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推しの居る世界こそ楽園(3)
「そのショッピングセンター、少なくとも食べ物やアクセサリーだけじゃなくて自転車も売ってるんだよね?」
透と比べてほとんど即答に近い形で回答が得られるため、案の定カノンは詩絵里を介しての質問に切り替えた。
この設定を考えたのは詩絵里なので、当事者ということになっている透が答えるよりも安定して情報交換ができるはずだ。
全部嘘っぱちだけど。
「ええ、まあそうなるわね。私自身が見たわけじゃないから、透くんから聞いた限りだけど」
「ゲームソフトとか、漫画とか、ゲームの攻略本とかは?」
「……何か欲しいものがあるから持ってきてほしい、ってことでいいのかしら?」
ここで詩絵里が、わずかながら警戒する様子を見せた。
警戒の様子を見せること自体が演出なのかもしれないが、カノンのスキルは非戦闘時でこそ警戒すべき種類だ。
どちらにせよ対応は変わらない。
「こうなったら全部話すよ。実はね、あたしの周囲だけだと思うけど、転生前にやってたゲームのキャラがそのまま同じ立場・同じ境遇で存在してるの」
「ああー、もう何度目かの、乙女ゲームの中に入っちゃうパターンですね。私も似たようなもんですけどこの世界何人いるんでしょ、ゲーム設定系転生者」
「あ、やっぱり? そんなことだろうと思った。絶対他の国の貴族周りでも乙女ゲームっぽい設定ひっさげて転生してる子いるわこれって思ってたんだよね」
カノンが事情を正直に打ち明けてくる。
だが、ウルティナの一件にフランクとマリウスらの一件、もはやこの手の事情には全員が慣れきっていた。
「でもね、あたしこのゲームさっぱりなんだよね」
「それは珍しいパターンね。好きでもないゲームの設定連れてきちゃったの?」
「あいや違くて。好きっちゃ好きなんだけど、推しがメインキャラじゃなかったせいでろくにストーリー進めなかったっていうか……」
つまり、序盤の町にいる村人Aあたりを好きになってしまい、魔王討伐はせずに序盤の町から一歩も動かずその周辺でのみプレイしていた勇者……みたいな感覚か。
彼女がプレイしていたゲームがなんなのかは知らないが、いきなり転生後の周辺環境がゲーム設定に沿ったものになってしまったらそれは後悔したことだろう。
せめて一通りストーリーをクリアしていれば、とか。
「それで再勉強のために攻略本、もしくはゲームそのものが欲しいと」
「そゆこと! ある程度は友達が各ルートの萌えトークしてたの覚えてるんだけど、やっぱちょっと無理があるっていうかー」
「私乙女ゲームなら結構いろいろやってますけど、どれです?」
ルイーザがカノンからゲームタイトルを聞き出し始めた。
すぐに、彼女の脳内データベースから該当のソフトが見つかる。
透には瞬時に汲み取ることができなかったが、彼女はすぐにコンシューマーの乙女ゲームソフトだろうとあたりをつけていたようだ。
カノンの乙女ゲーム設定がどうこう、攻略本が、ルートが、という話は考えてみればテレビゲームの恋愛シミュレーションである。
「なるほどですねー。ちなみに、誰推しなんですか?」
「もちろん、エドワード・オルコ様――セーブおじさんよ!」
「セーブおじさん行っちゃいましたかー。十歳、いや八歳くらい若ければレギュラー張れそうな顔面でしたけど」
詩絵里や透との話が、とても微妙なところでぷっつりと途切れた。
代わりにゲームのことを知っているルイーザが、カノンとのゲームトークに花を咲かせている。
その様子を詩絵里と二人で見守っていると、カノンがはっと会話を中断した。
「あたしがおじさん好きってのもあるんだけどね、それはいったん置いといて。
エドワード・オルコ様――通称セーブおじさん。セーブとロードの時しか姿を見せてくれない、ちょっとやせこけた感じの優しい中年男性。
この世界に来るまで本名すらわかんなかったくらいのキャラクターだったんだけど、ゲームの登場人物が居ると知って速攻で求婚しに行ったの」
確かその時はあたしまだ七歳だったかな、と彼女がさらりと付け足す。
貴族令嬢七歳児にガチの求婚をされた中年男性、困惑どころの話じゃなかっただろうなあ。
「攻略対象そっちのけでおじさまとコンタクトを取り続けたあたしは、見事婚約に成功」
すごい。行動力がすさまじい。
「推しと婚約できちゃうとかもはや人生薔薇色じゃん? しばらく幸せでフワフワしてたんだけど、あたしのこの身体と生い立ち、ゲームの主人公……ヒロインちゃんの外見と酷似してるんだよね。
なのに七歳で婚約者が決まっちゃってる。となると問題なのが……」
「……あ、下手すれば戦争ですねそれ」
カノンの言葉を継いで、ルイーザが起こり得る最悪のエンディングだけをぶち込んできた。
「そうそう……攻略対象全員がこの国の人ならよかったんだけどさあ、このゲームの攻略対象、隣国の王子様だったり亜人の首領だったり、龍族の長だったりするんだよねえ」
これは、悪役令嬢にさせられて死亡ルートに突き進む瀬戸際だったウルティナとはまた別の危機である。
「一応あたしもそれなりの身分で生まれちゃったし? そりゃ戦争が回避できなくなりそうなら覚悟を決めて政略結婚に乗るよ? でもせっかく推しと婚約できてるんじゃん、無血で足掻ける部分は足掻いておきたいしさー」
それで、攻略本もしくはゲームそのものが欲しい、となるわけだ。
この世界の情勢や政界についてを知らない透には、彼女の望むそれが、貴族令嬢として正しい行動なのかどうかは分からない。
だがその行動力、ほんのちょっとでいいから自分にも分けてほしい、とは思う。
「あの……」
話の切れ間に、透はそっと手を挙げた。
詩絵里たちへの相談なしで発言するのはよろしくない。
分かってはいるが。
「攻略本、でよければ、俺、さ、探してきます」
自分のおつかい一つで彼女の望みに協力できるのなら、手を貸したい。
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