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魔物転生って理性を失ったらただの魔物じゃないですかね?(2)

 そうめんを用意して塔の拠点に戻ったが、まだ勝宏たちは戻ってきていなかった。  どころか、そのまま待つこと二時間が経過しても音沙汰無しである。 「何か、あったんでしょうか……」 「かもしれないわね。様子見に行く?」  ウルティナに案内された60箇所のダンジョンの中でもっとも難易度の低いダンジョンだ。  二人のステータスがあってそうそう負けることはないだろうが、二人とも罠の看破には長けていない。  彼らのステータスは罠で閉じ込められても強引に突破できるレベルで、罠で怪我をする程度の防御力でもないのだが、罠で「迷わされる」くらいはあってもおかしくないのだ。 「あ、俺、一旦ウィルと一緒に行ってきます。迷っているだけかもしれませんし」 「そうね。じゃあお願いしようかしら。透くんまで戻ってこなくなったら、異常ありという前提で私も探しに行くからね。三十分以内に一度戻ってきてちょうだい」 「わかりました」  詩絵里に断りを入れて、ウィルとともにダンジョン内部へ転移する。 (勝宏たち、どこにいるんだろう……) 『もう少し奥だな。移動するぞ』  奥だな、と言われても今現在何階層目に転移してきたのか透にはさっぱりだが、重要なのは勝宏たちの居る階層を見つけることだ。  そこさえ分かれば、応援に詩絵里を呼んでくることもできる。 『この下だ。……が、何か戦ってるみたいだな』 (大丈夫かな……足手まといにならない位置に転移ってできる?) 『ああ』  フロアボスか何かだろうか。  二人の居る階層へ向かうと、ボスフロアでもなんでもない入り組んだ階層で剣戟の音が聞こえてきた。  音は、真っ直ぐ進んだ通路を曲がったところからだ。  気配を潜めて覗くと、そこには黒い獣と対峙する二人の姿があった。 「透!? なんでここに……!」 「ご、ごめん。二人が迷ってるのかもしれないと思って……」  あたりにはポーションの空の容器がいくつか転がっている。  MPだけでなく、HPポーションまで転がっているところを見ると、この戦いで二人はずいぶん消耗しているようだ。  ボスフロアでもなさそうな階層で、彼らが苦戦する魔物が出るとは思えない。  ボスが他のフロアに上がってくる異常事態が起きているのだろうか。 『いや、あいつはたぶんあれだな、あのアホや詩絵里のやつと同じだ』  同じ? 転生者特典のスキルを持っているということか。  だとすると、今ルイーザが槍でなぎ払っている黒い獣はまさか。 「転生者……?」 「透! 詩絵里呼んできてくれ、こいつヤバい!」  こちらの呟きを聞き取る余裕の無い勝宏が、応援を要請してくる。  スライムだとか蜘蛛型魔物だとかフェンリルだとか、日本人が人外に転生する話も聞いてはいる。  だが、相手が同じ転生者で、二人がこれだけ苦戦する相手だ。  パーティーのブレーン兼火力砲台でもある詩絵里をここまで連れてくる間、彼らは持ちこたえることができるのか。  ここまでで既に長時間の継戦状態だ。  二人とも既にポーションの効き目が鈍くなっていておかしくない。  いつ戦線が崩れるかもしれないというこの状況下で、もっとも有効な対処方法は。 (ウィル) 『ああ? また俺だけか?』 (セイレンがいるから、平気だよ。ここまで、詩絵里さんをお願い) 『しゃーねえな……』  ウィルに詩絵里を呼んできてもらい、透はカルブンクならびにセイレンの魔法で彼らのサポート。  戦力としては微々たるものだが、居ないよりはましだ。 「今、ウィルに呼んできてもらってるから……! 俺も戦う!」 「なん、」 「お願いしますー! バリアだけでも張ってもらえたらたすかります!」  勝宏の驚愕の声を遮って、ルイーザが「もうへとへとで」と声を上げた。  彼は、戦闘能力の低い透をこの場から遠ざけたかったのだろう。  だが、自分としても彼の足手まといになるような無茶はしないつもりだ。  カルブンクの魔法で二人に水の結界を張る。  続けてセイレンに呼びかけ、黒い獣へ状態異常攻撃を仕掛けてもらった。  次の瞬間昏倒するはずだった獣は、しかし大きく口を開けてセイレンの白いもやを飲み込んだ。 『……いやですわ、あの卑しい獣。私の魔法まで食らってしまうなんて』  セイレンが苦々しく呟く。 (ど、どういうこと?) 『おそらく、あれは<暴食>。私の愛しい彼を模倣しようとした、できそこないのなれのはてですわ』  暴食。  セイレンの言葉に総毛立つ。  ウィルの話と合わせると、あの獣は<大罪の種子>をスキルに融合させた転生者だ。 『あれが<暴食>では、味方を補助する魔法はともかく、攻撃魔法や、相手の攻撃を阻害する魔法は全て食われてしまいますの。……できそこないとはいえ、私とは相性が悪いですわ』  つまり、攻撃魔法やデバフは一切通用しないということか。  そうなると、詩絵里を呼んできてもあてにならないかもしれない。  物理攻撃でしか倒せない相手。  しかし、パーティーの主力の物理攻撃メンバーが出揃ってなお、勝負が決せないでいる――撤退を視野に入れるべきか。 「二人とも! その魔物、物理攻撃しか通用しないタイプだから、一時撤退した方がいいかもしれない……!」 「えっ!? 物理で叩いてもこんなにかたいのにですか!?」 「どうりで……銃の類も駄目だ。近接攻撃しか通んねえ!」  間接的な物理攻撃さえ効かないとなると、岩を生成して獣の頭上に落とすのも無意味だろう。  勝宏たちを守る盾を生み出すくらいしか透にできることはない。  階層を上るための扉まで、走って三秒か。  どこまで通用するか分からないが――。 「今から霧を作るから、扉まで走って!」  言って、カルブンクの魔法で生成した水を水蒸気に変える。  前衛二人が離脱して後ろへ駆けていくのに合わせて、透も扉に向かった。  階段を上りかけた勝宏が、こちらを見て叫んだ。 「透!」  振り返る。そこには、霧を迷い無く突破して追いかけてきた黒い獣が牙をむいて迫っていた。  あ、これはだめだ。  何をするにしても間に合わない。  反射的に目を閉じてしまう。  大きな狼みたいな猛獣に、頭から食べられるとどうなるんだろう。  痛みを感じる暇はあるのか。  そんなことを考えるが、いつまでたっても衝撃がこなかった。  おそるおそる、顔を上げる。  そこには、剣で獣を両断した一人の青年が立っていた。 「大丈夫かい?」  剣をおさめ、男が座り込んだ透へ手を差し伸べてくる。  暗がりでよく分からないが、笑顔を向けられているように見える。 「僕はアルスラッド。君たちと似たような立場の日本人ではあるが、安心してくれたまえ。敵ではないからね」

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