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わくわく異世界ショッピング(3)

「何か作るのかい?」 「はい」  手伝えることなら協力したいが、かえって邪魔になりそうだ。  少しずつこの世界の書き文字が読めるようになってきたとはいえ、まだまだ仕事で使う書類を手伝えるほどではない。  キッチンに向かい、死角になる位置で日本に転移する。  ハーブティーを用意する間、レモンのはちみつ漬けを作ってしまおう。  レンジを使えば漬けなくても味がしみこむ。はちみつ煮、の方が正しいかなこれ。  再び、異世界へ転移。  用意したハーブティーとお茶請けを、書類にまみれたデスクへ置いた。 「これ……よかったら」  あちらの世界のレモンを使ってしまったが、疑問に思われてもアキナシだと説明すれば納得してくれるだろう。  置かれたのがお茶だと分かって、ギルネルがありがとうとグラスを手にする。 「これは……トールくん」  頑張ってください、と言って去ろうとした透は、ギルネルに引き止められた。 「は、はい」 「このグラスは、透明度の高い素材で作られているね。美しい」 「そうでしょうか……」  なんのことはない、使ったのは百円ショップで売られている耐熱グラスである。 「どうやって手に入れたんだい? いや、入手経路を訊ねるのはマナー違反だね。これは、数を仕入れることは出来るかい?」 「あ……そ、その……」 「確実に売れるはずだ。仕入れ値が高くなるなら、貴族向けにしてもいい。金貨1000枚でも買い手はつくだろう」  しまった。  日本人転生者の多く存在するこの世界で、まさか未だにガラス製品が流通していないとは思ってもいなかった。  これはあれだ。  現代日本の技術力に異世界人が驚いて高額転売の話を持ちかけられるパターンだ。  透としては、欲しいと言われればいつでもお使いに行ってくるつもりではあるが、取引の話を透一人に持ちかけられるのは非常に困る。  こういう交渉ごとはできれば詩絵里、難しくてもせめて間に勝宏を挟んでもらえないと。 「すみません、あの、ひ、必要なら、調達はできるんですが、商売の話は、俺には……」 「ああ、すまなかった。商人としてはどうしても、こういうものが気になってしまってね。お茶はありがたくいただくよ。交渉の件は誰に相談すればいいかな?」 「し、詩絵里さんが居る時に……」  思わず詩絵里をスケープゴートにしてしまった。  うう、ごめんなさい。 「そうかい。では明日の朝話を聞いてみようかな。これは……ほほう、アキナシとハニービーの蜜を使った甘味か」 「そ……そんな感じです」  思わぬところでグラスの件を問い詰められて、透は既に逃げ腰である。  和食にはレシピを販売しようなどという話を持ちかけられることが無かったため、おそらく問題ないだろうが――。 「トールくん、これの考案者は君かな?」 「えっ、いえ、あの……お、俺の故郷では皆、作るので……炭酸水とかお酒で割って飲む人も、います」 「そうだね。これは飲み物にしても人気を集めそうだ。飲料と割ってもらう前提で、これを商品化するのもいいんじゃないか?」  予想外の展開。  透が硬直していると、ギルネルが笑って頬をかいた。 「おっと、これもシエリちゃん経由の商談だね?」 「は、はい……それでお願いします」  それだけ言って、透はそそくさとその場を退散する。  これ以上突っ込まれても透一人に対応は不可能だ。  日本商品の高額転売でこの世界の通貨を得ようという案は、こちらに来てすぐの頃に即時却下したものである。透のたよりないコミュニケーション力で、まともな商談ができるはずがない。  どっと疲れた。  だが、これくらい疲労――心労かもしれない――感があれば、朝までしっかり眠れるだろう。  肺に篭りまくった息を大きく吐き出しながら、部屋に戻る廊下を歩く。 『透、敵だ』 「えっ!?」  突然ウィルに声を掛けられ、視界が切り替わる。  廊下を歩いていた透は、勝宏の眠っている部屋に転移していた。 (なに? 敵って?) 『顔隠した暗殺者っぽい男だ。廊下に潜んでた気配はなかったが、急に現れて刃物を向けてきた』 (ギルネルさんは?) 『侵入方法は転移スキルだ。相手は間違いなく転生者だぜ、狙いは日本人だろ』  なるほど。  透を見た目で日本人だと判断して襲ってきたなら、青い髪の元奴隷な詩絵里よりも見た目が日本人な勝宏を狙う可能性が高い。  こちらに転移してきたウィルの判断は正しい。  勝宏は、近付いてみても特に暗殺者に何かされたようには見えない。 (そっか……暗殺者の気配とかは、まだある?) 『んー……いや、いねえな。失敗と見て逃げたんじゃねえか? 暗殺は気付かれれば失敗も同然だからな』  それなら、ひとまずは安心だ。  でも、このまま何もせずに眠ってしまうのも心配になる。  迷っていると、勝宏の豪快ないびきがふと止まった。 「透ー?」 「あ、ごめん。起こしちゃった――うわっ」  ベッドの中から伸びてきた手に引っ張り込まれ、倒れ込む。 「眠れないなら……一緒に寝るかー」  起こしてしまったのではなく、どうやら彼は寝ぼけているらしい。  勝宏はむにゃむにゃと寝言を呟きながら、透を両腕で抱えこんでしまった。 「ま、勝宏……?」  こちらの問いかけには返事がかえってこない。  そしてまた寝息が聞こえてくる。  18歳だと聞く勝宏の体は、しかし子供体温かというほど熱い。  逃げたい。  でも、なんとなく、離れがたい気もする。 『嫌なら転移で逃げるか?』 (……も、もう少しだけ……)  ウィルの親切心からの提案に、思わず待ったをかけてしまった。  勝宏のにおいがする。  目を閉じると、強張っていた身体から力が抜けていく。  しばらく、抱き枕に徹しよう。  はいはい、寝ずの番は俺様がやってやりますよ。  ウィルの呆れた声が聞こえてきた。  ……翌朝、透がうっかりそのまま寝落ちして、寝ぼけていた時のことを覚えていない勝宏が悲鳴を上げることになる。  勝宏のベッドで寝てしまった件があとをひいて、すっかり自己嫌悪ループにはまっていた透をよそに、詩絵里はギルネルとの商談をすばやく纏め上げた。  最後に、定期的に転移で商品を運び込むことになるわよ、とだけ透に伝えてきた彼女はやはり凄腕のブレーンだ。  異世界転売は透が一度は諦めた金策である。  彼女がいなければ、こうまで迅速に話が決まることはなかっただろう。  詩絵里は実際の値段を伏せつつ、仕入れ値が安価であることを告げた。  ややあって、百円ショップのグラスはひとつあたり金貨300枚で売ることとなり、取り分は透たちが200、ギルネルが100という分配である。  高額すぎて本当にこれで正しいのか分からなくなってくるが、実際に話し合いを行った二人の満足している様子を見るに、この額で問題ないらしい。  銀貨一枚でもお釣りが来る仕入れ値が、とんでもない金額に膨れ上がった。  透としては銅貨二枚でも充分なので、入ってくる利益は銅貨二枚だけいただいてパーティーに還元しようと思う。

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