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推しの居る世界こそ楽園(4)

「ヤバ、それマ?」  透の発言に飛びつきかけたカノンに、詩絵里が口をはさんだ。 「ていうか、他国他種族のイケメンたちがカノンを巡って戦争けしかけてくるってこと? さすがにないんじゃないの?」 「ああ、詩絵里はこのゲーム知らないんだ。あたしの行動自体は、戦争とはわりと関係ないよ。 ただ、攻略キャラクター5人のうち4人のルートは、進めると国際問題や戦争が絡んだストーリーになっていく。 だから戦争を未然に防ぐなら、残った安全な1人を選ばなきゃならないってわけ」  詩絵里が訊ねるまで疑問に思っていなかった部分が、カノンの回答で疑問になってしまった。  その疑問はもっともだと言わんばかりに、カノンが大きく頷く。 「わかるわかる。それその5人の誰でもないセーブおじさんと結婚してりゃ何の問題もナシじゃんってなるよね。 でも実際楽観視してたら、なんでかソッコー戦争になるキャラのルートに進み始めちゃってさあ」 「進行中のルートのフラグを折る、もしくは今からでも戦争のないキャラのルートに乗せ直しつつ、攻略を中断して推しとの婚約を維持できないか調べる……そのために攻略本、ね」  透の方に視線をよこした詩絵里が、一度首肯する。  たぶんこれは、買ってきていいよの合図だ。 「じゃあじゃあ、攻略本の代わりにエリクサーの調達ってことでおけ?」  詩絵里の様子から攻略本の件が承諾されたと気付いたのだろう。  笑顔で話をまとめるカノンに、再び詩絵里は待ったをかける。 「カノン、攻略本の件はいったん置いておくとしたら、次点で透くんに調達させたいものはなに?」 「え? うーん……やっぱお気にのメーカーの紅茶かなあ。 あたしも飲みたいし、おいしいもの系は人を選ばないから、いざってときの外向けのカードになりそうでもあるし……あ、カードって意味では化粧品もイケそうだけど、あれは体質によるから博打じゃん?」  唐突な話題の変更にも、カノンは明確な答えを出した。  詩絵里がそれなら、と口を開く。 「私たちと定期取引しないかしら」 「定期取引……それはつまり、月一であたしが欲しいもの入荷発注かけたら、そのとおり運んできてくれる代わりに毎月エリクサー譲る的な?」 「研究に使うって言ったでしょ? 正直、譲ってもらえるなら譲ってもらえるだけ欲しいのよ。 だから、攻略本一回の取引では終わらせたくないの。 定期取引の件をOKしてくれるなら、攻略本のお礼は別の――私たちが必要としている情報とか、単純に代金相応の銀貨とかでもいいしね」  一瞬、詩絵里の意図が分からず混乱しかけた。  研究に使う、というのは詩絵里の偽装設定だったはず。  エリクサーは転移アイテムに使うのだ。  毎月貰う必要はない。  だが彼女の本当の意図がそこにないのだとしたら? 彼女の突飛な言動は「嘘設定を本当っぽく見せるための仕掛け」、「怪しまれずに成功確率を100%にするための仕掛け」であることが多い。  確かカノンの言う乙女ゲームは、コンシューマーゲーム……テレビゲームソフトだという話だ。  近年のテレビゲームの支持を考えても、有名タイトルでない限りは”ショッピングセンターの書籍コーナー”に攻略本が置かれる確率は低いだろう。  過去のタイトルならばそれこそ人気度に関わらず、中古品が置かれているはずがない。  そのため詩絵里は、この交渉の後に「当タイトルが最近のゲームソフトなのかどうか」を確認するつもりだ。  新品の攻略本がまだ店舗に流通しているようなゲームであれば、「買ってこれた」と言って渡す。  中古しか出回っていない、ならびにネット通販でしか取り寄せができないような状況ならば、「スキルで入れる店には売ってなかった」と言うつもりではないだろうか。  攻略本を渡していいかどうかは、状況による。  しかし、エリクサーの入手は必須。  日本商品を使った商売は、薬品の流通を押さえている家柄の令嬢ならば断われないはずだ。  そこまで考えて、まず先にエリクサーの入手を確定させたかったのだ。 「うん、悪くないね。アリよりのアリ」 「話の分かる相手でよかったわ」 「でももひとつ、オマケしてくんない?」  来た。  相手は交渉スキルを持つ転生者、これだけで終わるはずがないと思っていた。  それは詩絵里も同じだったのか、彼女の目にわずかに警戒の色が見える。 「別にふっかける気はないしー。透さん? って、自分ちにも転移できるんでしょ? 料理作れる?」 「あ、えっと……はい」 「あのね、あたし鯖の味噌煮が食べたい。既製品じゃなくて手作りで。イケる?」 「大丈夫です」  これくらいは詩絵里に確認なしで返答しても問題ないだろう。  鯖の味噌煮ならこの旅でも何度か食事にリクエストされたことがある。  店に出せるレベルではないだろうが、手作りをご所望なのでかえってそのくらいがちょうどいいかもしれない。 「このお茶うけのクッキー、手作りじゃん? 味も食感も最強によきじゃん? 透さんしか日本に行けない、この世界にチョコはほぼほぼ流通してない、となったら作ってんのは透さんじゃん? 絶対料理上手だと思ったんだよね!」  それじゃあさっそく鯖の味噌煮と攻略本と紅茶よろしくね、とカノンがクッキーの皿を抱えて立ち上がった。  商談がまとまってしまったような雰囲気だが、まさかオマケの追加条件というのは鯖の味噌煮だったんだろうか。  いいのか、それで。 「カノン、私からも訊きたいことがあるわ。エリクサーとは別件なんだけど、私たち世界樹の種とギベオンも探してるのよ。どこかで入手できそうな場所はないかしら?」 「あー、さっそく攻略本の代金がわりの情報? 片方は知らないけど、もう片方は心当たりはないでもないから、攻略本と交換で情報のメモあげるね」 「助かるわ。それじゃあ交渉成立ね。引き続きよろしく」  ここでお互いに握手をし合っていれば国のトップ同士が条約を交わす瞬間のように見えたかもしれない。  が、カノンはクッキーの大量に乗った皿を抱えて立ち上がっており、一方詩絵里は腰を上げようとしない。  なんだかドライだ。 「茶葉は今出してもらったストロベリーフレーバーで。ルリシアだよ、絶対だよ!」  それだけ言い残して、カノンはクッキーの皿を抱えたまま嬉しげに帰っていってしまった。  宿のすぐ外に護衛が待機していたのか、窓から覗くと機嫌の良さそうなカノンの両脇を二人の男が固めている。  ああ、お皿が。

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