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ヒロインはどこだ?(1)

 詩絵里とルイーザによって、自分たちで収集すべき素材のピックアップが済んだ。  賢者の石、世界樹の種、エリクサー、ギベオンである。  最初の三つはともかく、ギベオンなら少々金を出せば日本でも購入できる気がするのだが、軽率な行動はとらずギベオン入手の段階になったら提案してみることにしよう。  まずは1つ目、賢者の石だ。  これも同じく、辰砂――水銀か何かのことかと思ったが、それならば詩絵里が日本での入手を考えないはずがない。  この世界における賢者の石は、きっと普通の素材ではないのだろう。  まあ、いざ水銀を持ってきてくれと言われても、なんの資格も持たない透が入手するなら海外で手配することになってしまう気がするが。  目的の賢者の石は、魔法都市マールヴィットで入手できるという噂があるらしい。  さっそく塔から出て、クロの背中に乗って目的地までひとっとび。  ……の、はずだったのだが、とうとう本日初めて、恐れていた事態がやってきた。  墜落である。  火山帯を抜ける最中、空中でフレアドラゴンの群れに攻撃を仕掛けられ、全員が落下。  皆怪我こそなかったが、戦いながらの移動を余儀なくされてしまった。 「な、なんか……どっと疲れたわね……」 「おー……」 「うーん、空の旅でラクばっかりしちゃだめですね……反省です……」  パーティーメンバーにも三者三様の疲労が見える。  透はというと、戦闘で魔法を連発したおかげで先ほどから女体化して声が出せない状態である。 「でも、もうそろそろ着くんだろ?」 「ええ……ほら、あれよ。あの門がマールヴィットの最大の特徴、魔動門よ」  詩絵里が指さした先には、壁に覆われた町と、巨大な門があった。  両脇に豆粒ほどの門番が二人、退屈そうに仕事をこなしている。 「魔動門?」 「上空とかにバリアー張ってる門、他の町でも見かけたことあるでしょ? あれを作ったり修理したりしてるのがこの町の魔法使いたちなのよ。技術者が一か所に集まっているから、この町の門は特別製なの」  首をかしげる勝宏に、詩絵里が解説を入れる。  あ、そろそろお昼時か。  下準備だけ済ませてきてもいいかな。  十分ほど日本でお昼ご飯の準備をしてきます、とメモに書いて見せ、それを確認したルイーザが「了解です」と頷いた。  特製ソースに鶏肉を漬けて寝かせ、味がしみ込んだらバターで焼く予定である。  買っておいた鶏肉にさっと下処理をして、きっかり十分で日本からこちらの世界に戻ってこれた。  その十分の間に、疲れの色を見せていた三人はある程度体力を取り戻したようだ。  息を整えながら歩いていたはずの詩絵里が、平然と町の説明をしている。  ただいま戻りました。  とまではさすがにメモで書いて見せるのもどうかと思う。  少し迷って、詩絵里の肩をつついた。 「おかえりなさい。今日のお昼も楽しみね」  メモによる筆談を使えば重要な話は伝達できる。  だが、今日のメニューのこととか、重要性に欠ける雑談がしづらくなってしまうのはやっぱりちょっと不便だ。  彼女の言葉に笑みを返していると、目前に迫った門――の、門番から声をかけられた。 「見つけたー! この世界のヒロイン!」 「……へ?」 「……は?」 「はい……?」  ヒロイン、と呼ばれて、門番の男に肩をつかまれたのは詩絵里でもルイーザでもなく、透だった。  人違いだと思います。  門番の彼の名前はフランク。  出身・農家、職業・門番(右の方)、日々、門番の仕事をしながら「この世界のヒロイン」を探しているらしい。  彼の探す女性の特徴としては、「失われし古代の時空魔法の才能を見出され、庶民でありながら学院に通うことになる女の子」なのだそうだ。  時空魔法の中には、転移術なども含まれているとのこと。  あー、さっき一瞬だけ日本に戻ったのが見られていたんだな、これ。  そして何より、女体化した透の外見が非常に彼の探している女性に酷似しているとも聞かされた。 「ヒロインは、おまえだな」  でも人違いです。  ぶるぶると首を振るが、「はじめはみんなそう言うもんだ」とまるで犯罪者を詰問するかのような台詞が返されてしまった。 「いいか、おまえはこのあと学院で、イケメンの男どもに囲まれることになる。 その中から好みのやつを選んで、そいつと一緒に悪の組織を叩け。 悪の組織の件は一から十まで全部俺が情報を与えてやる」  近い。そして情報量が多い。  透が目を白黒させていると、ルイーザが透の手を引いて連れ戻してくれた。 「もしもし? あの、透さんに何か用です?」 「ああ、付き添いか? なんとも、説明しづらいな……俺は未来が見える……って言ってもどっちみち信じないだろうし……」  門番(右の方)の同僚が暴走しているというのに、左の人はやる気がないのかいつの間にか座り込んでいびきを立てている。  彼が眠っているから、フランクも仕事をほっぽりだして話ができているのかもしれない。 「しかしトールってまた男みてえな名前だな。まあうっかり主人公にジュウベエって名前入力した俺が言えた義理じゃないが……」 「名前入力? ちょっと待って、あなたのその未来がどうとかいう話、詳しく聞かせてくれるかしら」  ぶつぶつ呟いているフランクの言葉を拾い上げて、詩絵里が前に出る。  彼女に服の裾を引っ張られ、意図を察してメモとペンを手渡した。  ――この男、ほぼ間違いなく転生者。  ――おそらくこっちは気付かれていない。話を合わせて。  フランクの言葉を書き取るふりをして、詩絵里が後方にいる透たち全員に見える位置でメモをちらつかせる。  念のため、ルイーザと勝宏をそれぞれ見やると、二人は無言で透に頷きを返した。 「俺は未来に起こることがわかるんだ。このあとしばらくすると、魔物たちのスタンピードが起こる。 だがそれは人為的なもので……そいつらの企みは、この世界のヒロインであるトールが攻略対しょ、もとい、恋人候補とともに解決しなきゃならない」

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