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明日世界が終わるなら、最後の夜は誰と過ごしたいですか?(2)

 背景を知らない彼女たちにとって、男が男に指輪を贈るという状況は理解できないものかもしれない。  チートスキルのことを「ギフト」、転生者ゲームのことを「神の戦い」と言い換えて、たどたどしいながらもどうにか説明を入れる。  勝宏が、戦闘向けのギフトではない透を守るために同行してくれていること。  透のギフトには、石になりかけたり女になったりする奇天烈な副作用があること。  それらを解決するために彼が力を貸してくれていること。  ウルティナの一件については、公爵令嬢の名前を伏せて、問題ない範囲で。  指輪をつけるようになったのは、ウルティナの一件で少しばかり情緒不安定になっていたからだということも。  うまく言葉が出てこない透の話は聞き取りにくかっただろうが、二人は言葉を遮ることなく真摯に聞いてくれた。  話し終えて、ここまで言えば恋愛話にはなりもしないと分かってもらえるだろうと透が息をついたころ。 「え……なんか……え……なにそれ……あたし今、すごい話聞いちゃった……」  ネールが声を震わせた。  ヤヨイは両手で口元を押さえて目を見開いている。  恋の話だと思ったら男同士の問題だった、となると興味も殺がれたはずだ。 「あの、だから俺は……」 「でも師匠、その気持ちは恋だよ。間違いない。あたし、エリアスに気持ちを伝えるまでずっとそんな感じだったもん」  ネールの言葉に、ヤヨイが頷いている。  ここまで事細かに説明してなお、恋バナ続行である。  ひょっとして、勝宏とのそれは本当にはたから見ると恋愛関係に思われるような経緯なのだろうか。 「マサヒロも神の戦いに選ばれた人間なんでしょ? いつか殺しあうことになるかもしれない相手を好きになっちゃったら、言いにくいのは当然だよ」  実際は透は転生者――神の戦いに選ばれた人間、ではないのだが、さすがに詩絵里の許可なしにそこまで説明するわけにはいかない。  そこを伝えれば誤解はとけるのか、と頭を悩ませていると、ネールが恋愛前提で話を進めてきた。 「でもね、あたし、エリアスへの気持ちを伝えようか迷っていた時に、ある人に言われたんだ。 もしも明日世界が終わるなら、最後の夜は誰と過ごしたいか、って」  偶然だが、それは少し前に透も考えていたことだった。  ただのたとえ話に過ぎない。  だが、こういうたとえ話を考え始めると、決まって真っ先に浮かんでくるのは勝宏のことだ。 「そしたらあたしは、エリアスとキスして終わりたいなって思ったの。師匠はどう? 誰と一緒にいたい?」  本当に世界が終わるなら、きっと最後の夜、透は勝宏のそばには行かないだろう。  彼にだって最後に会いたい人はいるはずで、そのひとときを透が邪魔するわけにはいかない。  けれど、たとえ話なら。  空想の中、終わりを迎える世界で、勝宏の隣にいるのは透だった。 「死ぬかもしれない時に一緒にいたいなって思う相手、それは世界で一番好きな人なんだよ」  実際のところ勝宏は、明日世界が終わるとなったら一人であちこちを駆け回って世界滅亡を食い止めてしまうタイプのひとなんだけど。  最後の夜に透が選ばれるどころか、どこかに居るらしい彼の好きな人さえも、最後の夜を一緒に過ごすことはないだろう。  それはもう、至極前向きな意味で。  そんな勝宏だから、俺は――。 「……あ」  俺は。  ……その先に浮かんだ言葉に、愕然とする。  彼との旅にもう同行できないと思って胸が苦しくなったのは。  彼の婚約騒動で、この指輪を後生大事に身に付けていたのは。  他の男の手に落ちようかという時、閉じた瞼の裏で彼を思ってしまったのは。  全部。  ……全部。 「納得した? 男同士かもしれないけど、師匠、女の子になれるんだったらだいじょぶだよ。 ぜんっぜん問題なく、あたしたちと同じ手が使えるって!」 「お、同じ手……?」 「色仕掛けからの既成事実。押して押して押しまくるの! ね、ヤヨイ」 「一緒にしないでください。 ……まあ、でもマサヒロさんの言動や印象を考えると、既成事実さえ作ってしまえばこっちのもの、という気もしますが」  ヤヨイの意見は非常に的を射ている。  裸を見ただけで責任取る、と言ってきた勝宏だ。  関係を持ったとなれば、たとえ他に意中の相手がいたとしても彼はその責任を持とうとするだろう。  だめだ。  知ってしまったからにはもう、これは。  墓まで持っていかなきゃならない秘密が増えただけだった。  先日、透がしでかしたあの夜のことは、勝宏には絶対に知られてはならない。 「けど、その、勝宏には……他に、好きな人が……」 「別に妻が二人いてもよくない? 確かに女からすればちょっと妬けちゃうけど、神の戦いに選ばれた人間の子孫ならたくさん残すべきだよ」  女性二人でエリアスの両脇を固めるのがデフォルトな彼女たちには、それこそなんの問題にもならない話だったようだ。  しかし、一夫多妻は日本人としての記憶のある転生者や、こちらの世界に少しお邪魔しているだけの透にはなかなか馴染みのない考え方である。  透の方は、二号さんでいいにしても、だ。  勝宏は、複数の相手を娶るなんて考えもしないだろう。 「どう? 師匠、いけそう?」 「……ありがとう、ございます」  ネールは「告白できそう?」という意味で訊ねてきたのだろうが、ぎこちない笑顔で返した透の礼は真逆の意味を込めていた。  一切合財、全部封印だ。  あの夜のことも、この気持ちも、彼に知られてはならないものとして認識することができた。  大丈夫。  分かっていれば、もう間違えない。

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