
「転生者が使うんじゃなければ、画期的な上がり幅なんですけどねー」
のんきな女性陣の会話をよそに、透は顔面蒼白である。
様子のおかしい勝宏にぶるぶる首を振っていると、詩絵里が見かねて間に入ってくれた。
「勝宏くん落ち着きなさい。それどう考えても私の「妊娠、出産」のワードから飛躍したでしょ」
「落ち着いてる。けど、俺が透にこの世界に残ってくれって言ったんだ。そしたら石になりかけて、それの治療をしたら副作用で女になった、そうだろ? じゃあ透が女になったのは俺のせいだ」
「当の透くんはさっきから青ざめてるけど……え、なにこれ、式場の手配でもすべき?」
駄目だ。負けないで詩絵里さん。あなたが頼りなんだ。
泣きながら詩絵里に縋りつく透の左手薬指に、勝宏が攻撃力アップ婚約指輪をつけようとしてくる。
「それに俺、今朝、透が怪我してると思って、嫌がる透の服を無理やり脱がせて裸見ちまった。抵抗するのを力づくで押さえつけて、上から下まで全部」
それはもういいから。
思い出したくないというのも多分に含まれてるけどもういいから、早まったことはしないでほしい。
一度透がプロポーズを受け入れたら、誠実な彼は何があっても自分から解消しようとはしないだろう。
こんな、いつ男に戻るかも知れない自分をその場の勢いで選ばないでくれと思う。
本当に。
「だからやっぱり俺が責任取っ」
そこで、勝宏の言葉がぷつんと途切れた。
「強制終了」
戻ってきたウィルが、勝宏の頭の上に実体化したのである。
ごりゅ、と嫌な音を立てて、勝宏がウィルの下敷きになる。
「あらおかえりなさい、ウィルさん」
「……なんか、おまえにさん付けで呼ばれるの薄気味悪いんだが」
詩絵里が笑顔でウィルを出迎えたが、ウィルは相変わらずの口調だ。
助けてくれたのはありがたいが、そろそろ勝宏の上からどいてあげてほしい。
「心外だわ。じゃあウィル、透くんが女の子になっちゃったみたいなんだけど、何か心当たりある?」
「無いわけじゃねえな」
「あ、やっぱり。じゃあ治療の影響なのね。とりあえず、生理始まっちゃったみたいだから私の実家から下着とか生理用品とか持ってきてほしいんだけど、透くん連れてってくれないかしら?」
「あの状態でか」
真っ青になって泣いている透を一瞥して、ウィルはさらに勝宏の頭をぐりぐり踏みつける。
「うーん、まだショック引きずってるっぽいのよね……」
「大方このアホのせいだろ? いまこいつ、嫌がる透を無理やり裸にしたとかなんとか言ってなかったか」
「あー……まあ、言ってたわね」
「正義厨が一周回ってレイプ魔に成り下がったか。透のためにもここで始末しておいた方が平和だな」
ウィルの過保護に火がついた。
慌ててウィルの手を掴み、勝宏の上から引き摺り下ろす。
「分かった分かった。透、ここで待ってろ。俺が行ってきてやるから」
そういう意味の意思表示ではなかったのだが、なかなかウィルには伝わらない。
実体化していると念話が使えなくなるのだろうか。
「おい詩絵里、このアホに透が襲われないように見張ってろ。なんなら縛って別の部屋放り込んでろ」
「襲……了解」
透が不思議に思っている間にも、詩絵里から住所と持ってくるものの置き場所、特徴を聞いたウィルが再転移して部屋からいなくなってしまう。
踏まれ続けて沈んでいた勝宏が起き上がる。
詩絵里が透の方へ向き直った。
「透くん、朝から疑問だったんだけど、喋らないのは勝宏くんに襲われたショックで声が出ないの? それとも、何か別の原因?」
襲われてません。勝宏の名誉のためにも。
ちょっとひん剥かれただけです。
やはり言葉は声にならない。
「透さん、いま喋れないんですか? だったらこういうのありますよ」
並べていた商品在庫をアイテムボックスに収納していたルイーザが、ひとつ取り出して見せてくる。
リングノートとペンだ。日本製である。
「日本商品が流通してた時に、仕入れのついでに貰ったんです。元手ゼロですし、日本商品はあんまり扱う気なかったんで日本価格基準でお譲りしますけど」
……それを早く出してほしかった。
戻ってきたウィルから下着類を受け取って、再び悪夢のお着替えタイムが訪れた。
やはり勝宏は一旦退室させられている。
ウィルは出て行ったように見せかけているが、通常の火の玉スタイルで即座に透の傍についた。
家族同然の彼には、別に見られても何を思うでもないので構わない。
「よかった、ブラのサイズはぴったりね。このまま元に戻るまで女の子の服着とく?」
首を横に振る。
ウィルが戻ってきたのだから、一度日本で着替えておきたいと思っていたくらいである。
「そりゃそうよね、悪ノリしちゃってごめんね。まあ下着さえちゃんとつけてれば、いつもの服でも別に大丈夫よ」
「もう代金は払ってもらってますんで、その服はお好きなようにどうぞー」
このまま町娘風の服装をさせられ続けるのだと悲壮な覚悟を決めかけていた透に、温情が与えられた。
「勝宏くーん、入っていいわよー」
詩絵里の声掛けに三度部屋へ入ってきた勝宏が、たいへん落ち込んだ様子で頭を下げる。
「ごめん、透……あの時は、喋れなくなってるなんて思わなくて」
ルイーザから購入した筆記用具で、「大丈夫」、「あれは事故」と書いて見せた。
朝から色々あった……ありすぎたが、意気消沈した勝宏はあんまり見ていたいものではない。
「透……」
勝宏のあとに部屋に入ってきたふうを装って、ウィルが実体化する。
「元の身体に戻れば、声も出るようになる。気にすんな。それより、偵察の件だが」
「そうだったわね。どう?」
「転生者、居るには居るな。だが、ダンジョンで氷の山ができてる隠しフロアの方に集まってるみたいだぜ。残された資料を漁ってるように見えたな」
ウィルの見た限りでは、現在町中には転生者はうろついておらず、リファスの残した研究資料等を回収して回っているようである。
おそらく、あの戦いのあと到着した援軍は先に診療所を確認し、リファスが無事ではないことを悟って後処理の方に動いたのだろう。
「ありがと。私たちが資料を持ち出したことがバレたら、確実に追ってくるわね。今のうちに町を出ちゃいましょう」
「それがいいだろうな。で、次の行き先は?」
「ナファリアなんてどうかしら。別の転生者製のダンジョンがあるはずよ」
「中央国ラークロクトの観光名所ですね! 情熱の町とか言われてますけど」
地名を言われても、この世界の地理に疎い透にはそこがどういう町なのか分からない。
ウィルと詩絵里の会話に入るルイーザの言葉が、透にとっては追加情報になってくれている。
「恋が叶うとかなんとか、その手のご利益スポットの多い町ね。独身で行くと相手が見つかるっていう噂もあるわ」
「……そりゃおまえ、男探したいだけじゃねえのか?」
「あら、ルイーザは賛成よね?」
「はい! 行ってみたいと思ってたんですよー」
女性二人の言葉に、ウィルがちろ、とこちらを見た。
透としては、お邪魔しているだけの身分で今後の行き先にまで口を挟むつもりはない。頷いてみせる。
……恋が叶う。詩絵里の言葉の一片を、勝宏がぼそりと繰り返した。
ともだちにシェアしよう!