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第1話
自分が結構なコミュ障であることは自覚している。
まず会話のテンポに乗り切れない。ちゃんと返せていると思っても、いつの間にか場の空気を凍り付かせてしまっていたりする。落ち込んでいる人には慰めの言葉が見つからず、喜んでいる人には冷水を浴びせるような言葉しか出てこない。そんな自分が世間一般的にはだめな人間に類するのだということくらいは理解できるので、改善が難しいならもういっそ誰とも関わらないようにしていこう、という方向に思考が向いてしまったのがまたいけない。長年他人と接触を最低限にし続けていたおかげで表情筋もほぼ動かなくなってしまった。
幸い、引きこもりや不登校にはならずにうまいことやっていけてはいる。世間というのは面白いもので、教室の隅で絶賛ぼっちの男子生徒でも、剣道部在籍で勉強がそれなりにできていたりすると、「コミュ障根暗」ではなく「クールな一匹狼」という認識にあっさり変わるのである。
おかげで誰にも話しかけられることがない。休み時間は文庫小説でもめくって時間を潰すことにしている。できる限り推理小説をチョイスしておくと、これまた誰にも話しかけられずに済む。古典推理の文庫本なら、父親がミステリマニアなこともあってわざわざ調達する必要もなく家に山ほどあった。
だいぶん戻れない道を歩きだしている気はしなくもないが、煩わしい他人との交流が最低限で済むというのはありがたいことだ。
息苦しい学校生活を切り抜けて、部活動で思い切り日中のストレスを解消して、すっきりした気分で自宅に戻れば自室ではたくさんの大好きなものが出迎えてくれる。
そう、外面クールな一匹狼(仮)、その実表情筋死滅の手遅れコミュ障の高校二年生、そんな自分、森川宗太の真の顔は。
戦隊オタクであった。
今日も一日お疲れさま自分。少なくとも優等生一歩手前くらいのポジションはまた維持できたと思う。成績が著しく落ちなければ戦隊オタクも続けていいと親からは言質を取っているので、あのくらいできていればまあ咎められることはないだろう。テスト期間中開封を我慢していたオフィシャルビジュアルブックを開け、PCを開いてレドヒショー開催地までの電車の乗り継ぎ順を再確認する。週末は待ちに待ったレドヒショーだ。
戦隊好きでないと、レドヒって何、って思われるかもしれない。レッドヒーローの略である。一年スパンで毎年二月に新しいシリーズに切り替わる戦隊歴代のレッドたちが集結してヒーローショーをやっている、それがレドヒなのだ。
特撮が好き、ってわけではない。ついでのように単車ライダーの方も見ていたりはするけれど、リアタイできない日に録画しようとまでは思わないし――いやまあコラボ回は録画するが――、ウルトラな人たちにいたっては全くのノータッチである。とにかく戦隊、特にレッドが大好きだ。
歴代戦隊の中でも一番好きなのが、二〇一三年放送の神星戦隊アルカナファイブである。こちらはそろそろレドヒでも入れ替わり時期にさしかかっていて、今回がおそらく最後になるかと思われる。アルカレッド見納めか、と思うと寂しい気もするが、世代交代・引継も戦隊の醍醐味である。
オフィシャルビジュアルブックを開けば、憧れの強い男が写真の中で快活に笑っている。その隣にはいつも冷静なグリーン役の中の人がいて、クールなイケメンだけどどこか発言がピンぼけしていて空回りしがちなブルー役の中の人が女子メンバーと一緒に背後でケーキを食べている。
この写真いいな。スキャンして拡大印刷しよう。この大きさならたぶん窓の横にちょうどポスターとして飾れる。アルカレッドで埋め尽くされた部屋にさらに新たな写真を加える算段をつけながら、ベッドに寝そべってオフィシャルビジュアルブックを読み進める。
アルカレッドの中の人は、今となっては次期戦隊とのコラボも全映画もファイナルライブツアーも終えてしまって、こういったビジュアルブック企画でもない限りはアルカナファイブ関係の仕事には携わっていない。最近では恋愛映画の主演をやるかもしれないという話にもなってきていて、本人が今回はちょっと、と渋っているらしき噂もSNSで流れてくる。そのほかの刑事モノやバラエティ番組には何事もなく出演しているので、映画のテーマが彼の方針に合わないのかもしれない。
バラエティ番組の企画の一環でやらされていた「好きな子を壁ドンからの全力で口説くシーン」は完璧なイケメンだったので、色恋沙汰のシナリオを演じるのが難しいというわけでもなさそうなんだけれども。バラエティといえば、アスリートと番組出演者がスポーツでガチバトルする番組に出た時のアルカレッド(中の人)は最高にかっこよかった。本人が空手の有段者であることから、あの手の番組にはよく呼ばれている。個人的にはああいうのをもっと見てみたいところだ。
ガワと呼ばれる、赤い戦闘スーツを身にまとったスーツアクターの方も好きだが、アルカレッドに関しては中の人も込みでファンになった。公式ツイッターの方は彼がやっているわけではないと公言されていたのでフォローはしていないけれど、わりと放置されがちなブログの方は彼が書いているらしいのでブックマークして日参を繰り返している。
アルカレッドの中の人――七星元気のように、いつか自分も強い男になりたいものだ。表情筋死滅の状態で役者になりたいわけではないし、だいぶ漠然とした夢なのは分かってるけど。
写真を眺めて浸っているところ、そんな夢の世界を突如ぶっこわすかのようにLINE通話の着信音が鳴った。画面中央に表示されたのは、目下唯一の友人らしき人物である矢野誠一だった。大きく息を吐いて、受話ボタンをタップする。
「……なに」
「宗太くーんヘルプヘルプ」
「今度はなにやらかしたの」
「俺が何かやらかしたみたく言うなよ! 元カノが思い詰めて刃物持って来ちゃったみてーで出らんねーの」
「一回刺されとけば?」
「おま、見捨てる気か。お兄ちゃん殺されたら枕元に立つぞ」
いやもうほんとなんなんだあんたは。
「……分かった。場所どこ。相手の顔写真と持ってるであろう武器の情報送って」
ビジュアルブックを閉じて、立てかけた竹刀を念のため持つ。女相手に抜くつもりはないが、攻撃を防ぐ意味でも何かしら得物があったほうがやりやすい。もう一度吐いた大きな息はどう考えてもため息になっていた。
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