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魔物転生って理性を失ったらただの魔物じゃないですかね?(1)
ウルティナの家が管理しているダンジョンは、彼女が言うにはもともとは違う転生者が作ったものらしい。
作るだけ作って権利を放棄されていたため、ウルティナが防衛側としてダンジョンの管理者登録を行い、所有していた塔の最上階に転移の扉をまとめたのだという。
彼女はイベントでは防衛側に属することになるが、今回の一件もあってイベントに参加する余裕はない。
見送る前提のため、気にせず攻略して構わないとのことだった。
20層しかないダンジョンをハイペースで回っていきながら、イベント期間も残り一週間を切った。
「ダンジョンから出たら即この部屋に戻ってこれるっての、なかなかありがたい拠点ね」
午前中に16件目のダンジョンをクリアして、塔の部屋のベッドで詩絵里が大きく伸びをする。
「飯は透がうまいの作ってきてくれるしな! 今日はー」
「今日は私のリクエストを聞いてもらう日です! 透さん、私そうめん食べたいです!」
ルイーザのリクエストに、詩絵里がいいわねと賛同する。
全員違うものをリクエストされても頑張って作ってくるつもりでいるのだが、「別々のメニューを頼まれる身になりなさい」と一蹴した詩絵里によって、リクエストは三人の希望を交互に叶えることになった。
当初は透の好きなものも、という話だったが、透の日は結局勝宏に希望を訊いてしまうためなくなったのである。
あれから、透の女体化はダンジョン攻略中に元に戻った。
……が、セイレンの言っていた通り、魔法を使うと宝石が出てくる仕様の代わりに、魔法を使うと女の子になる仕様に変更されたようなものだ。
唯一の救いは、一度のダンジョン攻略で起こる女体化の時間は一時間程度なので、初回のように長い間喋れず性転換しっぱなしということはなくなった点だろうか。
調理ついでに、日本での買い出しも請け負う。
ポーションの類は日本ではどうしようもないが、そこはルイーザが大量に在庫を持っている。
「あっ、なあルイーザ、MP全快のポーションまだある?」
「ありますよー」
「よし。ちょっと昼飯前の運動してくるかな。買い物も行くなら透、一時間くらいかかるだろ?」
「う、うん」
「俺1層目から20層目まで、変身したままで一回駆け抜けてみようかなと思ってさ」
一週間で60箇所を回ると考えると、一日8.5件のダンジョンクリアが必要だ。
8箇所プラス、次のダンジョンを半分まで攻略というのが理想だが、現在は第二週の3日目。
午前中までで、16件のクリアという進捗状況だ。
1、2件分ほどダンジョン攻略に遅れが出ている。
勝宏のその攻略法が有用なら、今後の攻略もスムーズになることだろう。
「でも、このイベントでポイントを一番稼ぎたいのはルイーザよ? この子が一緒に行かないと意味ないじゃない」
「背負って連れてけばいいじゃん。MP切れで倒れかけたらポーションで起こしてもらえるし」
「おお、私楽チンですね! やりまーす!」
勝宏の高速ダッシュにも、彼女ならば耐えられそうな気がする。
詩絵里だと難しいかもしれない。
透は無理だ。
ならば隙間時間は、この二人で向かうのが最適だろう。
「ウルティナからの情報だと、7の扉から転移できるダンジョンが一番難易度低いみたいよ。魔法攻撃必須の敵もいなさそうだし、二人でも大丈夫だと思うわ」
「おー、じゃあ行ってくる」
「いってきまーす! お昼楽しみにしてますね!」
前衛二人を送り出して、詩絵里が再びベッドに転がった。
アイテムボックスから取り出すのは、例の押収したスマホである。
「あの、詩絵里さん」
「大丈夫よ、早まったことはしないわ。そうめんだったらそんなに時間かからないわよね? 買い物だけ済ませて、一度戻ってきてくれない?」
考えをまとめておくから。
言われて、透は彼女の指示のまま日本に転移する。
ここまでで分かっていることといえば、以下の通りである。
1.
神様主催の転生者ゲームでは、現代日本から来た日本人たちが、20年前の異世界や1年前の異世界など、
さまざまな時代に転生させられている。
2.
スキルの強さはさまざまで、それらは公平ではない。
また、一部スキルは合体すると本来の強さを取り戻すものがある。
3.
ポイント交換できるスキルは全てではなく、転生時の初回でしか得られないスキルもいくつか存在する。
だが、それに該当するスキルは現状ポイント交換スキルよりも弱いものしか見つかっていない。
4.
<嫉妬の種>、インヴィディアというものを転生者に植え付けようとしている組織が存在する。
そのほか、イーラという種子もある模様。
5.
その組織の人間から、勝宏に対し「発芽の引き金」というような意味合いの発言があった。
直後、勝宏の様子がおかしくなる。
……主にスキルに関して、転生者たちが神々から説明を受けている内容以外に隠されている部分があるように思える。
そのあたりを詩絵里が解き明かしてくれればいいのだが、転生者ゲームに関しては部外者である透には情報提供くらいしか役立てないのが歯がゆいところだ。
あとは、考えすぎると糖分が足りなくなるだろうから、我らがブレーンに紅茶とお菓子を差し入れるくらいか。
買い物ついでに、詩絵里に紅茶を淹れていこう。
買い出しののち、昼食の下準備だけを済ませて紅茶とお茶請けを用意する。
詩絵里の待つ尖塔へ戻ると、彼女はスマホを横に何かを書き出していた。
彼女が使っているのは、透の女体化騒動の際にあちらから持参したノートパソコンだ。
「詩絵里さん、お茶……どうぞ」
「あら、ありがとう透くん。あの子たちはまだ帰ってきてないわよ」
「はい」
本当に一時間で20層まで到達できるのか定かでないが、少々遅くなっても心配するような難易度のダンジョンではない。
他の転生者とかちあえばその限りではないが、これらのダンジョンはすべてウルティナによって貸し切り状態なのである。
透や一般冒険者ならともかく、転生者の彼らを脅かす危険などあるはずがないのだ。
「透くんの話と、このスマホから読み取れる情報を統合してみたんだけど、ちょっと見てくれる?」
言って、紅茶に口をつけながら詩絵里がノートパソコンをこちら側へ寄せてくれた。
表計算シートに書き出されているのは、「インヴィディア」をはじめとする種子のリストだ。
「あのスマホ、ロックがかかってたんだけど私のスキルで読み取れる分だけ書きだしてみたわ。七つの大罪で間違いないわね」
・傲慢(スペルヴィア)……
・憤怒(イーラ)……嫉妬と似た条件下で発芽する模様。
・嫉妬(インヴィディア)……発芽条件は「不幸」? 今回ウルティナに使われようとしていたもの。どこかに飛んで行った。
・怠惰(アケーディア)……
・強欲(アウァーリティア)……
・暴食(グーラ)……
・色欲(ルクスリア)……
「情報がまだ足りないわね。でも、これらはおそらくスキルの一種よ」
「スキルの一種、ですか」
「ええ。転生者に種を蒔こうとしていたことから考えて、だけど。一般冒険者が使うような「威力増加」みたいな平凡なスキルじゃなくて……連中は、転生時に貰える特別なチートスキルと、これらの種子を組み合わせる実験をしているんだわ」
組み合わせる。
というと、なんだかリファスが話していた「50%のスキルと50%のスキルを合わせて本来のスキルに戻す」というのと似ているような気がしてくる。
「これらの種子が本当にスキルのモトだとしたら、神の存在だって怪しくなってくるわね。神じゃない日本人転生者が、スキルを他人に植え付けられるんだもの。集団で神を演出してるだけの転生者たちかもしれないわ」
ホラーみたいな話になってきた。
もし詩絵里の推測が合っているとしたら、その人たちはなんのために他人を別の世界に転生させて争わせているんだろう。
ゲームの内容からしても、とても「崇高な目的」などがあるとは思えないが。
「入賞の時に、神と接触できればもう少し情報が得られそうなものだけど……自動で通知が入るだけのような気もするわね」
「ですね……あ、そろそろお昼作ってきます」
「いってらっしゃい。さて、これをあの子たちにどう説明したものかしらね……」
再び日本へ転移する透の背後で、理解してくれるかしら、と詩絵里がため息をついた。
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