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明日世界が終わるなら、最後の夜は誰と過ごしたいですか?(3)

 告白する決心がついたと思い込んだネールたちは、ようやく透を解放してくれた。  まあ、彼女たちの「恋バナ」のおかげで、気をつけるべきこと、警戒すべき点がはっきりしたのは実際ありがたいことだ。  エリアスの拠点となるダンジョンに直接お邪魔するわけにはいかないが、ダンジョン入り口に手紙を添えてお礼の差し入れを置いていくくらいならしてもいい気がする。  今度考えておこう。  次いで、勝宏たちの滞在する尖塔へ向かう。  詩絵里の提案によって、透の長期の単独行動は拠点とするダンジョンを探すため……ということになっているが、勝手に出て行ってしまったことを詫びて、頼まれていた避妊具を渡すのだ。  よほど詩絵里に頼もうかとも思ったものだが、透の都合で口裏を合わせてもらったり、深夜に対応してもらったりとただでさえ頼りきりの状態。  これくらいは自分でこなさなければ。  塔のリビング代わりに使っている部屋に転移する。  そこではルイーザがくつろいだ体勢でステータス画面をチェックしていた。  五日ぶりに会った透を見て、彼女がおかえりなさい、と姿勢を正す。 「お、お久しぶりです……すみません、長いこと留守にしてしまって」 「私としては、おいしいごはんが食べれればぜんぜんオッケーです。もう探索は終わりですか?」 「あ、いえ……勝宏に頼まれていたものが用意できたので、途中で切り上げていったん戻ってきました」 「じゃあまた出るんですね。私はスキルリストを見ながらのんびり待ってますよー」  彼女がソファで寝そべって見ていたのは、ステータス画面というよりポイント交換のスキルリストページだったようだ。 「スキルリスト、ですか」 「あれ? 透さんには言ってませんでしたっけ? 私、この間のダンジョン攻略イベント、無事一位になれたんですよ」  それは初耳です。  あの日、透が翌朝を待たずに出て行ってしまったあとで、ランキングの集計結果が出たのだろう。 「すごい……おめでとうございます。その、お祝いが遅れてしまったけど、今日は何か、おいしいもの用意しますね」 「おっ! じゃあじゃあ、いつものごはんにデザートをつけてほしいです! 透さんの手作りでも、日本の市販のケーキでも!」  こうやって希望のものを伝えてもらえるのは助かる。  彼女のリクエストを受けながら、そういえば、と部屋を見渡した。 「あの、詩絵里さんと勝宏は……?」 「詩絵里さんは今、空路からウルティナさんのところに行ってます。 塔をこのまま借りててもいいかっていう話をしにいったんだと思いますよ」 「そうですか……」 「勝宏さんはちょっとわかんないです。 いつのまにか居なくなってたんですけど、透さんが帰ってきたらすぐに会えるように遠出はしないっていつも言ってますし」  勝宏に例のあれを渡すために戻ってきたのだが、間が悪い。 「ていうか、遠出どころか塔からほぼ出ないです」  出直すか勝宏の寝室に置いてくるか……と考えていたところだったので、ルイーザの補足情報はありがたい。  それなら、他の階の部屋を見て回れば会えるかもしれない。 「探してみます」 「はーい、いってらっしゃいです」  リビングを出て、ひとまず下の階に降りる。  上はもう他のダンジョンに転移するための扉が並ぶばかりなので、勝宏が塔から出ていないなら下の階層の方が可能性がある。  部屋をひとつずつ覗いて、勝宏の姿が見えなければ下の階へ。  リビングのある部屋から三階ほど降りたその時、急に階段そばの部屋へ引きずり込まれた。 「透」  何事かと思ったが、透の腕を引いたのはちょうど探していた勝宏だった。  ドアを背にした勝宏の手によって、部屋の鍵がかけられる。 「あ、……えっと、その……ひ、久しぶり」  ちょっと白々しすぎるだろうか。  詩絵里の力を借りずに勝宏と会うと決心したが、具体的に何を話そうとか、どう切り出そうかとか、そのあたりに関しては全くの無策で来てしまった。  透の言葉に、勝宏が生返事で頷く。 「あ、あの……?」  なんだか様子がおかしい、気がする。  透が部屋から逃げないように入り口をふさいだままの勝宏が、口を開く。 「……詩絵里には何度も会ってたんだろ」 「う、うん……その……か、勝手にいなくなって、ごめん」  やっぱり、怒ってるんだ。あの夜のことが知られたわけではなさそうだが、優しい彼のこと。  勝手に行方をくらました透を心配してくれたのだろう。 「俺のこと避けてるだろ。……なんで?」  いつか見た表情で、勝宏が問いかけてきた。 「そ、それは……」 「言えないこと? 詩絵里には相談するのにか?」  気まずさから彼と会うのを避けていたことも、詩絵里には会っていたことも、気付かれてしまっている。  戻ったらきっと、何のいさかいもなく勝宏が迎えてくれると思っていた。  心配したんだからな、と唇を尖らせて、ところで今日の飯なに? なんていつも通りの会話に入れると思っていたのだ。  自分が甘かった。  これほど怒らせてしまうことをしでかしたのに、その自覚が薄かった。  予想外の事態と自己嫌悪で処理しきれなくなりかける頭を必死で動かして、彼へ返すべき言葉を探す。 「まあいいや。おまえが俺の前からいなくならなきゃそれで」 「え?」  許してもらえた、という雰囲気ではない。  唐突な彼の台詞に混乱する透へ、勝宏がさらに追い打ちをかけた。 「ずっとここにいるよな? 透は、俺のそばからもう離れない。そうだろ?」 「勝、宏……?」  明らかにおかしい。  既視感のある彼の様子は、ウルティナの一件の――勝宏が暴走した、あの時のものに酷似している。  彼から無意識に逃れようと、少しずつその場を後退る。  勝宏は、透が逃げる以上に大股で詰め寄ってくる。  膝裏に簡易ベッドが当たって、その上に倒れこんでしまった。  使われていない部屋に置かれたベッドのシーツが、わずかに埃を散らす。 「透――」  透の上に、勝宏が覆いかぶさる。

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