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竜の胃袋まで掴むと思わなかったけど日本のごはんはおいしいよね(3)
詩絵里の問いかけに、ルイーザがきょとんと目を瞬かせる。
「わかりますよー? あれ、言ってませんでしたっけ?」
「戦わずにレベルが上がってしまうスキル、としか聞いてないわ。スキル効果なの?」
「そういえば、そうでした! えっとですね、私、乙女ゲームのシステムをそのまま引き継ぐチートスキルなんです」
だからステータス画面も乙女ゲーム仕様で、レベル上げも乙女ゲーム準拠だからダンスとかやらないといけなくて。
と、彼女の口からスキルについての説明が入った。
詩絵里がスキルを使えば彼女のステータス欄は確認できただろうが、ルイーザとは契約の件もある。
信頼を得るために、これまでステータスを覗こうとはしなかったのかもしれない。
「私の能力の基準になっている乙女ゲームの主人公は、作中どんな生き物とでも会話が出来る精霊の愛し子……という設定でした。
ウィルさん以外の精霊とは会ったことないですけど、動物たちと会話できるってとこだけ引き継いでるみたいです」
ということは、これまで彼女は意志疎通が可能な魔物を相手に前線で戦ってきたのだろうか。
敵対する魔物の言葉も聞こえてしまうのかどうかは少し気になるが、触れてはならない問題のような気もする。
そっと心にとどめておこう。
「へえ。クロ、おまえ腹減ってるんだ?」
「ぎゃう!」
「そっかそっか! 俺も何か食べたいかも」
勝宏が抱きかかえたクロに話しかけている。
はい。飯炊き係、いきます。
「あ、でも……ドラゴンって何食べるんだろう。人間と同じもの出していいのかな」
「いいんじゃない? 状態異常耐性持ってるダークドラゴンが塩分過多で体調崩すなら、塩は今頃ドラゴン討伐隊の必須アイテムになってるわよ」
それもそうだ。
詩絵里の言葉に納得して、日本に戻って冷蔵庫を漁る。
生肉とかをそのままパックで買ってきた方がいいのかな、とも思ったが、一緒のものを出していいなら手間がかからない。
夕食前なので軽くつまめるものがいい。
余っていたホットケーキミックスで揚げドーナツを作ることにした。
半分ほどフルーツやチョコレートなどを包んで揚げ、残りの半分はパンケーキにする。
スフレっぽさを出すために型を使ってみたが、なかなか上手くいった。
アイスを添えて人数分皿に盛りつけ、再び転移。
女性メンバーには紅茶を、勝宏には甘いカフェオレを。
クロには少し迷って、はちみつを混ぜたホットミルクを用意した。
「これは……これは……透くんの罪は重いわ……」
「ダイエットの敵ですね……うう……カロリーおいしい……」
ぼそぼそと呪詛を呟きながら、女性陣の表情は実に幸せそうである。
一方、いつもは出されてすぐにがっつく勝宏が、今回はまだ自分の分に手をつけていない。
皿の上の謎の塊を警戒するクロに、世話を焼いているようだ。
「クロ」
勝宏が、自分のパンケーキを一口かじってみせる。
その様子を見たクロはようやくこれが食べ物だと認識できたようで、皿に口を付けた。
みるみるうちに減っていくクロのパンケーキを見届けて、勝宏もいつも通り機嫌よく食べ始める。
「晩ご飯もあるから、おかわりはなしだよ」
「ん!」
今にもおかわりを要求してきそうな勝宏に、先手をうって釘をさしておく。
すっかり完食したクロが、アイスでべとべとの口のまま透にすり寄ってきた。
ご満足いただけたらしい。
しかし、これはいつかの勝宏によるフライドポテトの塩を彷彿とさせる。
ペットは飼い主に似ると言うが、最速でこんなところを似せてこなくてもいいんだよ。
アイスでべっとり汚された上着をそっと脱ぎながら、悪気はないのだろうクロの頭を撫でる。
「ぎゃうー……ぎゃう!」
クロが何かを主張しはじめた。
伝えたい内容までは分からないので、ルイーザを振り返る。
アイスクリームから目を離さずに、彼女が通訳をしてくれた。
「ぱぱ、まもってくれる。まま、ごはんをくれる。みたいなこと言ってますけど……」
「あら……既成事実成立おめでとう、勝宏くん。狙ってやったなら相当な策士よ」
「きせ……?」
「ごめんなさい。勝宏くんにそんなもの狙えるわけがなかったわね」
ルイーザの通訳から何かを察した詩絵里が、勝宏に話を振る。
勝宏は単語の意味が理解できないようで、首を傾げるだけである。
既成事実は分かるが、勝宏と誰の話だろう。
「ダークドラゴンは子供が卵からかえると、メスが狩りに出て餌を用意してきて、その間オスが子を守るのよね。
その子にとって、勝宏くんと透くんがそれにちょうどあてはまったんじゃない?」
詩絵里が追加で解説をする。
どうやら、ドラゴンにまで飯炊き係と認識されてしまったらしい。
「透さんママになったんですね! 今日はお赤飯ですか?」
「産んでません」
ドラゴンを産んだおぼえはない。
だが、詩絵里の推測で語られたクロの境遇を思えば、親というか保護者代わりの存在は必要かもしれない。
透にとっては親の記憶などもうずっと遠い話になってしまったが、そんな自分でもいいのなら。
「よろしくね、クロ」
「ぎゃう?」
「そうして、母親になることを決意する透さんだったのでした――」
変なナレーションをつけるのやめてください。
ほら、勝宏もびっくりしてフリーズしてるし。男二人ならべてパパママはないだろう。
「く、クロ……パパダヨー……?」
動転した様子の勝宏が、目を白黒させながらクロに手を振ってみせている。
しかし、それは人間の赤ちゃんにする仕草だ。
バグっていらっしゃる。
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