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ほしいもの(2)※
「勝宏!」
「おい待て透、こいつ様子が――」
制止しようとするウィルの声が、途中でかき消えた。
振り返ると、今まで彼が座っていた場所には誰もいない。
人間態になっていた彼がもとの姿に戻ったような気配もない。
何が起こったのか理解できずに、勝宏の方へ向き直る。
そこには、ベッドから降りた勝宏がいた。
「お、起きて、大丈夫なの? まだ立たない方が」
「透」
穏やかな笑みを見せて、彼が手招きをする。
呼ばれるまま歩み寄ると、勝宏の腕に抱き寄せられた。
「捕まえた」
「え」
勝宏がスキンシップ過多なのは今に始まったことじゃない。
なのに、これはなんだか、違う、気がする。
「あの時のあれ、またやってよ」
「あの、とき」
「忘れてんの? うまそうにずっと俺のちんこしゃぶって離さないで、ずーっとぺろぺろしてたじゃん」
言われて思わず、彼の身体を突き飛ばしてしまった。
彼がベッドの縁に尻もちをつく。
「あ、あ、ご、ごめん俺」
自分を庇って大怪我をしたばかりの勝宏を突き飛ばすなんて。
慌てて傍に膝をつくと、勝宏は笑っていた。
「謝んなくていい。それよりほら透、舐めろよ。あの夜みたいに――」
あの夜の、ことは。
勝宏には知られているかもしれないとは思っていた。けれど。
「し、知って……」
「ああ。ちょっと誘ったらすぐ引っかかる。こんなエロいやつだったとは思わなかったな」
「う、あ……」
「舐めろ」
透の頭を、世界が目の前でぐるりと一回転したような感覚が襲ってきた。
力が、入らない。
「な、んで」
勝宏はそんなこと、言わない。
いくら俺の勝手に怒っていても、こんなことを望んだりはしない。
なのに、まるでそうすることが自然、みたいに。
震える手が、彼の着衣を乱していく。
下着をずらして、あらわにさせた下半身に、口をつけた。
今の勝宏は明らかにおかしいのに。
俺が、目を、覚まさせないと、いけないのに。
勝宏を。
勝宏、の……。
「透は俺のものだから」
透の拙い口淫でも、勝宏のそれはすぐに力を持ち始める。
「ここに居る限り、俺は何度でもこうして、これを透に味わわせてやる」
勝宏の、ああ、これ、すき、もっと。
彼のものを全部くわえ込めずにいると、勝宏が立ち上がって手伝ってくれた。
腰が大きくグラインドして、喉の奥までうちつけられる。
「んっ!」
体が、疼いてる。
ほしい。
勝宏の、太くてかたいものを、俺の中に――。
「”俺”は、透のことが欲しかった。昔から、あいつよりも俺の方が、透に目つけたのは早かったんだよ」
あい、つ?
「食われるためだけに存在する、終末の供物の子。血の一滴、髪の一筋、頭からつま先まで、心もその魂も、全部、透は俺のものだ」
勝宏、じゃない。
誰?
考えなきゃいけないのに、頭は霞がかったみたいにぼんやりしていて簡単に思考を放棄する。
喉の奥をごりごりしている肉棒のことしか考えられない。
「……こいつに目を付けたのは正解だったな」
中に射精されたものを咳き込みながら飲み込んでいると、勝宏の顔をした「誰か」が笑う。
「大きな欲望をただおまえ一人に向け続ける、この男を取り込めば――必ずこの巣の中に、おまえを呼び寄せられると思っていた」
急に、頭の中の靄が晴れていった。
いま、勝宏の中にいるのは――アリアルだ。
「また会いに来るよ。”私”に、今度はその身を……その血肉を、味わわせてくれ」
それだけ残して、勝宏は再びベッドの中に倒れ込んだ。
呼吸も、心音もない。
部屋にはただ、静寂が満ちている。
本来の「封印」はまさしくこういう状態、なのだろう。
動いていたのは、彼の中にいた”誰か”によるものだったというわけだ。
「……そっか」
彼が少女を庇って命を落としたあの事故は、真相は。
俺を呼び寄せるために、勝宏は、アリアルに殺された?
「俺のせいなんだ」
俺がいたから、勝宏は殺された。
俺が、生まれてこなければ、勝宏は。
すべての元凶が、今更誰に愛されたいって?
ばかばかしい。
彼が横たわっているベッドの傍で、床に座り込む。
……時間を巻き戻せたら。
何を引き換えにしてもいい、一緒にいた時間なんてひとつもなかったことになっていい。
巻き込まれただけの勝宏を助けられたら、どんなにいいだろう。
『あらあらボウヤ、泣きそうな顔をしてどうしたの?』
ふと、頭の中に第三者の声が聞こえてきた。
男性の声のようだが、女性のような口調である。
(あな、たは……?)
『アタシの名前はウロヴォロス・オフィス。イグニスやセイレンと同じような存在よ』
(ウロヴォロスさん……?)
『オフィスって呼んでちょうだい。ところでこの男の子、今にも消えそうにしてるわね』
ウィルと念話をしている時のように、相手の姿は見えない。
だが、このタイミングで声をかけてきたということは、もしかしたらオフィスの力を借りれば。
『セイレンと契約しているなら分かるでしょうけど、どうかしら? アタシともやっちゃわない?』
(対価は……?)
『対価はあなたの命――生命力。アタシの力なら、傷を癒すことも、失った手足を復元することも、死者を蘇らせることもできるわ』
(俺の命で、勝宏を蘇らせることは、できますか)
彼の身代わりになれるなら、大歓迎だ。
どこにいるのか分からないオフィスに問いかけると、オフィスはうーん、と唸る。
『その子は、マサヒロくんっていうのね。申し訳ないけど、あっちの世界のマサヒロくんを蘇生するっていうのはちょっと難しいわ』
悪魔の力を借りても、それは無理なんだ。
落胆しかけた透に、オフィスが続ける。
『でも、今にも消えそうなその子を復活させるのは朝飯前よ。アタシはアリアルみたいにごうつくばりなことはしないわ、働いた分だけしっかり貰う、雇用関係だもの』
(……お願いします)
勝宏がこの戦いに身を投じることになったのも、今こうして消滅しかけているのも、全部透のせいだ。
少しだけ、ほんの少しでも彼に報いたい。
この命ひとつで贖いきれるとは、とうてい思えないけれど。
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