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わくわく異世界ショッピング(4)
他人任せの商談を終え、ラークロクト行きの馬車に乗り込んだ。
それこそ荷を積んだ商人の馬車であれば、護衛依頼さえ受ければ昨日のうちから町を出ることができた。
しかし、冒険者登録をしていない透や主人の元から脱走してきた元奴隷の詩絵里がいるのでは、ギルドから長期の依頼を受けるのは難しいだろう。
しばし進んだところで、馬車が停止した。
前方で立ち往生している別の馬車があり、道を通ることが出来ないのだそうだ。
「これは、しばらく動きそうにないわね」
休憩がてら馬車の外に出た詩絵里が、馬車の様子を見て肩をすくめる。
「あ、そろそろお昼ですね。何か食べますか?」
「あら、お願いしていいの? だったらお昼は私のリクエストの番よね。クリームスパゲティが食べたいわ」
「分かりました」
停車中を魔物に襲われるなど、不測の事態が起きても二人が居ればどうにかなるだろう。
逆に、馬車が透を置いて動き出してしまっても、転移で車内に追いつける。
馬車が止まっている間に、温かい食事を用意しよう。
詩絵里のリクエストどおり、きのことチーズのクリームスパゲティを作って再転移する。
はらぺこ勝宏のためにクリームソースは鍋ごと持ってきたが、パスタは都度茹でなければならない。
おかわりのたびに日本に転移するのも大変なので、パスタ用の鍋と塩も持ってきた。
詩絵里に火を起こしてもらい、水を入れてもらえばいいだろう。
馬車の外で座って待っていた二人が、待ってましたとパスタ皿を受け取った。
一口啜って、詩絵里がほうっと息をつく。
「ほんと、食に関しては透くんが居てくれるおかげで、旅の途中だってこと忘れちゃうわね。おいしい」
「えっと、おそまつさまです」
勝宏はというと、口いっぱいに麺を吸い上げてもこもこさせている。
ハムスターにしか見えない。
「鍋ごと持ってきたから、おかわりしたかったら言ってね」
「おはわり」
こちらが言い終わるやいなや、勝宏が皿を突き出してきた。
麺類は一度に結構な量を流し込めてしまうため、最早わんこそば感覚である。
「ちょ、ちょっと待ってね……」
既に茹であげた分も持ってきてはいるが、これは追加で麺を用意する必要がありそうだ。
日本で茹でてきたものを勝宏の皿につぎわけながら、詩絵里に頼んで火を起こしてもらって麺を投入する。
詩絵里と透は一皿で充分。
以降は早々に勝宏のスパゲティ版わんこそば大会が繰り広げられはじめた。
……と、そこで詩絵里が周囲の視線に気付く。
「透くん、他の同乗者さんたちも食べたそうにしてるけど、どうかしら」
「え? あ、はい。麺はこの間特売で買ったものがまだたくさんあるので……クリームソースもかさましできます」
「だそうよ。うちの料理自慢の絶品スパゲティいかが?」
詩絵里がこちらを見ていた同乗者たちに向けて、さらりとハードルを上げていく。
なんのハードルかってもちろん、透の腕への期待度である。
料理チートなんて持ってないので、そんなに期待されても。
麺も市販の特売品だし。
おろおろする透をよそに、同乗者たちは鍋を囲むように周りに座り始めた。
「ご相伴にあずからせてもらえるか?」
「これ、シチューなの? 食べてみたいわ」
一般市民の四人家族や冒険者、商人のような格好をした男性など、総勢十五名。
どうやら前方で止まっている馬車からも人が流れてきているらしい。
「え、えっと、お皿……用意してきます」
「大丈夫よ透くん。こんなこともあろうかと、アイテムボックスに食器大量にしまってあるから」
日本に戻ろうとした透の肩を、詩絵里ががっしりと掴んで言った。
「は……はい……」
それから、麺を茹でては皿に盛る作業が続いた。
ホワイトソースをからめる作業を買って出てくれた詩絵里とともに、さながら炊き出しか小学校の給食当番である。
「これはうまい! どっかで店でも出してるのか?」
「ばかね、なんのためにこの馬車に乗ってると思ってるの。きっとラークロクトの人気店の料理人よ! 今回は食材の買い出しか何かでしょ?」
「ひっ……いえ……あの……その……」
冒険者らしき男女ペアに突然話しかけられ、透が怯む。
詩絵里が割り込んで遮ってくれた。
「ごめんなさいね。うちの料理自慢は口下手なのよ。お店は出してないけど、将来的には考えたいそうよ」
えっ、そんなこと言ったっけ。
あ、あれか。勝宏と二人で何気なく話していた妄想料理店のことか。
何も話せずぱくぱくと口を開閉するばかりの透をよそに、詩絵里と冒険者たちの会話が進む。
「そうだったのか。店を出したら絶対来るからな!」
「うんうん、また食べたいわ。店の名前や場所は考えてるの?」
「まだそのへんが曖昧なのよねえ。でも、料理人の名前は「トオル」よ。店を始めることになったらよろしくね」
その場限りのお世辞だろうが、それにしたって期待が重い。
透には、もうこの世界で店を出さなければならない方向に話が進んでいる気がしてならない。
ちなみに、勝宏は会話に参加せずひたすら食べ続けている。
「このソースには、胡椒などの高級調味料がふんだんに使われているね? 店を出すとなったら、そうとう高い値段になるんじゃないかな?」
クリームソースに舌鼓をうっていた商人らしき男が話に加わってきた。
「そうね……透くんだったらどういう値付けにする?」
「あ……えっと……」
回答に困っているところ、詩絵里が「日本の価格なら一皿いくらにする?」と耳打ちで補足してきた。
なるほど、そこからこちらでの値段を再計算してくれるつもりらしい。
正直、こんな独身男の作る簡単手料理などただでもいい。
だが、日本で店を構える前提で考えるなら、300円~500円は取った方がいいのかもしれない。
300円~500円くらいです、とぼそぼそ呟くと、詩絵里が承知したとばかりに大きく頷いた。
「店でこの料理を出すなら、一皿銀貨三枚だそうよ」
「えっ」
銅貨一枚の価格がだいたい、日本でいうところの自販機の缶ジュース一本分くらいの価値である。
透が伝えた金額をそのままこちらの世界の通貨に置き換えると、銅貨4枚~6枚程度の値がつけられれば充分なはず。
驚愕する透に続き、話を聞いていた同乗者たちも驚きに目を見開いた。
ほらやっぱり、銀貨三枚は高すぎますって。
銀貨一枚が、日本でいうとだいたい百円ショップの商品を十個購入できるくらいの価値だ。
この価格基準でサイドメニューなんかも頼もうとすれば、ちょっと贅沢なランチに行くくらいの金額になってしまう。
「そんな安価で出してしまうの?」
「材料費だけでも赤字だろ? 経営に詳しいやつ、商業ギルドで紹介してもらった方がいいんじゃないのか?」
あ、はい。
高すぎるって意味で驚いてるんだよね? と思いきや、低すぎることに驚かれているパターン。
これもよくある話だが、まさかいつもどおりの昼食をふるまっただけでこの王道展開の当事者になるとは思ってもいなかった。
もう一度言うが、ただの独身男の作る簡単手料理である。
一流シェフの転生者どころか、飲食関係に勤めていたことすらない。
「この価格は身内の私も納得の金額よ。ぜひお得意様になってね」
駄目だ。
会話に参加しているつもりになるから気を揉むのだ。
無心になろう。
無心でパスタを茹で続けます。
からになった勝宏の皿に何度目かのわんこそばをしながら、透は詩絵里たちの会話をそっと意識の外に排除した。
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