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君を守る力(1)

 攻略のためマリウスの家に通うのは、基本的に夜間だ。  このまますべてうまく事が運べば、賢者の石は手に入る。  すると足りない素材はあと世界樹の種とエリクサーとギベオンの三つである。  詩絵里たちに相談して、透は日中、コア未登録ダンジョンをウィルとともに探すこととなった。 『このあたりだと、出入り口の存在しないフロアはあと二か所だな』 「うん、お願い」 『いいけどよ、おまえがダンジョン探しに必死になる必要はないんじゃねえか』  エリアスの時、比較的簡単に見つかったのは運が良かったのかもしれない。  だが、ダンジョン探しは透だからできること。  ちょっと見つからないからといってあきらめるわけにはいかない。  意気込んでいると、ウィルが「まさかとは思うが」と詰め寄ってくる。 『透おまえ、あいつらとこっちに住む気じゃねえだろうな』  つい昨晩考えていたことをそっくりそのまま言い当てられてしまった。 「それは……その」  まだそうと決めたわけではない。  自分がこちらの世界に居たい理由のほとんどは勝宏で、彼には別に想いを寄せる女性がいる。  その人が転生者なのかこの世界の住民なのかは分からないけれど、できることなら、以前詩絵里が話していたような「ダンジョンに村をまるごと格納してダンジョン村を作る」方向でその女性も勝宏もダンジョンに住んでほしい。  勝宏たちが暮らす隣に家を用意して、そこで寝泊まりすれば毎日でも会うことができる。  偽りの世界といっても日本と同じように時間が流れ、転生者たちは年齢を重ねている。  きっと透がここにとどまれば、時を同じくして生きていくことができるだろう。  ただ、勝宏の意中の女性がダンジョン暮らしを良しとしなかった場合。  こればっかりは透にはどうしようもない。  お隣さんとして一緒にいたい気持ちはあっても、安全と言い切れない外の世界で生活していれば、少なからず透はカルブンクやセイレンの力にも頼ることになる。  すると一時的とはいえ透の見た目は女になってしまうのだ。  見知らぬ女が周りをうろついていたら、さすがに良い気分はしないだろう。 『いいか透。この世界はアリアルの”巣”だ。間違いなく、アリアルに協力している人間もいる。そいつが外からこの世界のデータを削除してみろ、中にいるおまえはどうなる』  データの削除。  あえて考えないようにしていた可能性を言葉にされ、ダンジョン内を歩いていた透の足が止まる。 『転生者が入り込めないダンジョンを手に入れたところで、この世界が他人の手に握られていることに変わりはねえんだよ。俺としてはさっさとここを出ろと言いたいが――』 「勝宏たちを置いていくなんてできないよ」  この世界の元になるデータが削除されたら。  もしウィルの転移が間に合わなければ、透は命を落とすことになるのかもしれない。  だが、ウィルの力でもこの世界から脱出できない勝宏たちはどうなる。  消滅する以外に道がないだろう。  身動きの取れない勝宏たちにとって、それは「5分後の未来に世界中の核爆弾が爆発するとしたら」……とでもいうような、途方もない話なのだ。 『ったく妙なところで頑固だよな、おまえもよ』  次に頭に響いたのは、ウィルの呆れ声だった。  自分の考えが柔軟とは言いにくいことは理解しているつもりだけれど、頑固な人って他にいたかな。 『アリアルにとって、透、おまえは極上の餌だ。データを削除する前に、必ずおまえを捕食する手段を考えてくる。……それまでに、身の振り方を考えろよ』  それはつまり、透がアリアルという悪魔によって殺されるまではこの世界が消されてしまうこともない、ということの裏返しだ。  だとしたら、透がアリアルを追い払えるほどの力を持てば、勝宏たちは消えずに済むのかもしれない。 『おい、二つ目行くぞ』 「わかった」  強くなりたい。  皆の足手まといにならないように、じゃなくて。もっと明確な、力が欲しい。  昨晩と同じ時間。  適度に魔法を撃って見た目を女の子に変え、お菓子を用意してマリウスの元へ向かうと、彼はやはり周囲を気にしながら部屋の中に招き入れてくれた。 「来たか。昨晩はすまなかったな、商談の話になってしまって」  大丈夫です。  メモ帳に一言書き込んでみせる。 「チョコレートの件は、いずれ君の家に日を改めて、僕から交渉を持ち掛けることにしよう。もちろん日中に伺うよ」  それは困る。透は現在、詩絵里たちとともに宿暮らしである。  この街に実家があるわけではない。  少し悩んで、メモ帳に言い訳を綴る。 「なに……君は、実家を出てきたのか。ではケーキやクッキーに使ったチョコレートは……?」  少量であれば、自分で用意できます。  マリウスは透が書き込むメモ帳を食い入るようにのぞき込んでいる。 「なるほど。ではやはり、君とは直接取引を――ああ、いや、そうだな……」  透が持参したお菓子に手をつけることさえなく、マリウスが昨晩と同じような商談の話を展開し始めた。  これは、ひょっとして今日も進展なしかな。  考え込むマリウスを苦笑で見つめていると、ふいに彼から両肩を掴まれた。 「トール。君は、僕と結婚する気はないか?」  プロポーズ?  ルイーザから聞いていたシナリオの流れと大幅に違う。  プロポーズされるのはもっと後、四つ目のお菓子を彼に渡して、一緒に魔法研究を頑張ろうと約束するシーンのはずである。  これでは、お菓子は手元にある三つ目さえ日の目を見ないことになってしまう。  最大の目的である、クリア報酬の賢者の石はどうなるんだろう。 「僕は姉上の目を治すため、魔法技術を磨いて研究にも打ち込んできた。姉上の目を無事に治療することができれば、君の声も取り戻すと誓おう」  混乱している透に畳みかけるように、マリウスが迫ってくる。これでは、メモ帳へプロポーズに対する返事を書き込むことすらできない。  どうしよう、というところで、マリウスの肩越しにぬっと人影が現れた。  勝宏。  いつの間にか屋敷の中に侵入してきていた彼は、マリウスの首に手刀を叩き込んだ。  いや、勝宏の力でそれは、死にませんか?

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