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竜の胃袋まで掴むと思わなかったけど日本のごはんはおいしいよね(2)

「まあ、元気になってよかったな! 人間は襲うなよー?」  小さくなった黒竜に目線を合わせ、勝宏がわしわし頭を撫でる。  されるがままの竜は機嫌よく喉を鳴らした。  これを討伐するわけにはいかないわよねえ、と呟いた詩絵里に、ふと気になったことを訊ねてみる。 「詩絵里さん、この子のステータスとか見れますか?」 「ああ、そうね。見てみましょう」  人間のステータスしか覗けないのかと思っていたが、先日詩絵里が魔物転生者のステータスを確認していたことを思うに、魔物や動物などのステータスも見ることができるようだ。  彼女のスキル発動を待つ。  難しい顔をした詩絵里が、こちらを振り返った。 「……名前欄に、名前らしい記載がないわ。代わりに「再生神ウロボロスの贄」って書いてある」 「なにかの生贄ですか?」 「そうみたいね。傷の経過や怪我をしていた箇所からしても、何かの宗教で生贄の羊みたいな扱いを受けていて、命からがら逃げ出してきた……ってところじゃないかしら」  火の竜神をまつる宗教団体によって地竜の肉や骨が使われている、という話は以前聞いたことがある。  地水火風どの竜神かは定かではないが、彼女の言う通りならそういった宗教がらみの可能性は高い。  詩絵里と話している間、じゃれついてくる黒竜を抱きとめて笑っていた勝宏が「えっ」と声を上げる。 「こいつの傷、戦ってできたんじゃなくて儀式に使われてできた傷ってこと?」 「たぶんね。両翼同じ位置に杭をうちつけたような傷跡があったでしょ。私が知ってるのは、水竜の儀式に生きた火竜の子を使うものだけど……確か魔方陣の上に寝かせて、計五箇所定められた位置に杭を刺す工程があったわ」  遠目に見ていただけの透だったが、杭のあとのような傷は二箇所だけだったように思う。  この黒竜が火属性には見えないし、水竜の儀式とはまた別物だろう。  だが、似たような状況であることは確かだ。  縮んだ黒竜とあっという間に仲良くなって遊んでいた勝宏が、表情を曇らせる。 「俺も魔物は普通に倒してきてるけど……そういうのはなんか、可哀想だよな」 「どうする? 今はいいかもしれないけど、このまま放っておいて町を襲うようになったら後味悪いわ」 「でも、もう討伐なんて……」  詩絵里の言わんとすることを察して、黒竜の頭を抱きしめる勝宏。  透にはもう、あれにしか見えない。  つい拾ってきてしまった犬猫を抱えて「おかーさん、この子飼っていい?」、「捨ててきなさい」、「ちゃんとお世話するから」のやりとりをする場面だ。 「なあ、おまえさっきのでかい姿に戻れたりしない?」 「ぎゃう?」  勝宏の問いかけに、黒竜が首を傾げる。  それから、こくんと頷いた。  これまでは言葉が通じているのかどうか分からなかったが、明確に勝宏の言葉に反応している。 「ぎゃう!」  紫色の魔力の光を放ちながら、黒竜がもとの巨大スケールに戻った。 「へえ、伸縮自在なんだな! すごいなクロ!」 「勝宏、もう名前までつけてる……」 「……飼う気ね、あれは間違いなく」  空に向かって大きく咆哮した竜――クロは、そのまま体を地面に伏せた。  不調かとも思ったが、どうやら違うらしい。 「乗れって?」 「ぎゃうー!」  クロの首から背中へと、勝宏が飛び移る。  勝宏が背に乗っても、クロは首を上げようとしない。  彼だけではなく、透たちも乗せてくれるようだ。 「移動手段としては悪くないわね」 「そ、そうですね……」  命綱も安全ベルトもなにも用意せずに、ドラゴンで飛ぶんだろうか。  さすがの度胸、詩絵里は気にした様子もなく勝宏に次いでクロの背中に飛び乗る。  透だけ躊躇していると、先に乗り込んでいた勝宏が一旦首元まで降りてきた。 「ほら透、手貸してやるよ」 「あ……ありがとう……」  差し出された手をはねのけるわけにもいかず、観念して引っ張り上げてもらう。  きっと勝宏は、透が詩絵里のように跳躍でひらりと飛び乗ることができないのだと思って手を貸してくれたのだろう。  確かに真似はできないが、透が気にしているのはそこではない。 「透、一番前と真ん中と後ろどこがいい?」 「え……あ……えっと……」  背に乗っただけで既に高い。まだ離陸前ですが。  透も高所恐怖症ではないつもりだったが、それは安全が確保されている前提での話である。 「よし、前に乗ろう」  待って。一番前は一番怖いやつでは!  笑顔でエスコートしてくれる勝宏は、内心悲鳴を上げている透に気付かない。  全員が座ったことを確認してか、クロがもたげていた首を上げた。  飛行機が滑走する時の傾きよりも急だ。  頭に座らされた透が固まっていると、後ろから勝宏の腕が回ってくる。 「……大丈夫、こうしたら落ちないから」  耳元で、勝宏がぽそりと囁いた。  分かってやっていたのかとか、怖がっているのが分かっていたならからかわないでほしいとか、そんな文句をつける暇もないまま。 「よーし、クロ! あそこに見える塔まで飛ぶぞー!」 「ぎゃう!」  クロが無慈悲にも羽ばたきをはじめた。  やはり、空路で進むのは有効だ。  馬車よりもずっと早くに到着したことに感動している詩絵里の横で、透は空の旅にげっそりしている。  勝宏は、緊張するならこっちに体を預けてくれていいと度々言っていたが、それはなんとなくはばかられた。  かといって前傾姿勢をとると、あらゆるものが豆粒になった高度から地上が見えてしまうのである。  ひたすら青い顔だった透を、小さいクロを抱きかかえた勝宏が心配そうに覗き込んでくる。  寝泊りに使っていた部屋に入ると、ソファにルイーザが転がっていた。  休憩中のようだ。 「ただいま、ルイーザ。攻略進捗はどう?」 「遅れは取り戻しました! あの、在庫の方は……?」 「ばっちりよ」  言って、詩絵里がアイテムボックスからポーション類などの消耗品をすべて取り出した。  ルイーザがそれらをアイテムボックスにしまいなおして、ステータス画面から在庫数を確認する。 「ちゃんと詩絵里さんの分抜いてます?」 「その分は残してるわ。あとはそれで全部よ」 「ありがとうございます、助かっちゃいましたー!」  女性二人の話を聞きながら、大きく深呼吸をひとつ。  酔ったわけではないのだから、いつまでも引きずってはいられない。  透が気持ちを切り替えようとしているところ、ルイーザが勝宏の腕の中の生き物に目を遣る。 「ところで、その子は……?」 「勝宏くんが拾ってきたペット候補よ」 「ぎゃう……」 「あれ、おなかすいたーって言ってますよ」  そうか。そういえばそろそろおやつ時かもしれない。  夕食の準備にもとりかかる頃合だ。  ……と、思わず納得しかけてしまったが。  その場にいた三人全員が、何気ない言葉に彼女を二度見した。 「ルイーザ、このドラゴンの喋ってること、分かるの?」

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