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ほしいもの(1)

 倒れた少年の身体から、小さな光球がひとつ浮かび上がる。  それは少しずつ、のろのろとした速度でこちらに向かって飛んできた。  それと同時に、分からなくなっていたウィルの気配が戻ってくる。 『透! 無事だったか……』 (ウィル、よかった。戻ってこれたんだ……ところであの光は) 『こんなことならさっさと契約を――ああ?』  少しずつ速度を上げて接近してきた光は、透にぶつかろうとして――そのままウィルに叩き落とされた。  透が抱えていた勝宏の身体に、すう、と溶けて消えていく。 (ちょ、ちょっと待ってウィル今のなに? 勝宏の中に入っていったよね? 大丈夫なの?) 『出来の悪い模造品だろ』  模造品? 思いっきり重体の勝宏に取り込まれていったけど体に影響はないんだろうか。  念話のまま、無言でウィルと言い合っていた透はふと、状況を思い出す。  つい数秒前まで高度な剣戟と魔術合戦が二対一で繰り広げられていたはずのフロアが、しんと静まり返っていた。  詩絵里もルイーザも、もちろんマリウスもデヴィッドも、セイレンの即死攻撃は目撃している。  それが座り込んだままの透から放たれたものであることも、おそらく理解していることだろう。  言い訳をしようにも、どのみちこの姿では声が出せない。  男に戻るか、筆談をする余裕ができるタイミングまでにこの惨劇をどう説明するか考えておこうと思う。  触手っぽい何かに捕まったら逃れられず命を食らい尽くされる、初見で回避できなければアウト、なんてリセットやコンティニューのきかないこの世界では凶悪すぎる能力だ。  この場合、触手に捕まった人がリセットリングか何かを装備していたら蘇生効果は発動するんだろうか。  セイレンの力はこの世界の魔法ではないけれども。  と、ここでいち早く沈黙を破ったのは詩絵里だった。 「……とりあえず、マリウスさん、デヴィッドさん? こちらの事情はここを出たら説明するわ。いったん街へ戻りましょう」  成り行きで組織のボスらしき少年を倒してしまったというのは大きい。  全員が万全な状態なら、人体実験や誘拐を繰り返すような連中はさっさと瓦解させるべきだろうが、先ほどの戦闘でこちらにも被害が出ている。  まずは立て直しが必要だ。  少なくとも、イベントを作成するスキルを使う転生者がいなくなったことでスタンピードを自在に起こすのは困難になったはず。  巣を襲うとか強力な魔物を弱い魔物の縄張りに放つとか、ほかにも魔物の大量発生を狙う方法はあるだろうが、その手間を考えれば準備期間は大幅に必要になる。  ここは一時退却が賢明というもの。  街に戻った一行は、マリウスの屋敷に集められた。今回のマリウスの組織突入自体が家族には内密に行われたことだったため、招集場所はおなじみマリウスの私室である。  今頃、マリウスたちに対しては詩絵里がうまいとこフェイクを交えた事情説明をしてくれていることだろう。  透はというと勝宏の看病という名目で席を外させてもらい、宿に戻って眠っている勝宏につくことになっている。  実際のところは、部屋の中から転移を繰り返して大陸中の上級ポーションをかき集めてきているのだが。  勝宏がアイテムボックスの中身をすべて預かったまま気を失っているため、一行には現在まとまった資金がない。  取引に必要な資金は、透が日本商品を持ち込んで転売することで得ている。  もちろん、透に交渉ごとなどできようはずもないので、ほとんどウィルが人間態で対応してくれている。  いつもお世話になりっぱなしである。 「上級ポーションの効力は、一度目が50%……連続使用で回復量が下がる……もう、使わない方がいいかな」 「さあな。傷はほぼ見えなくなったみたいだが」  勝宏の眠る部屋の中、これで5本目になるポーションを使用した。  今は封印状態、時が止まっている、と表現されたが、呼吸も心音も聞こえるあたり、時間が止まっているのはステータス上のことなのかもしれない。  ほとんど即死に近いダメージだったはずだ。100%のうち、最初の投与分で50%はきっと回復してくれている。  即死の0%から、どこまで回復させれば一命をとりとめられるのかが分からない。  数値上の50%が、きっちり身体の不調や怪我の程度に反映されるわけでもないだろう。  なにより、今この状態で封印を解いても、既に敗北と判断された勝宏が消滅する可能性が高い。  怪我のことはいったんここまでにして、その問題を解決する方法を考えなければならない。 「リセットリングは、今更……だよね」 「あれはこの世界の設定に縛られてるアイテムだからな。ポイント化の方が処理の優先度が高いんじゃねえの」  詩絵里たちも、リセットリングは攻撃を受けたタイミングで発動するアイテムだと言っていた。  この案は却下。  この世界の設定上でポイント化のシステムよりも優先度が高いものといえば。  ……そうだ、ゲームだ。  この世界はゲームなのだから、システムをいじればいいんじゃないか。  あの隠されたダンジョンにもう一度行って、あの場所でゲームの内容を書き換えれば。  そこまで考えて、自分にその方面の知識がないことに思い至る。  協力してくれそうなエンジニアの知り合いなんて、透にはいない。  以前会った、システムエンジニアの転生者。  彼が協力してくれるならば、まだ望みはあるのだけれど。 「ん……」  思考の海に深く潜っていた透の耳に、ウィルのものではない声が聞こえた。  それは封印状態にあるはずの、勝宏の声だった。

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