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人魚姫と悪役令嬢(1)

 医療の町アポセカリから馬車で一日。  移動に少々時間が取られてしまうが、天然のダンジョンも数多くあるこの国ならば、しばらく馬車を使わずともあちこちのダンジョンをめぐることが出来るだろう、というのが詩絵里の話であった。  パーティーメンバーが3人ならば、透は転移で先に向かい、勝宏のバイクの後ろに誰かが乗って進む……という移動手段も取れるのだが、さすがに勝宏のバイクに3人は乗れない。  どのみち距離が離れすぎると契約書の制約の問題も出てくるため、素直に馬車を使って移動する方が良い、となった。 「坊主、女三人連れてのハーレムパーティーとはまた贅沢な旅だな」 「え? あ、あー……まあな!」  乗合馬車の同乗者である中年男性が、勝宏の肩を小突く。  男二人、女二人のなんのへんてつもない四人パーティーのはずなのだが、現在透が女の体になってしまっているため、はたから見ると勝宏のハーレムだ。 「で? もうヤったのか?」 「ヤっ……!? それはーそのー……」 「なんだまだか。へたれてるとみーんな他の男に取られちまうぞ。ナファリアはそういう町だからな」 「は……ははは……」  透の事情について、勝宏はどこからボロをだすか知れないので他人から何を言われても流せ、と詩絵里から指令が出ている。  あの流し方だとハーレムを肯定したようなものなのだが、深く突っ込まれるよりはいいのかもしれない。  中央国ラークロクト。  神の庭とまで呼ばれるほど、この世界の守護神から強く加護を受けている国として有名な国だ。  ナファリアは、その中でも特に情熱の町、恋の町と呼ばれる大きな都市である。  観光地として有名な町だ。  到着後は真っ先に宿を確保して、それからダンジョンの情報確認がてら町を見てまわることになった。 「水待姫の聖樹、ここね。ナファリア随一の恋愛成就スポット」 「綺麗、椿みたいな花が咲いてますね! うーん、でもどこかで見たことがあるような……」  ダンジョンの情報収集がてら、のつもりだが、女性陣はごく普通に町の観光を楽しんでいる。  道具屋の店員から恋愛成就スポットの話を聞き、ほとんどこの場所へ直行だった。 「ここで抱き合った二人は結ばれるとか、この樹に願えば運命の相手が見つかるとか、そういうご利益のあるところみたいね」 「それもなんか聞いたことあるんですよね。なんだったかなあ……」  花を咲かせる大樹の周辺に、円を描くように澄んだ水が流れている。  エルフの森の背景グラフィックにでもなっていそうな光景である。  女性二人の話を遠巻きに見ていた透に、勝宏が振り返る。 「……透、行こ」  道中、透が女の身体になってからというものスキンシップが激減していた勝宏が、おそるおそる、手を差し出した。  これまでにも何度か手を繋いだことはあるが、こんな場所で彼に触れるのはなんとなく、別の意味になってしまうような気がする。  ――その手を取るか、逡巡していたことを後悔することになるとは思わなかった。 「助けて!」 「ぐえっ」  悲鳴に近い少女の声があたりに響く。  次いで、勝宏の横っ腹に小柄な女性がタックルしてきた。  今の助けを求める声は、彼女のものだ。  まとう黒いマントの下から、貴族然とした高級そうなドレスが見える。  お忍びで城下町に訪れたプリンセス、といった風貌である。  異変を感じ取った詩絵里たちがこちらへ駆け戻ってくる。  貴族の少女が逃げてきた方向から、魔法の光が飛んできた。 「危ね!」  とっさに少女を庇って、勝宏がスキルを使う。  光が電流となって彼を襲うが、幸い勝宏が今回選んだ変身ヒーローはその手の攻撃に強い装甲を持っていたようだ。  特にダメージを負ったようすは見受けられない。  それなりに人目のある観光スポットに、あまりにも似つかわしくない連中が現れた。  魔法を放った男たちは、仮面で顔を隠してこの少女を追い回していたようである。 「大人七人がかりで女の子を襲うなんて、何考えてるのかしらね」  詩絵里とルイーザが戦闘態勢に入る。この子を頼む、と勝宏から少女を預けられ、透は後方待機になってしまった。  一瞬、リファスの仲間の転生者である可能性が脳裏に過ぎったが、転生者にしてはレベルが低い。  刺客たちはルイーザの槍、勝宏にいたっては武器を呼び出さず素手での応戦だったにもかかわらず、あっさり昏倒していった。  詩絵里の拘束魔法で全員を捕縛し、戦闘は一分もまたずして終了する。 「助けていただきありがとうございます」  透の横で戦闘を見ていた少女が、彼らの前に歩み出て一礼した。  鮮やかな圧勝に終わった戦闘は、町人からすればパフォーマンスにも近かったことだろう。  勝宏たちの戦いを見ていた野次馬たちから、拍手と歓声が贈られる。 「こいつら、リファスの仲間、じゃなさそうだけど。事情を聞くにはここじゃ目立つな……」 「あら、手助けは今回限りってことで、この場でお別れしてもいいとは思うけどね。イベントのこともあるし」 「聞くだけ聞いてあげません? 聞いた上で、手出したらまずそうだったらさようなら。その条件でOKなら話を聞く、ってことでどうです?」  このパーティー、イベントで1位を狙っているのはルイーザだけだ。  彼女がそれでいいというなら、少し寄り道するくらいのことに異論を挟むつもりはない。 「じゃあ、とりあえずさっきの宿に招待しましょうか。それでいいかしら?」  勝宏もルイーザも少女を助ける方向に傾いており、透はお任せの姿勢。  メンバーの様子を見て取った詩絵里は肩を竦めて、少女に話しかけた。  聞いたところ、彼女の正体はこの中央国のベトライヴェローグ公爵家令嬢、ウルティナ・エリー・ベトライヴェローグ。  予想通り、お貴族様であった。 「その名前どこかで……あ!」  椿の花を見ていた頃から既視感に首を傾げていたルイーザが声を上げる。 「ラブオブプリンス、真実の愛のゆくえ! ですね!」  勝宏も詩絵里も、もちろん透にも聞き覚えのないタイトルだ。  しかし、自信ありげに言い放ったルイーザに、少女――ウルティナがぱっと表情を輝かせる。 「え、ご存知で?」 「もっちろんです。その乙女ゲー、3rdシーズンまでやってましたもん」 「私もですよ。じゃあ話は早いですね。私はいわゆる、「好きなゲームの悪役令嬢ポジに転生してしまった元OL」なんです」

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